6. 観察者II

文字数 1,264文字

ことは緊急を要する事態となった。マーブルの表面に”ノック”を三回。
制御コンソールが、「ジャキーン」と小気味よい金属音をたてて立ちあがった。
急ぎ『イリヤ』の起動コードを入力する。

イリヤはこの施設におけるオペレーティングシステムの呼称。
起動後の操作は口頭で足りる。
ハードの正式名称は『メタトロン』。

小型モニターには〔三位一体の盾〕が素早く浮かびあがる。



盾の上部にはテトラグラマトンの四文字。


『יהוה 』

下部にはヘブライ文字で一文が添えられている。

『אין לי תוכנית בכלל, אבל זה לא תרגום של שום תוכנית』
(訳:いっさい計画は持たないが、全くの無計画という訳でもない)

なんのことかサッパリわからない。
でも…なんだか自分にはぴったりな文言だといつも思ってしまう…。


「あら、エノク(従う者)お久しぶり」。



緑の黒髪の少女の上半身が壁面一杯に現れていた。
長い髪は後ろに束ねられており、コスチュームは紫を基調としたミニドレス。
十字架をあしらったネクタイを結んでいる。

水槽の硝子はいつの間にやらその役割が変わっている。
牧神の角が二対、後方へと反り返り切り返して先端は上へと向かう。
輝く双眸には怜悧さと茶目っ気が同居している。

「至急調べて欲しいことがあるんだ」
「日本の福島に関する気候変動のすべて。特に台風とのつながりだ…」
「それと、南極大陸とタクマカラン砂漠における情報も」。

やや上方、あらぬ彼方へと視線を向けると彼女はすぐに答えだしていた。

「台風はここ十年で見れば…012∥32244646 これは上陸数ね」
「気温も降雨量も経年的にみて、特にこれといった変化は認められないわ」
「多いときもあれば少ないときもあるとしか言えない」
「南極に関してはネットでの投稿が増えてきてる..あとタクマカランは...特にはなにもないわ」

「どんな内容のものだ?」

「笑っちゃうわよ、氷の下に構造物だのUFOの機体だの…ピラミッドの写真まである」。
「みんな愉快犯による捏造ね」。
「最近じゃ〜PVがお金になるんですってよー」。

「念のために上空からのスキャニングを求めたい。
 深度100まで1刻みで、熱量と構造の変化を24時間でモニター。
 その三箇所すべてをだ」。

「OK 。三日ちょうだい」。

そう言って映像はたち消え、あとはいつもと変わらぬ巨大水槽の見栄えとなっていた。

僕はあの侵入者についても確認は行っていた。
『サンダルフォン』の識別コードが残っていたらしい。
あの時の小指の照合サインは間違いではなかったわけだ…。


〈続く〉


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