4. 結界の中でII

文字数 3,081文字

ヘルモン山の麓、不可視のスフィンクスが待機モードにある。
”ゾフィー”は球体モニターに映し出されている反応に見入っていた。

「どうやらエライのが出張ってきているようだな。」
「大君エノクならばこその応対か…。」
「今、これに割って入るは、”無粋” も甚だしい…か…。」





待つとなるならば、取り敢えず態勢は万全なるものに整えておこうと考える。
念には念を入れて、用心に用心を重ねてだ。
なにしろ相手は〈Lesser Yahweh〉と称される存在なのだから。
(丸腰の今ならば、さしずめ[Na’ar ]の通り名が一番相応しい)

ゾディアック・ストラスソボール・アクティベイト」*

頭上に黄道帯にある星々が映し出される。「パチン、パチン」とスイッチが
切り替えられ、また「カチカチカチ」とノブが回される。表示モードが変更された。
天空の星々よりの地球への放射が、その特徴に合わせて色を違えながら精妙に表されていた。
「超クリアーなオーロラ」。これが例えとしては一番しっくりくるものになるだろう。
手元の時空間モニターには、頭上より光の襞が幾重にも重なり合い揺蕩いながら
投影されていた。コックピット内は、さながら天界における美の宝石箱といった世界である。




「皮肉なもんだ。」
「これらのデータは、今は主人なきメタトロンからのものなのだから。」
「さて、これで聖律法の守護者たる私は今、この地球において無敵となった。」
「そして…君はこの裁きから逃れることはかなわない…」。


〈暗転〉


[飛鳥了]と名乗った存在は去った。
だが、まだこれから何かが起こるといった気配が色濃く残っている。
空気は一瞬の気を抜く暇もないほどに張り詰めたままだ。
超常の者達がこれから来ることは間違いのないことであった。

燦然と輝く太陽の日差しの下、青白き炎が静かに立った。
エノクの立つ位置の近くだ。

一つ現れ、二つが現れ、三つが同時に…、その出現は続いてゆく。
そしていつしかその数は二百に達していた。
鬼火の群れに広く、彼は取り囲まれていた。






やがて炎に変化が起こり、天使擬き(蝋細工)へとその姿は変わってゆく。





「忘れまじ忘れまじ、幾千年、幾万年時が過ぎようとも」
「取り継ぎを果たせなかったお前を、我らは忘れぬ」
「お前には、我らの味わう地獄を、その身において同じく知るべき責任がある」

「お前が、裁きあるを伝えてきたのだ」
「お前が、あの知らせの伝令だった」
「だからこそ、我らはお前を頼ったのだ!」

「我等は、全てを告白し、心底からの悔い改めを伝えたぞ」

「何を知って、何をどう理解して、何を神に伝えてくれたのだ?」
「何故に取り継ぎは叶わなかったのだ?」
「何故に神は我等に慈悲を賜れない?」

「何故にあの地獄へと投じられねばならなかったのだ?」

「お前には、我らの味わうあの地獄をその身に同じく知ってもらわずにはおられない」
「お前のみならず、天の会衆たる天使達みな、そして天に導かれる今あるヒトもみな」
「そこが如何に無慈悲にして呪われた境遇であるかを…」

炎立つ存在は徐々に間合いを狭め出していた。
ここで生身たるエノクを地の底へと引きずり込むつもりらしい。
今まさに真昼の異界が開かれんとしていた。

エノクは緊急コールサインにてDB5を呼んだ。

わずかの時の、過ぎる気配さえ無くして、
ターボチャージャーによる金属音の唸りと巨大な爆音が大地より沸き起こっていた。
真紅のビークルが地響きを引き連れて出現する。
それは弩級の速さをもって派手派手しくスライドし炎立つ影達を瞬く間に削ぎ落としゆく。
そして横っ腹をエノクに向けて停止していた。ほんギリギリのまじかにである…。

エノクは急ぎ車に乗り込む。
急速発進でその場を離れた。
アクセルを

蹴り込んでいた。

フルスロットルで山の斜面を降ってゆく。
踊り狂うかの座席の揺れになど今は一切気を取られない。
真紅の塊は、延々と続くスロープにて速度をいやましに上げゆく。

道無き道を稲妻の如く、駆け下って行った…。


〈続〉



補足:

現れたのはエグリゴリ達。第一エノク書の展開においてを踏まえています。
簡単な筋としては:

1.天の御使達によって、堕落したエグリゴリ(監視者)が
 神によって断罪されることをエノクは伝えられる。
2.そいでエノクはこれをエグリゴリ達に伝えにゆく。
3.するとエグリゴリ達は恐れ慄いて、神に許してもらえるようにエノクにお願いする。
 嘆願書として彼らの言い分が文書化がされてエノクがこれを天に届ける。
4. でも神がこれを受け入れることはなく、許しは一切もらえない。
5. この意思表示も文書化されて、エノクがまたこれをエグリゴリ達に伝える。
6。終局、エグルゴリは悪霊的存在(堕天使)と化す。



追記:

何故にヒトであるエノクが、〈仲介〉としておかれたのだろうか?。
エグリゴリへの処罰は、ヒトのエデンからの追放劇と構造は同じだ。
言っちゃう。エノクが彼らにとってのキリストの位置なのだとするランラン。
この勝手な妄想としての解釈が、物語として取り入れられこととなるでしょう…。


    崇

*Strassovors は、ベルゼのBook 1, ”4th sojourn to the earth”からの拝借。
 意味は分からない。『stratosphere:成層圏』の可能性あり。

"The members of the second section were called 'Akhldann-strassovors,' and this meant that they studied the 'radiations' of all the other planets of their solar system and the reciprocal action of these radiations.

”第2セクションのメンバーは 'Akhldann-strassovors'と呼ばれた。
ここでは、地球上に届く太陽系における他のすべての惑星からの '放射’についてと、
これらの放射の相互作用が研究されていた。」



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