第52話 昔話6

文字数 1,339文字

素足の悠也はまた長靴を履いた。そして、『寒い』と呟いた。
「戻ろうか?」と言ったけど、悠也は首を横に振った。そして、横目で僕を見た後、こう言った。

「お前のコート、あったかそうだ」
「え?変わらないよ」
「……コート変えて。そっちのがいい」

僕は言われた通り、コートを取り替えた。悠也のコートの方が暖かく感じたけど、悠也は僕のコートが暖かいと言った。悠也のコートは僕にとって小さい。おかげで手が全部出てしまったから、だんだん思うように手が動かなくなってきた。

「……俺、どこまで話した?」
「あぁ、ルーがアイドルだって話」
「そうだった」
「楽しかったんだね。なんだか楽しそう」
「あぁ、楽しかった。でも訓練は厳しかったんだ。銃や弾薬を担いだままニンジャみたいに木を登ったり川を泳いだりした。泥まみれになって地面を這いつくばったり一日中飲み食いせずに全力疾走したり……、山の中に一週間一人で過ごすってゲームもしてた」
「山の中に一人で?」
「あぁ。山の中で一人で過ごすんだ。ゲームなんだけど、この訓練(ゲーム)は十人ずつで分けて戦う。『かくれんぼ』みたいなものだ。このうちの九人は敵だ。
 一人一人が赤いタオルを持って、一週間の間にそのタオルを集めるんだ。そのタオルは首や腕とかに巻かないといけない。敵を銃とか体術とかで倒せば、相手からタオルを取る。背後を取って銃やナイフで拘束したら、戦闘不能になったってことでタオルを取る。その取ったタオルが多ければ勝者だ。
皆神経を研ぎ澄ませているから、いつどこで何が起きるか分からなかった。俺なんか体が小さいから、敵に見つかったりしたら即ゲームオーバー」
「え?撃たれるの?」
「実弾じゃない。エアガンだ。弾には色が付いてて、それが服に着くとしばらく取れない。急所に当たればすぐに分かるんだ」

 悠也はサバイバルの知識に長けていた。火のおこし方とか身の隠し方とか、いろいろと教えてくれた。寝るときは高い木に登って、ロープで体と幹にぐるぐるに巻いて寝ていたらしい。凄いよね。

「あ、そういえば、熊は逆に体が大きかったから、銃で蜂の巣にされてた。服黄色いまだら模様が付いてたもん」

悠也は小さく笑った。

 その時、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。光だった。
僕たちの元に来た光は、立ったまま話し始めた。

「明日、外国の有名な女が来るんだって」
「有名な女?」
「あぁ、なんか慈善団体に力を入れてる『女優』?だっけ?」
「『アンドレア ロック』?」
「そうそう、アンドレ!え、アンドレ?まぁいいや、明日の午前中に来るって。プライベートらしいけど、子どもと戯れたいって」

僕は「分かった」と返事をした。光はその場から立ち去った。悠也に視線を残しながらーー。

「……アンドレって誰?」
「アンドレア ロックね。外国で活躍する女優さんだよ」
「女優って何?」
「役者さんの事。大人気らしいよ。いろんな賞を取ってるんだって」
「ふーん、何しに来んの?俺たちを笑いにでも?」
「そんなことないよ。あの人、子どもが大好きなんだよ。ここの施設も機材も、アンドレアさんが『子ども達の為に』って全部寄付してくれて建ったんだ。世界中に飛び回って、寄付をお願いしてるんだって。ありがたいよね」
「ふーん」

 悠也はコートのフードをかぶった。
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