第81話 その後2

文字数 665文字

 彼女は戦争が終わってから、樹と佐野さんの手を借りて子どもと一緒に外国へ逃げた。今は南の、海が綺麗な国で暮らしているらしい。朝陽君に「大きくなったら何になりたい?」と聞いたら、「消防士」と言った。

「パパが『人を助けられる人になれ。強くて優しい子になれ』って言ったんだ。だから、強くて優しい消防士になりたい」

 あの子は力強い声で、僕の目をしっかりと見て話してくれた。

 あぁ、日が落ちてきたね。こんなに沢山の事を話したのは初めてだよ。

 演説の時間が近づいてきた。この話をするのはとても怖い。あの時の記憶を鮮明に思い出すんだ。沢山の死体と、悠也が放った最後の銃声……。あの光景を毎日夢に見る。でも僕は国連で話をするのが使命なんだ。全世界に真実を伝える、最初で最後のチャンス……。演説をさせてくれるあの女優さんには感謝するよ。
 一日でもいいから世界から銃声がなくなって欲しいと思う。子どもたちが安心して眠れる時間を作って欲しいね。

 そろそろ演説に行ってくるよ。こんなに長い話を聞いてくれてありがとう。ところでーー、

ほんとは僕を消すのが君の仕事なんだろ?

 ……ただのジャーナリストじゃないと思ってたよ。今まで待っててくれてありがとう。でも、この演説を終わらせてからだ。僕の戦いはこの演説にかかってる。僕は、『手』じゃなくて『口』で戦うから、それを見届けてほしい。その後は君のタイミングで仕事をするといい。僕はもう、抗いはしない。

 僕にはもう誰もいない。樹も、悠也も、光も、子ども達も、椿も、誰もいない。

  そうだよ、僕はもう疲れたんだーー。
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