第79話 逃亡4
文字数 1,559文字
どれくらい走ったのだろう。外はまったく見えなかった。やがて、グラグラと揺れていた車は滑らかに走っているのに気がついた。海が近いと思ったらその通りで、しばらくして車は止まった。
「行きましょう。気を付けてください」
佐野さんはそう言って車のドアを開けた。
風が入ってきた。潮風だ。とても爽やかな香りが僕の心を包み込んだ。
椿が車から出ようとした時、佐野さんがそれを止めた。
「あなたは髪を切った方がいい」と言いながら佐野さんは光からナイフを受け取って、そのナイフを椿の腰まで伸びた長い髪に通した。椿は「いたたた」と言って苦痛の表情を浮かべた。
「何するのよ!」
「髪は邪魔になる。……あぁほら、動くから綺麗に切れませんでしたね」
「そんなナイフで切るから……」
椿は怒った。僕は慰めようと椿の肩を少し叩いたら、椿は僕の手を払いのけた。女って難しい。
車から出たら、目の前には海岸。岸壁だ。満月の光が海に当たって綺麗だった。僕は海月を初めて見た。その海の奥に小さく船が見え、岸壁には小さめの船が浮かんでいた。船の近くには誰かが立っていた。
僕の心臓は高鳴っていたが、不思議なほどに気持ちは落ち着いていた。これからどんなところに行くのか、何が待ち受けているのか……。でも僕は、今までの人生でたくさん悲しい思いをしてきた。それを考えればなんて事はない。
僕と椿は船に乗った。光は乗らない。
「光」
「はい」
「乗れ」
佐野さんは光の肩を叩いた。光は「乗らない」と言った。佐野さんは少し黙って返事をして、船の近くに立っている人に何かを言うと、その人は船に乗ってエンジンをかけて発進させた。船が岸壁から離れていく。僕は光に「ありがとう!」と叫んだ。光は手を挙げただけだった。僕は笑った。呆気ない別れが彼らしく感じたからだ。船が沖に行き、海の奥にあった船がどんどん大きくなってきた時、陸の方で乾いた破裂音が聞こえてきた。その音は次第に激しくなっていった。僕たちが乗っている船は速度を上げて沖の船に向かっていった。
その船はずいぶんと大きかった。まるで鉄の塊。そして窓がない。変わった船だった。
「大きいわね」
「なんの船だろう」
そんな事を言っていると、さっきの人が「潜水艦だよ」と教えてくれた。僕の潜水艦の知識は、ただ潜る船ということしか知らなかった。
「いいかいお二人さん、潜水艦に入ったら、音を立ててはいけないよ。音を立てると敵に見つかっちゃうからね」
雨なんて振ってないのにフード付きのレインコートを着たその人は陽気な声色で教えてくれた。
その時、陸の方から大きな爆発音がした。光と佐野さんが心配になったけど、もう潜水艦は目の前にあって、天辺から入口らしき蓋が開いていた。その人は船から潜水艦に飛び移った。僕たちはその人の手を借りて潜水艦に移りその人の後を付いていくように入り口から中に入った。ハシゴを降りて床に足をついたとき、床がフカフカしているのに驚いた。椿が「わっ!」と驚くと、その人は「シーッ!」と人差し指を立てて唇にあてた。椿は手で口を押さえた。そしてまたその人について行くと、小さな暗い部屋に入れられた。
「しばらくここにいてくれ」
とその人は小声で言った。僕たちは言われるがままにそこに入り、ずっと静かにしていた。
湿気が多くて変な匂いがしていたのを覚えている。一晩はそこで静かにしていた。椿がずっと僕の手を握っていた。僕も少し強めに握りしめた。
ーー僕たちはニッポンから出ることができた。潜水艦から出て、陸に降り立った場所は雪が降った港だった。そこで僕たちを待っていた人は、体の大きな外国人で、少しニッポンの言葉が話せた。その人は僕たちをハグで迎えてくれた。その人が団長のお兄さんだった。『イヴァンニコラエフ』。この港町で生まれ育ったそうだ。
「行きましょう。気を付けてください」
佐野さんはそう言って車のドアを開けた。
風が入ってきた。潮風だ。とても爽やかな香りが僕の心を包み込んだ。
椿が車から出ようとした時、佐野さんがそれを止めた。
「あなたは髪を切った方がいい」と言いながら佐野さんは光からナイフを受け取って、そのナイフを椿の腰まで伸びた長い髪に通した。椿は「いたたた」と言って苦痛の表情を浮かべた。
「何するのよ!」
「髪は邪魔になる。……あぁほら、動くから綺麗に切れませんでしたね」
「そんなナイフで切るから……」
椿は怒った。僕は慰めようと椿の肩を少し叩いたら、椿は僕の手を払いのけた。女って難しい。
車から出たら、目の前には海岸。岸壁だ。満月の光が海に当たって綺麗だった。僕は海月を初めて見た。その海の奥に小さく船が見え、岸壁には小さめの船が浮かんでいた。船の近くには誰かが立っていた。
僕の心臓は高鳴っていたが、不思議なほどに気持ちは落ち着いていた。これからどんなところに行くのか、何が待ち受けているのか……。でも僕は、今までの人生でたくさん悲しい思いをしてきた。それを考えればなんて事はない。
僕と椿は船に乗った。光は乗らない。
「光」
「はい」
「乗れ」
佐野さんは光の肩を叩いた。光は「乗らない」と言った。佐野さんは少し黙って返事をして、船の近くに立っている人に何かを言うと、その人は船に乗ってエンジンをかけて発進させた。船が岸壁から離れていく。僕は光に「ありがとう!」と叫んだ。光は手を挙げただけだった。僕は笑った。呆気ない別れが彼らしく感じたからだ。船が沖に行き、海の奥にあった船がどんどん大きくなってきた時、陸の方で乾いた破裂音が聞こえてきた。その音は次第に激しくなっていった。僕たちが乗っている船は速度を上げて沖の船に向かっていった。
その船はずいぶんと大きかった。まるで鉄の塊。そして窓がない。変わった船だった。
「大きいわね」
「なんの船だろう」
そんな事を言っていると、さっきの人が「潜水艦だよ」と教えてくれた。僕の潜水艦の知識は、ただ潜る船ということしか知らなかった。
「いいかいお二人さん、潜水艦に入ったら、音を立ててはいけないよ。音を立てると敵に見つかっちゃうからね」
雨なんて振ってないのにフード付きのレインコートを着たその人は陽気な声色で教えてくれた。
その時、陸の方から大きな爆発音がした。光と佐野さんが心配になったけど、もう潜水艦は目の前にあって、天辺から入口らしき蓋が開いていた。その人は船から潜水艦に飛び移った。僕たちはその人の手を借りて潜水艦に移りその人の後を付いていくように入り口から中に入った。ハシゴを降りて床に足をついたとき、床がフカフカしているのに驚いた。椿が「わっ!」と驚くと、その人は「シーッ!」と人差し指を立てて唇にあてた。椿は手で口を押さえた。そしてまたその人について行くと、小さな暗い部屋に入れられた。
「しばらくここにいてくれ」
とその人は小声で言った。僕たちは言われるがままにそこに入り、ずっと静かにしていた。
湿気が多くて変な匂いがしていたのを覚えている。一晩はそこで静かにしていた。椿がずっと僕の手を握っていた。僕も少し強めに握りしめた。
ーー僕たちはニッポンから出ることができた。潜水艦から出て、陸に降り立った場所は雪が降った港だった。そこで僕たちを待っていた人は、体の大きな外国人で、少しニッポンの言葉が話せた。その人は僕たちをハグで迎えてくれた。その人が団長のお兄さんだった。『イヴァンニコラエフ』。この港町で生まれ育ったそうだ。