7. ヨベル書改
文字数 6,314文字
メビウス牢が漆黒の中に浮かんでいるのが見える。
そこは、全てが顕現する以前の世界。
生命の存在し得ない虚数空間。
近寄ってよく見れば、[檻]は仄かな光の鱗粉で構成されている。
黄金の微粒粉が流れるように移動していってる。
網目を象りつつ、その光色はゆっくりと変わってゆく。
オレンジカラー、レモンカラー、そして全くの光へと…。
そして、また、光の中からゴールドの光芒が現れてくる。
しかし…何やら様子がおかしい。
局所に侵食が進行している。
非在の侵食機巧たる[次元喰い]らによって。
〈切替〉
時空牢クローズ・アップ。
眩いネオンの如くの輝きを発する光の粒子がその発色を変えながら網を構成している。
その網目上を、たくさんの〈蟻モドキ〉が忙しなく這い回っている。
気色悪い金切り声が「キーキー」と沸き起こっている。
ここでの耐性に敵うものなのか凶暴なまでの活動を見せ、その数は見る見る増えてゆく。
この『牢』が破綻するまでに、もうあまり時間は残されてないであろう…。
〈切替〉
時空牢の内部。
頃は四神によるレン高原への侵攻の顛末を見たばかりである。
望遠で見た『レン侵攻』の内容は、エノクをひどく混乱させていた。
天蓋監視/地球防衛艦『メタトロン』が保持する記録にはなかったものだから。
かって、ヴィレヴェイル/ラジエル(記録天使ら)から公文開示された[地球全史]にも
なかった話である。
『これを…僕は知らない…』
封印場所として牢獄があの地に造られた。エリアら、四大天使らによって。
それは知っていた。また「そういったもの」は何も彼処だけの話ではない…。
しかしだ、「レン」は土星の超過重をもって地の奥底へと沈められたのだ。
これは尋常な介入ではない。不必要なまでの過剰介入に当たる。
そんなことをすれば、あの地は[無底]にまでも達してしまうではないか?…。
無底〉ゲヘナ(奈落)〉幽閉の牢獄〉レン高原
「レン」は焼かれ、分厚い花崗岩で包みあげられ、
そして一切合切を道連れにゲヘナへと落とされたと…。
『すべては焼き尽くされて、改質されてしまったのだろうか?』
『岩盤化によっての閉じ込めは完全なもだったのだろうか?』
『直後の、大洪水による封印は完璧なものであったのだろうか?』
確かに厚さ数キロもの砂によって覆いはかけられた。
中を満たす水は大海程のものであろう。
深度は無窮極まりない…。
他方、ゲヘナは『痴王』の作用圏の真っ只中にある。
精神的破綻をもたらすべくの介入が、ただひたすらに、
尽きることなく永遠に行われる世界…。
『ナンセンス』『非理性』『反倫理』に自己を開くしか無くなる環境…。
如何なるものであろうが生存も、そこからの脱出も適わない…。
そう思うと同時に何やら嫌な予感めいたものがエノクの脳裏には備わっていた。
『ネフィリムたちはこの現世にて未だ活動している』
『新たな器を獲得し、その中で現在も生き存えている』
『誰かが彼らを、あの場より救い、養い、何処へやらへと誘導を行っているのだ…』
それは悪魔ではない。彼等にできうるものではない。
当然に天界の存在によるものでもない。
だが行為者は、とてつもない超常の力を備えた存在である。
エノクに想定できるものは何一つとしてなかった…。
『しかし、何の目的で?』
あの[バベル]と何か関係が有る。
「有らざるものが在り得ている」ことの直接的な原因である。
直感はエノクに、即座に、そう告げていた…。
〈暗転〉
女スフィンクスの表情に曇りが認められる。
何やら眉間に険しさが窺われる。頬には痙攣が走っている。
何か只ならぬことが彼女の身に起こっているは確かだった。
そして彼女は苦しげに、切羽詰まったかのようにして言った…。
『もうあまり時間の余裕がありません。』
『急がなくてはならなくなりました。』
『残念ながら次が最後になります。』
『直接観察はなされずこの場にて伝えのみを行います。』
『コード:ヨベル。始まりの七日間。』
この言葉と同時にクリステンの姿が変わった。
全身が硬直して動かなくなった。
体は陶磁器の質感となっている。
艶やかな白がエナメルのように鈍く輝やいている。
両目は細い金属片で隈取がされている。
ホルスの文様だ。
細く切り出した鉛板で象嵌がされていた。
何故か、青錆が滲んで浮かび上がっている…。
もう生命の要素が、一切が失われてしまっていた。
突如、それが「ガコン」と口を開き言葉を発した。
「ギーギー…ガーガー…」
調子外れの、危うい感じの合成音声が開いたままの口から聞こえてきた。
声は幾たびかの調整をもって意味の通る言葉へと変わり始める。
そしてそれは男の声で語り始めた…。
Re: 小創世記。
「ガガッ…」
『次代の[アドナイ]たるものらに向けて、吾此れを伝え語り知らせん…』
「ガーガー…」
『聴くものは実相の意味なるを汲み取り給え…』
「ギーギーギー」
『始まりに用意されたるものは〈終わりの時〉にその力を解き放つならば…』
「キュルルルルル…」
〈暗転〉
[第一日目]:
至高者は最初の日、上なる(1)『天』を定めるべく、ご自身を神聖なる絶対太陽に具現化された。同時に、彼方、下に、隔たってある場所に(2)『無底』を定め、もう一人のご自身をそこに投影されて起こされた。それは凡ゆる全ての奮闘による成果を台無しにするよう関わるようにされた。同時に、凡ゆる全ての空間を、浸透し変転を伝達を行う(3)『媒体』として〈水〉と*〈アイテール〉(エーテル)の二種を創り、これらで満たした。そして新宇宙の開闢展開進化が起こった…。
中断、注釈介入:
*両者は実は相手の存在を知らない。一方は意識的に忘れ去られ、片方にはそもそも白痴的存在であることから理解たるものはない。完全に隔絶/隔離/閉鎖されてある。だがエーテルが全てを伝えて寄こす。その情報刺激に機械的に反応してるだけ。それの反映もエーテルが実宇宙へともたらす。
*根源的な神聖元素。質量ゼロ。非存在にして検知不能。然れど凡ゆる全ての情報の伝達/連携を仲立ちし、かつ記録している。これが沢山集まる処には穏やかなにして清浄なる〈ブルー・ライト〉がなぜか発現する。
介入終了。
次に彼に仕えるすべての天使たちを創られた。
(4)神に仕える天使、それらは:
*熾天使(Seraphim)純粋にして峻厳なる白の光輝。
*智天使(Cherup)シトリン光。レモンがかったオレンジの光輝。
*座天使(Throne)「神」の乗り操る戦艦。〈トロゴオートエゴクラート〉そのもの。
(5)自然現象を司る天使、
*主天使(Dominion)物資世界の全てを「神」の名に於て統治する。
(6)季節を司る天使
*力天使(Virtue)物資界の全てを統治する力。星の運行や奇跡の背景として働く力。
(7)光と闇の天使
*権天使(Principality)人間社会の監視と善導を行う。民族/国家単位での指導霊。
*大天使(Arch Angel)個々の人間の魂と関わる。
*天使(Angel)人間に知らせを行う。
*能天使(Powers)闘争/破壊/抹殺の為に備えられた力
これらは地上においては、日の霊の天使、風の霊の天使、雪と雹と雲の霊の天使、暗闇の霊の天使、音と雷鳴と稲妻の天使としてである。順列第一位にして唯一の絶対太陽の下に、全宇宙に、数多の太陽を配され、それぞれに知性を宿らせた。気体が生まれ、暗黒物質が背景を埋める、温度の変化が起こり、音響も聞こえてきた寒さと暑さが四季の移り変わりの定めによって起こされる。天と地と深淵にある彼の作品の全ての霊の天使が活動を開始した。
暗闇には破壊の天使が羽ばたき、光ある間は導きの天使が翼を広げる。
夜明けと夕暮れ、光の下での日の始まりと終わりが主天使によって区分けされた。
『彼』は全てを理性でわきまえ、準備して、創造された。
そのとき私たちは彼の作品を見て、彼を賛美し、その全ての作品の故に彼をほめたたえた。彼は最初の日に七つの偉大な作品を作られた。
[第二日目]:
アイテール(エーテル)に敢えて偏りを持たせた。濃く集まった場所には『蒼穹』が現れる。そして、水に向かって半分は『蒼穹』の上方に登れと、また残り半分はこれの下にある地に降るように命じられた。二日目にはこの仕事しかされなかった。*情報の伝達媒体であるアイテールの偏りは、自然と、影響を受ける感受性の強いもの達を「引き寄せる」働きを果たすようになる。情報における結晶化が起こり易いことが理由として。
〈介入〉
突如、彩色された陶磁器の如くの女スフィンクスの体に〈ひび〉が入る。
「ビッシッ」「パリッ」と乾いた音が響く。
これを全く意に介することなく語りは続いてゆく。
エノクは黙って成り行きを見つめていた…。
[第三日目]:
三日目に水に言われた。
『地の全表面からひいて、一箇所に集まれ。そして、乾いた土地よ現れよ』と。
すると水は言われた通りにして地の外周に一つの巨大な海となって集まって、乾いた大地が姿を現した。その日彼は、取り巻く海が、陸と接する場所に応じて、全ての河、全ての湖、全ての地にある露を備えられた。大地には平野と山々がある。撒かれる種が作られた。全ての芽を出すもの、実のなる木のものである。森が生まれ、その懐深く奥に『エデンの園』が造られた。三日目に、この四つの重要な作品を産み出された。
[第四日目]:
四日目には『太陽』と『月』と『星々』を創られる。これらが地を照らすように『蒼穹』の上に据え、昼と夜を支配させた。[夜と昼][闇と光]の区切りが果たされ循環が始まる。主は『太陽』を地上における[大いなる印]として置いた。日と週と月と祭日と年と七年期間とヨベル期間を測る為に。また一年間を季節の移り変わりによって表すためである。太陽は昼間と闇を分かち、命の繁栄を助ける。すべての芽吹くものが地上で繁茂し成長する目的で置かれた。この三種のものを彼は四日目に作られた。*{太陽と月と星}
[第五日目]:
五日目に水の淵に住む「大魚」を創られた。(これが彼の手で作られた肉のものとしては最初のものである。)また水中で動く全ての生き物と魚たちを創られた。そして空を飛びかける鳥たちをである。その全ての種類が創られた。太陽は、繁殖を助けるためにこれらの上に、また地上にある全てのものの上、地から芽を出す全てのものの上、実をならせるすべての木の上、全ての肉なるものの上に昇った。この三種のものを彼は五日目に創られた。
[第六日目]:
六日目には地の上に生きるすべての獣と全ての家畜、及び地上を動く全てのものを創られた。これら全てを済まされた後、彼は、[一人の人間]を創られる。だが、これを「男子」と「女子」に分けて二体の別々のものとして創り直された。この二人に地上と海中にある全てのもの、全ての飛びかけるもの、全ての獣と家畜、地上を動く全てのもの、及び全地を支配させられた。この4種類のものを彼は六日目に創られた。合計二十二種になった。彼は、六日目に一切を完成された。天と地と海と淵と光と闇と、全てのものの中にある一切を。
[第七日目]:
主は我々が六日間仕事をして七日目には一切の仕事を休むように、大きな目印として『安息日』を我々に授けられた。彼は、全ての[御前の天使]と全ての[清めの天使]、(重要な二種類)、その我々に、天地において彼と共に安息日を守るように言われた。彼は我々に言われた…。
『見よ、わたしは沢山の民族の中から〈一つ〉だけ自分のために分かちだそう。
そして彼らにも安息日を守らせよう。
わたしは彼らを聖別して[わたしの民]とし、これを祝福しよう。
わたしが安息日を聖別したように、彼らを聖別する。わたしは彼らを祝福する。
彼らはわたしの民となり、私は彼らの神となる。
私は彼らに安息日を教え、その日には一切の仕事を休んで安息日を守らせるように
しよう。』
彼は印を設けられたが、それの定めに従い、この民のヒトらも七日目には我々と共に安息日を尊ぶ。労働はぜず、飲み食いしか行わない。彼が全ての民族の中から『特別に自分のものとされた民』を祝福し聖別されたように、この民もまた、『唯一の万物を創造された方を方』を祝福し、(我々と共に)聖なる安息日を守ることができるのである。彼は[この戒め]が尊ばれれ、絶えず自分の嘉する優れた「香り」として自分のところに登ってくるようにされた。アダムからヤコブまでの人類の頭は二十二あり、七日目までに二十二種の作品が出来上がった。*{22は何らかの基礎数のサイン。ヘブライのアルファベットは22文字}
後者は祝福されており、かつ清く、前者も祝福されており、かつ清く、『両々相まって』浄めと祝福に至る…。
〈暗転〉
語られた内容は外典『ヨベル書』第二章の内容だった。
かって『モーゼ』が主の御前にて記録天使より告げ知らされた内容…。
だが最初の二日間がえらく違う。
なんと【無底】についての内容があるではないか!。
あれが至高の御方の御意志により造られ、そして忘れ去られたものだと?…。
『この〈ヨベル書〉は貴方の為に開示されてあります…』
女スフィンクスの体にはもう回復不可能と思われるひびが無数に入っている。
『あなたのみが関わる〈定め〉にあります…』
陶器の仮面の下、開いたままの口より声は続く。
『檻は破られつつあり『彼』も戻ってきた…』
『ここが潮時…』
メビウスの牢獄内に異変が起こる。彫像から光が発せられた。
そして重低音の波動が像から繰り返し起こってくる。
すると、エノクの眼前に女陰の如き大きなスリットが現れた。
『あなたはここで解放となります』
『ここを潜れば現世に戻れます』
『また自由の身に戻れます』
エノクはお前はどうなるのだ?と問う。
何が一体今お前に起こっているのだ?とも。
『御心配なさらぬように。〈私たち〉は大丈夫ですから…』
『エノク…否、メタトロン…御急ぎ下さい…』
『いずれの時、何処の場所にて、お待ち申し上げております。』
重低音の波動の、高鳴り、その連打の木霊に急き立てられるようにして
エノクは光のスリットの中に飛び込んでいた。
背後に最後のクリステインの言葉、いや大天使ジョフィエルの声を聞きながら。
『ご武運を…』
〈続く〉
あとがき:
ヨベル書の登場に大した意味はありません。【無底】の根拠を演出したかっただけです。
権威の認められた創世記に手を加えることはできませんからね。
なので苦肉の策です。
基本、三日目以降は割愛しても良かったのですが…。
原本の方は、夜の図書館1F にあります。
これは全くの手入れなしのオリジナルのままです。
ご参考までに。