21.  交戦。(D4)

文字数 15,355文字

≪《》≫





                   It’s rising....


             

鋭い眼差しの鶏がなぜか登場…

「突然ではありますが歌手の五木ヒロシさんをお招きして、童謡の”海”を皆様にご披露させて
 頂きたく思います。出囃子、スターターとしてのもの。それでは小節を効かせての、効かせ
 倒しもったりて〜でのその唱歌を皆様にはお楽しみいただければ

〜と思いまっす」。












               かな〜り、恥ずかしそう...


                   《暗転》




東京湾におけるその外湾、そこをほんの少しばかり沖合にでてのポイント。そこはもふ既に深度は千二百を越えての深海だった…。そこには暖かい黒潮が流れ込んできてた。なので生物相としうてのそのありさまは殊の外豊富だった。恵まれていたのだ。海中といえども、その彩りは、とんでもなく鮮やか!。それだけ、そこひだけ!、豊かな海洋生物としてんなるん‥そのたまり場、‥いんや宝庫や、なるんべくんして、あっとった、おっとったのだよ、きみ〜…。
そりゃ〜‥江戸前寿司たるんなるんもんが、発達したしてた、してしもてたっちゅふ〜訳だ!。だがだ、しかしだ、本ストーリーにおいて、そのほんことが、その様相実相、寿司の出来栄えが、クローズアップ、活写される、賞味されることはまずない。なんでなるんけるんなんならば、ことは深夜のできごとだったので、やったんで、まったく、その彩り艶やかにして美しくしての、美味にしてうまか〜なる、そして、なによりも、多彩たるんなるんらるん……。

日本海溝(にほんかいこう)からの[(あが)(かまち)]となるべくしての、おっそろしく急激な斜面が海底には控えてたんだ‥。然るべくして、誂えられて、あったのんかもんだろ〜かもしれない…。また逆に、東京湾から少し沖合にでただけで、その下には、もふ底なしと呼べる、

として深海がーっ、広がって、しまって〜…いる、いるんだ〜…。

その開口口から湾内へと侵入し、その奥へと踏み入れば〜、踏み込めば、もうそこは、今の日本国民そのものを代表するにたりる人間たち、まさに国体としてのその御本尊が、政の中枢部が、真近にて、直ぐ側に、控えて、構へして、おられる、いる、在る、わけだ〜…。

その昔、この侵入侵略侵攻に対して、

、防壁となるべく、建設されたのがあの”海堡”。でっ、今はどうだ?。ペリーにことを許したその後は敗戦の契機をもって、侵略は完了されてしまう…。そして、横須賀に米軍海軍基地が、「釘さし」としての役目を負わされて、ことの戦勝記念として、できました〜、できて、いますぅ〜〜〜だ...。


   Re:『ノイズ!ノイズ!ノイズ!』、ただひたすらに、圧倒的なる


光の明滅、乱舞、斬撃、巨大な動力音、それの、それらとしての音の坩堝(るつぼ)()()まり!
ほんに、ほんまに、深海の〜、奥深くしてんなるんらるんポイントで、よかったね〜〜〜っ!








                  海底の様子(大陸棚)

その晩、その時刻、東京湾の外海、その海底…。ある時点まではその海域はいつもと比べれば比較的穏やかな海の様子だったんだ。そこの海面下には広漠とした大陸棚が広がっている。その端に日本海溝へと降り下る巨大な渓谷が伸びていた。まるで深々とV字型のノミで抉られたかのような‥無骨なるまでに無神経な、その加減にて、強引に切り割かれ、切り取られたかのような裂け目。それは役者が舞台、桟敷へと、あがる、登ってくる、まさにそんな花道としての仕掛け、演出としてしてのものと、なっていたのだ……。



其処にー、巨大な重量物が、それも四体も、”突如”出現を果たしてきていた。外湾の懐深くにて所在するその場所その渓谷に!。そこはその晩、まさに地獄としての暗黒そのものだった。

ところで土工としての

なんなのか?。ポイントなるのはそれはマンデル・キューブ、フラクタル構造体だってこと。安定性、最も強固な防御態勢としてのもの。各個、外観内部の構造は違うがすべてあれとしてのものになってる。ちょっとここで説明しておくと、あれはカーゴとしてのもの、その形態で、本体そのものは、

別次元にて所在してる。おそらくは三次元の裏側の少し離れたんなるんらるんところにて、所在する、存在してる〜…24次元の空間にてーっ!。質量やら実体は、あれには、あれらそのものにはないんだ。だから、一種、”(まぼろし)”と

もん…。それらんとしての、言わば、架空としての、構造物、反自然体的なる存在に、なるんだ〜〜……。

それが、それらが、

始めたんだ…。ついでに転送についても話しておくと、雷撃は座標指定固定の為のもので、

、即座に現出が適うようなってる。

実際に、なんらかの物理空間を、渡って、移動して、飛んでくるってわけではない。未来の技術(どこでも□□)なんだ〜〜……。



                 【召喚の雄叫び】


                   まず雷撃...

              海底千三百

にてイニシエイト

              そして、”Four(4) Gates Open!






































ことは、猫が落雷に驚いて、一回まばたきをするその間に、すべて完了されてあったんだ…。



だけども、せっかく、だからん、なるん、らるん

、ここでそのトランスフォームの様子においても見ておこう。ご紹介

、頂こうかと思う。微分解をもってしての、その断片でしかないが。

、その変化の過程を、その様子を、本僅か、なるんられんなれん、だども、観ることは、なかなかに壮観で、興味深く、また見ごたえのある、はっきり、正直に、言うたらんなれんしたらんばだ、

…、そんで、恍惚の状態にまで至ってしまう…、そんな様子、そないな景色に、なる、なって、なったって、た〜たって、いとてたっててで、た〜とて、たんだ……。


事情は、ことの最初の、あの始原の始まりのときとは違う。

、いや、悪霊との合体の果に完全変性を果たした土工としては、あれらは既に完全に完成してしまってる!。だから異次元にて折りたたまれて収納されてあるその本体が、

、現界化してきてたまでなのだ。だから、だからこそ〜、その出現のスピードは早く一瞬だった…。核部としての制御系、内蔵、内燃機関、骨格部、更に鎧装としてのものが、そして、従者としてのものらが…。霊格自体は、その身に

かっての刻印において、それが持つ業において、異界よりダイレクトにその全身を器として現界してきているまで!。

されど、なれども、ウオームアップとしての、一体化においての最終調整が、必要とはされてあったのだ。そこに怪しくしての光の乱舞と、騒々しくしての無骨な機械音が、さんざめいて響き渡ることになっていた。熱とガスの放散があった。メタルどうしが打ち合う、また擦れ合う音が、その音響が!。そして謎の重低音、重振動音、チェーンソーによるものかと思わせる、動力の起動音、回転音が…。海底深度千三百メーターの海底にて、それらが、爆発的なるまでに、響き、渡っていた……。


               Transformation 2 (Metallic ver.)



                  【召喚の儀】

             (みんな〜早く急いで、お出でまし!)

               Then, instantly collapsed...




















































































                D5へとつづく....






あとがき:

ちょっとしんどくなってきたの〜!。しかしだ、ところでや、お話がぜんぜん進んでいないやないか!。思えば

、連載停止前の、既に語ってあるその内容でないか。もしや!ループに陥って…、いや、お話を創るのが、進めるのが、自分は嫌なのか?!。だいたいが〜がや、この手の表現、こういったドラマの創造に、情熱を注いでしまってるこの自分ってのは、一体どうゆうことになっているんだ?。ここの、ここまでの流れは大変に不吉にして、

……。(そこまで踏み込まんことには、そこまで、事態が、悪化せんことには、ガイアーの神化は起こり、

んだ…)

海ってのは一体なんだ。だから、どれだけ巨大な重量物が、

出現しようが、さしたる変化は見られない。水面の高さも、なんも、ぜんぜん、変化していない。足された体積は満遍に全体において分散されてしまうまで…。そして深海でどんだけでかい音を響かせようが、すべて海水の厚みがそれを吸収してしまう……。なん〜〜も、地上においてでは、聞こえない!。

この海ってのは、その深み、深海領域ってのは、人類としての集団集合無意識に他ならない。
そこに人の悪しくしての業、その成り果てが、強大なる力を持って、得て、突如降臨してくる
のだ。いや、作者としてのこの自分が、そ〜して、そーさせて、しまってる……。
見渡せば多くの表現者たちが、同じモチーフをやって、きて、いるではないか!。

そこで、自分としての課題と自覚されているのが、

、より明確に、より深く、語ってしまうことにある。だから、じくじく、細々、しつこく、粘チャッキーでゆくよ。

次回からこそが、再開としての、その新たなる内容に、なる

思います。

再見!



蛇足:


こころと精神が汚染されて、また脱稿ができなくて、終わらなくって、このこともしんどかったんだ…。そんな私に向けて、遣わされてきたのが"Mi-Ke"だった!。自分はこのグループのことぜんぜん知らなかったんだ……。



このスワンの涙は、録音はあまり良くないが、延々流して聴いていた。

解毒としての作用、そしてカンフル剤的な効果がありますた!。

https://www.youtube.com/watch?v=r9w1keE4GUA

右の娘は下半身、足がエロい!。左の娘はあれは賢いよ〜〜!。真ん中は、歌上手いは当然として、とにかくかわいい!。ある意味、あの年齢においての、あの季節、あの一時のみにおいての、美の権化、化身!。

 オンタイムで知らなかったことが幸いだった。きっと歯牙にもかけなかったことであろう。

        https://www.youtube.com/watch?v=y8i5-G7fP8U

             『好きさ好きさ好きさ』

                ベスト!


 キャンディーズにおいても思ったことだけど、あそこの裏に潜んである努力は、精神力は、
                  半端ない!。
                まさにモンスター級......。



おまけとして、また気晴らしとして、立方体についてのギャラリーと考察を展開します。

でもあとでね…


          1987年 ヘルレイザーにて初登場 パズルボックス





          たぶん1990年ぐらいに初登場 ナウシカ 聖都シュワの墓所 













       1989年初登場スタートレック42話『無限の大宇宙』にてBORG船

               1976年に初登場 デス・スター

              2000年に初登場 GANTZ玉

         1968年『2001年宇宙の旅』にて初登場 火星のモノリス

   これらのすべてが同じコードを背景にては秘めている。同じ系統だってこと。
        簡単に一言で云えば、コンピューター、人工知性だ……。
  球体のものともなれば、あれは運動としての

付け加えられるまで。


  
        では、それはどんな目的において、

、創ったのか?!

             それは今の人類、人間ではないんだ.........。


ちょっと雑談...

ジョン・フォン・ノイマンのご両親はユダヤ系ドイツ人だった。ノイマンは原子爆弾とコンピューターの開発においてのキーマンだった。そのチームの同僚であったアインシュタインは、ノイマンを「我々の中で1番頭が良い」と評していた。原子爆弾においては、弾道の軌道計算と、地上のどの高さ、いつのタイミングで爆弾を爆発させるのが一番効果的なのか?このことのシュミレーションが必須にして重要となってた。このことにおいて、シュミレーションするにおいて、コンピューターとの関係が、ご縁が、運命的に、生まれてきたのだろう…。ENIACの開発プロジェクトに開発の開始一年後に参加。1946年完成。そして、人類初となる二進法を採用してのコンピューターEDVACの開発プロジェクトにも当然参加。1949年に完成…。

現在我々が使っているコンピューターのほとんどは「ノイマン型コンピュータ」なのだそうだ。これの特徴はプログラムの記述と情報のアウトプットが二進法に基づくことにあるらしい。この初期のコンピューター開発においてはもう一つ名前を挙げておくべきなのはIASマシン。ノイマン型としての最初期のものになる。1945年から開発は始まり、1951年には稼働している……。

さて、以上において、衆目を引きたくなるは、原爆とコンピューター開発はセットであったこと。その両者両方に、ユダヤ系としての人間が絡んでたってこと…。あとは年代だ……。

ところでリバースエンジニアリングってのは本当にある、あったのだろうか?。あの、墜落したUFOから未知なるテクノロジーを人類はかって手に入れたのだと…。その端的なものがICチップ、CPU。そしておそらくはネットワーク制御の為のテクノロジー機器としてのもの。

自分はなぜか、なぜなのか、このことが、しっくり、来てしまうんだ。スターシードによる原始地球における生命の誕生を思うからだ。あれが、あのことが、そうだったとは

!、ロズウェル事件があったのが1947年のことだ。タイミング的には、「喉から手がでる程までに〜」のモノで、文明進歩を加速度的に発展を遂げさせるにおいてともなれば、「ドンピシャ!」だったんじゃないだろうか?。

意図して、然るべくしてのタイミングにおいて、誰かから渡された。渡されて、あった。

では何故だ?、どうしてそれをした?、行ったのか?!。基本、そのもの自らが自力をもって、それのみにて進歩発展してゆくのが筋になる。部外者が介入することは基本、許されていないはずなんだが……。仮説としては「時」がもう余り残されていないからだ。あらゆるすべての人間が、人類が、

共有することが、知らされる、伝えられてあることが、大至急!、必要とされてあったから……。だから、少し

した。されたんだ…。ネット環境を完備、整備させることが大事、だったんだ……。

少し脱線...
宇宙人と天使、この2つの言葉、2つの概念、2つのイメージは、親和してあらなきゃいけない。そうでないところの人間が語る言葉は、

信じちゃいけない。悪しき思惑において、語っているまでだからだ。前提として、非常に重要になってくるのが、この宇宙が、

なってるぅぅう〜ってこと。我々人類にとって馴染みある、普通の日常生活が営まれ、送られているのは下から二層目の世界でしかない。この世界観、生活感において、あらゆるすべてを見んとすることが間違い。知らないこと、知り得ないことは、分かり得ないんだって。でも一応、推測は、推察は、できるってことにはしておこう。

マクロに対してのミクロ世界内においての実態、これをベースとして、憶測は、できるはできる。類推的思考ってやつさ。たとえば、あなたは会社に所属している。組織は、どうしても階層構造として立つことを余儀なくされる。あなたの位は、ステイタスは、どこだろう?。まっ真ん中ぐらいだとして、最初はペーペーの下っ端だったはずさ。そこには、そこでは、そのステイタスにおける、その位に伴ってくる制約ってやつがあったはずだ。嫌な、面倒くさい、つまらない、しんどいばかりが回されてくる、顎でこき使われてしまう、それが当たり前。ところが課長、係長、部長と、昇進してきたならばどうだ?。自由度と実入りは増したが、今度は責任が重くなってきてしまった。予算未達は許されない。仕事におけるかなりの練度、理解、洗練、知恵の向上が、それの獲得が、どうしても必要になったいる。では、トップに立つ社長さんとしてのものともなればどうだ?。会社が儲かっている、いられる限りは、もふ〜、なにやったって自由だ。ワンマンであろうが、博愛主義者であろうが、自分として、ありたい、なりたい、いたいものとして、あって、あったって〜構わないんだ。幸せな存在だ…会社が儲かっている、おられるその間においては…。

上位の宇宙ってやつにおいては、そこに、生きている存在にしかそこがどんなところなのかは、分からない。手がかりになるのは、振動数が、

速いってことだけ。我々の体は柔らかい部分もあるが、基本個体だ。振動数がぐんと高い存在ともなれば、それは最早、気体状、もしかしたらプラズマ状としての存在、その生物になるのかもしれない。よって、惑星による重力引力によるこの楔からは完全に免れてしまっている。だから、光体としての存在であっても、あることこそが、妥当だと、理論的には思われてきてしまう…。あんなグレイみたいなけったいなものが、上位界の生命の訳がない!。一種の伝令ロボットとしてのものだってのは、なるほどって思えるけどね。本体、御本尊はまた別!。

追記:
この宇宙における

としての世界は

。地球からは最寄りの一段下の世界…。そこにおいて、生きるにおいての環境が、地球と比べて、どれだけ違うのかを探るにおいて、イメージを得ることができる。非常に参考になる。あそこの環境において人類が生きることが果たしてできるのだろうか?。グラス一杯の水を手に入れることもままならない。至難至極であろう。そして目を楽しませるもの、こころを和ませれるものなどあそこには一切なにもない!。この比較においてもし人類が一段上の階層にて生存することが叶うこととなったとするならば、どれだけの環境変化が、環境改善が、そこに、そのことにおいて伴ってくることになるのかが分かる。そこに、その位に、至ってからは、至ったならば、かっての地球における、おいての生存を、まるで月における生存に等しいものだと覚える、覚えてしまっていることとなっているのは必然のことだろう。確実に、自然にだ…。

大事なことはどれだけ現実をしっかりと生きているのか?これに、このことにつきる。どれだけいろんな試行錯誤を行ってこれたのか?。この世に関しての理解をどれだけなし得ることができたのか?。(絶対に学校や会社で教えられることではない)。なによりも自分に関してをだ。その理解をもって、その知見を発想のベースとして採用する。それに根付いて基づいて判断を思考を行うようにする。この場合には、マインドにおける観念操作だけに終わることなく、薄っぺらな連想展開それだけに陥ってあくまでも空虚な、戯言三昧としての思考になることはない。世の知性としての権威としてのものは、そんなんばっかしなんだから…。なにがしらか共通としての部分は確かにあるわけだし。*ここは上位としての世界、下位としての世界についてのイメージを持つにおいての重要なアドバイス。*結局は類推を行うに当たっては誠の現実理解が片側においてどうしても必要必須になってくるって話し。我等にとって天界ってのは、生きている間は、ただのファンタジーでしかないが、そこがどんなところ世界なのかは、しっかりとこの現実を生きているもの、知性を発達させてあるものらにとっては、かなり具体性をもったイメージとして持ち得ることはできるっと。終わりっと…。

()(むね)

(てん)

(おこな)

(ごと)

()

(おこな)

これなんか、あなたがなんらかの会社社員として、そこの社長さんは末端、下っ端、泡沫としてのものでしかないあなたにまで目が届いているのか?を想定するのがいい。彼にしか現状を変えることはできない。だから願うんだ。然るべくしての采配を末端にまで配られることを……。願う、祈らないとだめ。気づいて貰えない。ある種の行動、存在をもってで。直接会って、直訴するってことは、基本できないってことは分かられるであろう。

自分より偉い人、よくものを分かられている、理解しておられる方には、方々には、頭を垂れてあるまでだ。同じ同列かのように錯覚して、あれこれ自分の考えを述べたりしてはならないんだ…。かって、2ちゃんねるで、G関係のスレッドがたくさんあった。彼はせいぜい人間五番程度の人間で、あれやこれやの方がもっと素晴らしいなんてことをぬかしてくれてる奴等がいたんだ。そんなことが言えるのは、自分が六番以降にまで自分を完成してものにしか言えない。もし、そいつがせいぜい四番までの仕上がりとしての人間だったなら、五番以降の人間に関してはなにも見えない、分からないことは確実だ。その彼の語り口からは、せいぜい1〜3番までの人間としてでしか思えなかったんだけどね。

上のキューブ、あれはある種のメッセージだ。いろんな人が既にそれを受け取ってて、ビジュアル化してるんだ。簡単には

この宇宙にはいるのだってこと。あれは人類外によるその

所在の証し。それがこの三次元としての物質世界にて、その圏内にて結晶したときに、あの正立方体としての姿になる、なった。本来は、

別の多面体であるはずなんだ。あれは、あの姿のままに、この世界圏内においてはブラックボック、場合によっては、あちらっ側へと参入を阻む、至ることを阻む、鉄壁の檻、鉄の意志においてのプロテクト。

要は使い方の選択それ次第だった。その課題だけだったのだ。うまく活かせば、天界、天上界、上位階への道が開ける。ネット環境において、公正、平等、信頼をベースとしての生存、経済活動が適うようになる。だがだ、実際はどうだ?。どうだった?。「知らさず、頼らしむるべし」が、その先制力を増すばかりとしての使い道になっているではないか。無自覚なるがままに、搾取を自動的にて執り行う。固定費としてのはめ込み、サブスクリプションにおいて、口座自動振り落としとなるべく、その身を、がんじがらめにしてくりゃれりょうぞっと…。

あれを、それをもって、自身を閉じ込める、

、こしらえよった。
夢見のままに、ただ時間を浪費して、老いさらばえて、死ぬる、滅びゆくばかり。
せっかく天への道を開いて、持たせてやったというのに…。

金の亡者、欲ボケ、自己顕示欲、名誉欲、色情狂…それらばかり。
妬み嫉みにしかその心を燃やすものがないのか?。
恥の感情思いは、どうしたものなのか本能的なるもの、ところから現れてくる。
猫と犬飼ったことあるから分かるんだ。なのに…
獣にも劣る行為をして、人間はどうして平気なのか?。
浅ましくして、またおぞましきままの人間...あいつら!。

憑き物としての土工はお前らのような人間が為政者としてあったいたから

生まれたのだ。

神から自然から離れて、そんで、もう暇で暇で、なんの生の実感も味わえないから、左回り。

価値として古来より認められてきたものを毀損する、冒涜することにしか、もう燃えないんだ、もう満足すること、生きがいを感じることができないんだ。それは一種の狂気、ヒステリー!。

伝統としてのもの、風習としての形、これの、これらの

、見失われてしまった、しまっている。みんな忘れてしまったのだ。だから、形のみの再現、上辺のみの変更洗練のみが行われてしまってるまでで、満足感が実際は起こらない、伴わない、感じられない、与えられてはこない!。

おいても、ことの本質を、その実体を現実を知ってた、分かってた人は少なかった。
なぜに黒人たちはアメリカに連れてこられた?そんで、奴隷としての扱いができた?。
なぜにベトナム戦争としてのものがあった、起こ

あったのか?。
なぜに第二次大戦後、アメリカには無骨にして味気ない鉄筋をもっての高層ビルが乱立することになったのか?。あれこそが近代としてのものの象徴だった…。

近所にヤマダ電気の大きな、

ビルがあるんだ。9階建て。一階から三階が売り場。2008年オープン。

約15年間の推移を生で見てきて、どんどんと中身がなくなってきてるのが分かるんだ。一階はすべて生活用品、生活雑貨の売り場になってしまった。ほぼ全部中国製。それらを手に持って分かるのは、商品としての新価値がまったくの不在だってことなんだ。価値としての中身だよ!これがぜんぜんどこにもないってことなんだ。店員のモラルも低い。特に中堅年齢層において。無責任にして偉そうなんだ。内部的に大いにから回ってそう。上辺だけの世界って感じ。今この時代におけるビジネスモデルが分からない、確立することができない。単に大塚家具を吸収して、着膨れしていっているまで。これも過去において獲得蓄積してきた資金があったればこそ。これもすぐ水泡に帰すことだろう…。かってのシャープのように。

ある見地からすれば、おろかで、低能で、単純純朴で、

あったからだ。
国家をも背後から動かすほどの特殊集団が、権勢をあまりにも強くなってしまったから、
その権力を強固に握り、押さえ、万全にしてしまってあったからだ。(貨幣の発行権)
でも、ほとんどの一般の国民は、このことの実際を現実を知らない。ただ結果だけ。

何事においても表層としてのものを変えたくば、真の満足を得んが為に、それの元々の起源にまで遡らなければならない。それが囲ってある真の意味たるものにまで。

選別をしなければならない。残すべきもの、残してはいけないものを…。この作業工程を疎かにするならば、判断にいおいての根拠を失う。そもそもからして理解さえしていなかった、いないことになる。そんなバカどもが見かけとしてのものをいくら弄ったって、本質的には、なにも変わりはしない。いや!より一層、混乱が不幸せが不満足が深まってゆくことになるばかりになるであろう。より多くの気狂いの量産に繋がってゆくばかりなのさ。*なんでまたゴジラなの?。

今のこの混迷としての世において、特に意識付けがなされてあらなければ、なされるべきなのは、道徳なのだ!。倫理たるものとししての、その礎なのだ。この言葉、概念、コンセプトも、既に形骸化してしまってる。その証拠にピンとこないでしょう?。これが根本的な価値だってことに説得力は感じないでしょう?。

実は、これさえしっかりすれば、あとのすべてとしての全体は、なんとかなるんだ。
これが失われてゆくってことこそが、すべての元凶であったのだ。
カリユガがそのことを言及してくれている…。

道徳って何? 倫理ってやつのその根拠はなんなのか?
これは変奏において良心って何?魂って精神って何?ってことに繋がってゆく。
そんで更には、神さまっているの?。どこに?。仏って何?。自然って生きてるの?。
等に繋がってゆく。

これらのことはすべて自己の内において、外との関わりにおいて、実地に検証が為されなければならない。他人に聞いても意味がない。

その他人の言説に、マスコミの広報に、振り回されてあるばかりなのが問題なのだ。

尊ぶべき、残すべき普遍的な価値は、人類皆が、同時に、絶えずいつも、大切に、意識してあらなければならない。あの「殺すな!」なんてのは、その筆頭だろうさ。それを、これを、今、神よりダイレクトに、戒律として与えられてある民族が、先頭に立って、これを大々的に行っているのだから…。

ここで一旦筆を置く。

本当は、土工に憑いた、あの真に恐るべくしての悪霊たちの正体、存在原因についても、語りたかった、

のだが、これは、それらは、また別の機会にて、述べさせて頂きたく思います。草々 天村崇


一番問題となってくるのは、上位界にて生存が適っていたもの、ものらが、下位の世界へと頽落転落してくるケース。また、別の先行する宇宙においての強者としての存在。祀ろわれない神々としての超越存在。その世界は、宇宙は、遠に失われ、消滅に帰したのに、その存在、魂が、まだ生き残っている。死ねないんだ、滅びることさえもが、できない、ままなんだ……。

*このへんのことは、蛭児とかスサノオ、菅原道真公が発想の、空想のw、土台になるっと。
*場合によってはバールとかね。あそこに関しては人身供犠としてのシステムが関係してくる。
 生贄、殺して、命を奪って、それを神に捧げるってことの有用性、その有効性に関しての
 理解がいる。たしかにそれは機能する。
*このことも、生き馬の目を抜く、非情にして残酷なる、そしてなによりも浅ましくばかり
 してなる商売の世界を、経験したものならば、当然、分かる

ことなのだ……。

















                   さらに付録...











個人は、社会的コードーによって、完全に、それのみにてで、識別されるようなる。基本これは、社会人としての大人になったなら当然の話しだ。一人っ子?兄弟いる?大学どこ?住まいはアパート?それとも実家住まい?彼女いる?年収いくら?仕事はなに?趣味は?…。

この面が強固にして刻印が現在深すぎるようになってしまってる。ITの発達進化、それをもってしての管理システムの性で…。このへんはぐだぐだ云わない。かなりギッチギチのリギッド(rigid)な明確さが、求められてきてしまっている。入力の為に〜だ。デジタル社会の特徴は、正確にして明確であること。量子コンピューターにおいてはどっちでもあるが許されるので、今後はどうなるかはわかんが…。本質的なる問題は、これらの情報におて、根拠ってやつが至極怪しいってことなんだ。ハッキリ言って、余り意味ない。

このあくまでも便宜的なるものでしかない、そしてまた流動的なるものでしかないにも関わらず、これらとしての切り口において個人は絶体化されてしまう。評価というか外的な印象において。重要とされるべきなのは実際の共同作業においての、それを通しての、お互いを知ることにことにこそある。実際に一緒にやってみてからでないと...ってやつ。これを通して信頼関係ってやつも生まれてくることに初めてなる。だから、言いたいことは、繰り返しになるけれど、表面における社会的なるコードにはさしたる意味はないってことなんだ。

現在は、人と人とが分断されることが促進されてしまってる。状況と環境においてで。なぜに核家族化が推進されてきてしまったのか?も考える参考にする必要がある。でも、やはり、決定的であったのは、インターネットの登場、そしてそれに乗っかっての社会システムの構築にこそある。規制やら規律、規範、レギュレーションの一切は、それの上に乗っかってるからね。生活の多くは、非常に融通の効かないことになってる。機械的な処理にどうしても傾いていってしまう。すべてが紋切り型になってしまっている…。何故だ?なぜに、義理人情、そして情緒は、廃れてしまったのか?。デジタル思考にあらずば、社会参加ができないからだ。

インターネット、IT技術、システム…これらは現在運用を間違ってる…。本来はサブシステムとしてのものでなければならなかったのだ。人が現場において判断するが基本命題。そしてまた愛こそを至上命題として据えての開発であるべきだったのだ。せっかくイエスが…。

あれは万能としてのものとはなり得ない。絶えず幕無しに発生してくる例外、イレギュラーを、標準に組み込むことなどしたものならば、もう、実際に運用することなどできない適わない複雑にして巨大なものになってしまう。例えば、不法移民を取り締まる、もしくは、彼らの人権保護を目的とした法整備をする行うならば、真に〜、徹底的に〜〜だよ!、既に日本経済は、その活動は成り立たなくなる。だからやらない。上辺だけの、おためごかし

としている…。これなんかは完璧なシステムは現実的に無理だの実証、その証として考えなければならない。特にコンピューターシステムなんかの場合、プログラムを全体から見直す、メインフレームから変更しなければならない事態がほとんどだ。

人を人々を幸せにしない、それができないシステムが、あらゆるすべてを差配するようになってしまっている。そして個人として特定したならば、こんどはその人間からどんだけ金を引き抜けるか?奪えるのか?

得るのか?の発想に移行してしまっている。マーケティングと称してね。梃子は恐怖と女と金だ。平安無事に幸せになりたくありませんか?って。

結果として、個人としての殻、社会的人格にて、固着、封印、閉じ込められつことになる。これが一番上の絵としてのもの。でもそれのみにては、まやかしとしての社会幻想のみにて生きるに他ならず、実際的に満たされることは本来はないんだ。もし満たされたとしても、プライドやら自尊心としてのエゴサイドの話で、それも、それらも、あまり長くはつづかない。すぐ当たり前になっちゃうから。完璧に流動的、変動的、相対的なるものでしかない。美人は、あとからあとからどんどんと生まれてくるからね!。でしょう!。

ことの本質論、現実論を、おろそかにして出来上がってくるシステムは、無駄にでかく、効率悪いばかりのものにしかならない。手や足、体で実際の経験を通して、練られた、導き出されたものではないから。今の学校の先生、教授らが、なんも知らんのと同じで、SEらもシステムそのものものに対しての理解が実際のところはないんだから…いい大学をいい成績で出ました。専門的な知識をたくさん持ってます。資格も持ってます!。これらだけではだめ。

海外の最先端として認められてあるもの、業界において名高き、権威あるものを、強引に持ち込んでくるまで。ことの背景にある、血の滲むまでの試行錯誤のその要点も知らない、理解もないままに…。

あの弐瓶勉氏が描いたBLAME!としての世界が、いま現実なんだ……。どこもかしこもブラックボックスだらけ、それらにおいて取り囲まれてしまってる。どこかを変えたくとも、それは専門からに頼むにしか術はないんだ。そして実施に頼むともなれば、とんでもない、目を剥くにしかないような、金額の請求が、なされてくるではないか!。彼らとしても自分ではない、自分の知らない誰かが作ったシステムを触りたくはないんだ。そもそもからして、めんどくさいのが大嫌いなのだ。

そうしてMAZEとしての迷宮は、できあがっていってしまう。できあがってきてたんだ…。日本国憲法自体が、そうなんだ。この迷宮に閉じ込められてあるってことは、そんなところで、ただ単に、ウロウロしてるだけってことは、時間のむだなのだ。

生きてあるべき時間の無駄遣いでしかない。だぶん、これも、このことも

、彼らの戦略である、あったのだろう……。いろいろと、ことを改善するならば、時間とお金がかなりかかることが多くなってしまった、しまってる!。自分たちの孫子の代ことは、もうどうでもいいってな頭になってしまってる。このことも大変不思議、おかしいんだ…。

最後の一枚は、皮肉としてはよく出来たものと思うんだ。
なんとなく人型にて十字架が構成されてあるでしょう?。
最後のメッセージとしてあるべきなのは、「HELP!」、なんじゃないだろうか?

終わり




追加:もう一つのコンセプト…。

Re: “回転の回転の回転の回転…”。

このイメージも長く自分のこころを長く捉えて、離れなかった。

すると、ある日(1997年)、こんなイメージと出会った






そして今日、2023年12月にこれの焼き直しであろうと思われるこんなのにも。







イベントホライズンではこれは、
超光速で空間を移動する重力駆動装置「コア」として登場する。

下は自主制作アニメ、果ての一閃 EPISODE ZERO - Dawn of the Eclipse ってやつからで、
敵母艦のバリアー兼主砲として働くものになる。

自分としてのその発想の、いや妄想のスタートは、野球漫画における魔球にある。無限にその軸を

、独立した回転を球に加えてゆくならば、そのボールは、投球後には、どんな軌道を描いて飛んでゆくのか?。これが関心だったのだ。

追記:回転には軸がいる。これは基本一本のみ。だから回転させる機構としてのユニットは一つだけ。だからこれを

として、新たにこれを、別ユニットで、覆うのだ。それにおいて今度は別の

採用される。これを延々と、無限にて、

、繰り返してゆく。当然に、逆回転としてのものもあるであろう...。

頭ん中のシュミレーションでは、それはきっと、空中で消える、消えてしまうボールになるとでた。異次元空間へと即座に突入していってしまうので。

さらに後に、このイメージは、天動説と、深く結びつくことになった。つまりは、あらゆるすべての星が、宇宙の中心としてあることも、またあり得るのだと。多重心、多中心ってことが、矛盾なくあり得るのだと…。もしこの中心たるものが、自分ならば、それはマハラジの達観になる。私が在る故に、すべてもまた在る。唯我独尊。

結局、自分の中では、このイメージモデルは、宇宙そのものだとなっている。しかしだ、それは、永久運動としての、動的なるもの、永遠に回転し続けてあるってことが絶対条件になる。

おわりで、お笑い。www






ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み