3. 豚の胃袋

文字数 2,984文字



所はとあるレストラン。街外れのオフィスビルの地下一階にそれはあった。
ビル玄関の左端に鉄柵で囲まれた下へと通じる階段。
面白いのは降り口には〈関係者オンリー〉の札がかかった縄が渡してあることだ。
気にしないで輪っかを外して先へと進む。後ろ手に掛け直しとくのがルール。
階段の幅は狭くて傾斜は急だけど鉄柵があるので両手でしっかり持てば転び落ちるような
心配は全くいらない。最初のを少し降りるとすぐ踊り場となる。
ここで向きを替えて折り返すと、次に続く階段はかなり長〜いものになる。
初めての人であればここで怖気付いてしまうかもしれない。
まるで暗い闇の底へと降りていくような気になるからだ。
でもチェーンライトとスポットで構造は照らされているのでご安心。
降りきると、そこはまあまあのスペースで店の入り口が見つかる。
木の扉の上にはネオン管の細工文字で、
この店が【豚の胃袋】であると示されている。
ジジジッジジッ…」って音が、漏れでてる。





入ってみると中は驚くほど広い。一間のみの巨大な空間だ。天井はアーチ型で白やベージュの
ブロックが大小組み合わされて貼られていた。砂岩らしい。不思議なことに、それら自体が
光を煌々と放っており空間全体は優しい明るさで保たれている。
まるで天から下される慈悲のような加減だ...。

実際の照明はレトロなペンダントライトだけ。数え切れないほどが天井からブラ下がってる。
どれも黒の大きな二段階傘でデザインが印象的。シェードの内側は金属でメッキされてる。
その所為か放たれる光はオレンジもしくはゴールドになる。
その放射は柔らかく華やかでとても落ち着く。
台風の翌日なんかに訪れるあの夕日、あの短いが本当に圧倒的な光芒に近い。
でもテーブルからは少し遠すぎなんじゃないかなと思う。
手元はある程度暗がりになるのが店としての演出なのかもしれない。



各テーブル上に三個が列になる配置だ。テーブルは分厚い木の天板にたっぷりとニスを塗ったくっただけのもの。剥き出しでマットやクロスなんてものはない。四隅は煉瓦を積んで足にしていた。床は打ちぱなしのコンクリートに黒のペイント。しかしあの天板はかなりの重量があるだろう。なんでも一枚板で大層な値のつくものだそうだ。そしてイスはベンチ式。
これも同じく木製のものなんだがなんとなく急ごしらえの荒い作りの感がある。
植物の蔦を編んで作った厚物がクッションがわりに敷かれていた。
石畳編みとか言うものらしい。左右で最大六人はなんとかかけることができるだろう。

ここの売りはステーキだ。食いもんはこれしかないんだ。後は、サラダ、生ビール、コーヒーとパンぐらい。だが、これらも立派な売りには違いはあるまい。ビールはなんでも台湾から最高の鮮度のものを仕入れているらしい。何でわざわざとも思うのだが確かにこいつは美味い。
コロナが生で飲めたなら近い味かもしれない。それでもこっちの方がコクには品があり旨味はより爽やかでさらに上を行くだろう。ピッチャー単位で、あとはジョッキの数を伝えるだけ。
肉はノーマル・ビッグ・マックスのスリーチョイス。ロースだのヘレだのの話はここでは
通じない。選択肢が少ない所為でかメニューなんかはない。

ここで上手くやるには、手近に見かけたウエイターに、いかに素早く注文を口頭で
伝えれるかにかかってる。何故っていつも満員だからさ。
「食いもんが来ねえじゃないかー!」って怒号があちらこちらから聞こえてくるよ。
こんなことは、ここではさんざよくある話さー。
みんな腹が減っていて気が立ってるんだろうね。ありゃもう演技じゃないね。
少しこの世に染まり過ぎ。いくら受肉化をもって人間の姿をとっているったってだ…。

そう、ここ来ているのは人間じゃない。
まあ希に人間が偶然にか紛れ込んだり、誰かに連れて来られたりってことはあるけど。
まず無理だろうね…。

じゃあ喰ってるやつらは誰なんだ?って言うと、これが聖人や天使たちなんだ…。
多くはかって存命中は使徒であった方々。つまりは人間だね。
それが死後、その霊格が上げられて特別な存在となった。

生中(なまなか)のことではそうはならない。忍耐を忍辱をその生涯において
貫徹することができた方々だからそうなれたんだ。それは下手に敵と戦うことよりも
遥かに難しいことである。天使には間違っても真似のできることではないよ。
というよりも初めから至高の御方の側近くにあるので、そういった機会は間違っても
あり得ない。だから主が人間を可能性として、天使よりも更に上位なるものとして計らい、
愛され、そして期待されることも理解はできるよ。
じゃあ、そういった彼らが、今さな何故、またこの物質界に現界しているのか? 
理由はいろいろ、様々あるのさ…。

そうそう言い忘れていた。ここじゃ〜何でもみんなタダなんだー。
信じられない待遇だよ。みんな感謝感激雨あられってなもんだ。
かってはろくなもん口にしてこなかったんだから…。

ほんと〜に、このことだけでも
天のいと高きところにおられます太っ腹の御方にホザンナ〜!』って
叫びたくなるよねー。


〈暗転〉






場所は変わらず【豚の胃袋】。
昼過ぎの店内は、営業はしているがサービスはコーヒーのみ。
無理を言えばジョッキでならビールは持って来てくれる。
ウエイターに毒づかれれはするけどさっ…。

男と女が一番奥のテーブルで話をしている。


女:「乗り込んで行ってやったわ とりあえずのヒントは伝えた…」。

男:「どんな様子だった?」。

女:「怒ってた…」。

男:「彼はとりあえず状況にはたどり着く…
   しかし果たして『檻』を破ることが彼にはできるのだろうか?」。

女:「荒野で呼ばわる者の供儀が先に必要でしょうね。それが最終的に引き鉄にはなる」。

男:「この度の人の子の役目は大きい。更に想定外の要素が含まれてしまっている」。

女:「何故アレらが現実化してしまっているの? 如何にリアルに基づく想像力の産物であった   としても、所詮は夢たわ言でしかなかったはず。
  『深遠なる蛇の波動に感応せし呪われた人間よ、さっさと地獄に行け』だわ」

男:「終わりの時には人の夢が実体化するもんなんだ。それがいかなるものであっても。
   結果、輪をかけて眠りは深まりゆくばかりとなる。まあアレらはよりにもよってでは
   あるけれど。人間は自ら選択し好んで突進してっているだけなのさ。
   退屈がよほどお嫌というわけだ」。

女:「言葉が放たれた後ではもうどんな言い訳も効かない」。

男:「効かない。十分に遍く言葉は及んでいる」。

女:「言の葉の君の再臨がフィナーレの号令」。

男:「先ずは彼に目覚めてもらわないと」。

「フっ」と女が消える。

後に男が一人残る。
そして楽しげに口笛でメロディーを奏でだした。
そばにやって来たウエイターが「ダウランドですかい?」と興味深げに声をかけた。

「そうさ…」

『 happy, happy they that in hell, feel not the world’s despite 』
幸いなるかな 幸いなるかな 地獄に住まいする者たちよ この世からの侮蔑を覚えることなかれ

「これはボクの愛唱歌なのさ」そう言い残して彼も消える...

どうもありゃがとございましたー

それを追いかけるかのようにして大声が発せられていた。


〈続く〉


  *無神経などら声が…






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