第30話 エキスパートコンバット
文字数 1,690文字
日に日に寒さが増していき、雪も日に日に積もっていった。それにもかかわらず、子ども達は朝から元気いっぱい、外で雪遊びをしていた。
飛び交う雪の塊。転がる雪の大玉。
「おい、雪玉に小石を入れるな。相手がケガすんだろ」
たまに聞こえる光の低い声。
「外はめっきり寒くなりましたね」
目の前に出されたお茶をすする佐野さん。その場に寺井さんはいなかった。
「樹さんは、来ませんか?」
「はい」
「そうですか、まだ来ませんか」
佐野さんは、いつものようにずり落ちたメガネを元に戻した。
「反乱軍のチャイルドソルジャーは、来ませんか?」
「はい」
「そうですか、まだ来ませんか」
いつもの問い文句に、いつもの答え文句を繰り返した。
「あの、話がないなら仕事に戻りたいんですけど」
「まぁまぁ、ゆっくりしませんか」
お茶をすする佐野さん。部屋は静かで、目の前の温かいお茶から立ち上る湯気の音さえも聞こえそうになるほどだ。
「あの、もう……」
僕がしびれを切らして席を立とうとした時、何かが僕の頬をかすめた。と、ほぼ同時に、後ろの壁から「トン」という音が聞こえた。振り返ると、ナイフが壁に突き刺さっていた。
「まぁ、ゆっくりしませんか」
僕は声を失った。その時の佐野さんの眼光の鋭さは、言葉にできない。
またお茶をすする佐野さん。そして、僕に座るように促したので、それに従った。
お茶を飲み終えた佐野さんは、またずり落ちたメガネを元に戻した。そして、口を開いた。
「『ジャック』って、知ってます?」
「はい?」
「『ジャック』です。知ってます?」
聞き覚えのある言葉だった。
「いいえ」
「『ハンク』って、知ってます?」
「いいえ。それは何ですか?」
「ジャックは、樹さんのコードネームです。そしてハンクは、小鬼のコードネーム」
「ジャック……」
「彼らは、第一旅団という、二十六人のエキスパートコンバットの一員でした」
「エキスパートコンバット?」
「えぇ、いわば、プロの戦闘集団です。銃の腕は百発百中。狙撃手は特に優秀で、どこからでも標的を撃ち抜く程です」
「こ、殺しのプロ……」
「樹さんは、その旅団の中でナンバー二の立場にいました。二十六人の中でも、主力メンバーだったそうです」
佐野さんは、一枚の写真をテーブルに置いた。
「これは、先日現れた樹さんの姿です。彼は、地方の小規模勢力と協力して、我々の部隊と衝突しました」
僕はまた声を失った。一年前の写真とはまるで違う樹が写っていた。全身血みどろで、髪まで赤く染まっていた。恨めしむ目さえも、赤く光っていた。
怖かった。自分の呼吸が少しずつ乱れていくのが分かった。
「御門さん?」
頭がボーッとして、だんだん息苦しさが強くなった。頭や胸が痛くて、座っていられなくなった。
「御門さん、大丈夫です?御門さん?」
佐野さんの声が聞こえるけど、目の前がよく見えなくて、ますます怖くなった。
この後の記憶はあまりない。おそらく、佐野さんが施設の人を呼びにいってくれて、大人たちが数人来てくれたと思う。
「巽ちゃーん、大丈夫よー。ゆっくり息をしてー、息を吐いてー」
口にタオルがあてられて、気がついたら、処置室のベッドに寝かされていた。
しばらくボーッとしていると、ドアが開く音が聞こえた。
「巽ちゃん、落ち着いた?」
宇佐美さんが僕の視界に入ってきた。
「点滴もちょうど終わったわ。部屋に戻る?」
僕は返事をした。彼女が点滴の針を外してくれたので、僕はベッドから出た。
「ねぇ、佐野さんは?」
「帰ったわよ。『また来ます』って言ってたわ」
「そっか」
足に力を入れて踏み出し、ドアノブに手をかけた時、宇佐美さんが声をかけた。
「ちょっと眠くなる薬をいれてあるから、気をつけてね」
僕は、心のない返事をした。
部屋から出ると、外はまだ明るかった。雲の切れ間から、僅かながら光が漏れていた。
「寒い」
室内とはいえ、真冬のこの時期は、体の芯から冷えた。思わず僕も、寒さに震えた。
自分の部屋に戻って、ベッドの中に潜った。冷えた手足をこすり合わせながら、佐野さんが出してきた写真の事を思い出した。
でも睡魔に勝つことはできず、僕は、日が暮れるまで眠ってしまった。
飛び交う雪の塊。転がる雪の大玉。
「おい、雪玉に小石を入れるな。相手がケガすんだろ」
たまに聞こえる光の低い声。
「外はめっきり寒くなりましたね」
目の前に出されたお茶をすする佐野さん。その場に寺井さんはいなかった。
「樹さんは、来ませんか?」
「はい」
「そうですか、まだ来ませんか」
佐野さんは、いつものようにずり落ちたメガネを元に戻した。
「反乱軍のチャイルドソルジャーは、来ませんか?」
「はい」
「そうですか、まだ来ませんか」
いつもの問い文句に、いつもの答え文句を繰り返した。
「あの、話がないなら仕事に戻りたいんですけど」
「まぁまぁ、ゆっくりしませんか」
お茶をすする佐野さん。部屋は静かで、目の前の温かいお茶から立ち上る湯気の音さえも聞こえそうになるほどだ。
「あの、もう……」
僕がしびれを切らして席を立とうとした時、何かが僕の頬をかすめた。と、ほぼ同時に、後ろの壁から「トン」という音が聞こえた。振り返ると、ナイフが壁に突き刺さっていた。
「まぁ、ゆっくりしませんか」
僕は声を失った。その時の佐野さんの眼光の鋭さは、言葉にできない。
またお茶をすする佐野さん。そして、僕に座るように促したので、それに従った。
お茶を飲み終えた佐野さんは、またずり落ちたメガネを元に戻した。そして、口を開いた。
「『ジャック』って、知ってます?」
「はい?」
「『ジャック』です。知ってます?」
聞き覚えのある言葉だった。
「いいえ」
「『ハンク』って、知ってます?」
「いいえ。それは何ですか?」
「ジャックは、樹さんのコードネームです。そしてハンクは、小鬼のコードネーム」
「ジャック……」
「彼らは、第一旅団という、二十六人のエキスパートコンバットの一員でした」
「エキスパートコンバット?」
「えぇ、いわば、プロの戦闘集団です。銃の腕は百発百中。狙撃手は特に優秀で、どこからでも標的を撃ち抜く程です」
「こ、殺しのプロ……」
「樹さんは、その旅団の中でナンバー二の立場にいました。二十六人の中でも、主力メンバーだったそうです」
佐野さんは、一枚の写真をテーブルに置いた。
「これは、先日現れた樹さんの姿です。彼は、地方の小規模勢力と協力して、我々の部隊と衝突しました」
僕はまた声を失った。一年前の写真とはまるで違う樹が写っていた。全身血みどろで、髪まで赤く染まっていた。恨めしむ目さえも、赤く光っていた。
怖かった。自分の呼吸が少しずつ乱れていくのが分かった。
「御門さん?」
頭がボーッとして、だんだん息苦しさが強くなった。頭や胸が痛くて、座っていられなくなった。
「御門さん、大丈夫です?御門さん?」
佐野さんの声が聞こえるけど、目の前がよく見えなくて、ますます怖くなった。
この後の記憶はあまりない。おそらく、佐野さんが施設の人を呼びにいってくれて、大人たちが数人来てくれたと思う。
「巽ちゃーん、大丈夫よー。ゆっくり息をしてー、息を吐いてー」
口にタオルがあてられて、気がついたら、処置室のベッドに寝かされていた。
しばらくボーッとしていると、ドアが開く音が聞こえた。
「巽ちゃん、落ち着いた?」
宇佐美さんが僕の視界に入ってきた。
「点滴もちょうど終わったわ。部屋に戻る?」
僕は返事をした。彼女が点滴の針を外してくれたので、僕はベッドから出た。
「ねぇ、佐野さんは?」
「帰ったわよ。『また来ます』って言ってたわ」
「そっか」
足に力を入れて踏み出し、ドアノブに手をかけた時、宇佐美さんが声をかけた。
「ちょっと眠くなる薬をいれてあるから、気をつけてね」
僕は、心のない返事をした。
部屋から出ると、外はまだ明るかった。雲の切れ間から、僅かながら光が漏れていた。
「寒い」
室内とはいえ、真冬のこの時期は、体の芯から冷えた。思わず僕も、寒さに震えた。
自分の部屋に戻って、ベッドの中に潜った。冷えた手足をこすり合わせながら、佐野さんが出してきた写真の事を思い出した。
でも睡魔に勝つことはできず、僕は、日が暮れるまで眠ってしまった。