8. 尋問室

文字数 5,917文字




ダルトン・マイラビッシュ・ルークテク・トゥエインは、不愉快この上ないっといった
表情で目の前の男を睨みつけていた。彼自身はまるで岩に人の皮膚を貼り付けだけの
様な顔でしかない。無骨にして品性乏しく、まるで鬼瓦の様な顔の持ち主である。
体格にはいたく恵まれており、身の丈は2メートルは優に超えていた。
荒事に慣れ親しんだもののみが持つ暴力的なタフさ迫力がその体からは滲み出ていた…。

コレが、取調べの室の机に肘をついて身を乗り出して尋問に当たっているわけだ。
目は薄くにだけ開かれ、瞼の下奥まった所に潜む三白眼がギラギラと光っている。
残忍なまでにこの人物が非情であることを指し示していた。
前面に組まれた掌は固く結ばれている。威厳を最大限に誇示して止まない。
人差し指の2本が芋虫のように()ねくる様にして忙しく動かしている。

其の眼前に座してすわるのは、久方ぶりのエノクである。
その出立ちは、何故にしてか、巡礼者の着るイフラームではないかー!。
純白にして最高級のエジプト綿での仕立てのものではある。
だが、その下には下着の一枚、パンツ一丁さえはいていない。
まったくのスッポンポンであったー!。



ダルトンは思い悩み訝り、そして改めてやっぱり思った。

「絶対に不可能だ!」

此奴は、出国審査を経ずしてどうやって出国待機者用のロビーに入ったのだ?
セキュリティーは万全のはず。特攻するネズミ一匹でさえ通ることは絶対に叶わない。
更には、それはもう、構造的に絶対的に不可能なのだ。
イスラエルのセンサ関連における、
スーパーウルトラ先進アドバンスド技術を
甘く見てもらっては困る!。

それなのに、此奴は待合ロビーにいたとな…。
それも、巡礼者らのするこの奇天烈なファッションでだ…。
挑戦としての振る舞いとしか考えられん。陽動担当者か?此奴…。

「名前は?そして国籍は?」

焦れて、睨みの効果も十分効いた頃かと見計らい、ダルトンは言葉を重くにして発した。
エノクは、この検閲尋問を注視している人間が、ダルトンと其の側に緊張を持って立つ
三人の衛士のみならず、更に二名いることを察知していた。
片側いっぱいに貼られた鏡の向こう側に、其の何者かが今もこちらを窺っている。

うかつな真似はできないことを緊張をもって悟っていた。
本来ならば、暗示力をもって如何なる人間の思考をも操作することが可能は可能だ。
カリズマティック・アイド・キャンセラー…。

だが、こうも衆人が多くては、それもこちらを絶え間なく見張っている状況ともなれば、
これを使うわけにはいかない。わんさか守衛が押し寄せてきたあのロビーでも人が
多すぎた為に使えなかったー…。

トイレを出た途端に見とがめられ、声を掛けられていた。
僕はここがどこなのか、何故トイレなのかの思いで一杯でロクな返答が返せなかった。
そして、見る間に警護が集まってきてしまってた。非常な警戒感が伴っていたな…。

ここがイスラエルであるが為にか、
安全に対しての監視警護は特別に厳重なるものがあった。
何をする間もなく、言葉さえ発せぬママに、ただ大人しく拘束されるしかなかったのだ。
クリステインの開いた光のスリットをくぐり抜け、そして出口となっていたのは
トイレの個室だった。それも、まさかの出国エリア側にあるやつ。

確かに希望する行き先として空港を答えてはいた。
だが直行で、こんなところまでなんて言った憶えはないぞ…。
衣装も変えられてしまってた。こんなんリクエスするわけがないのだが…。

なんだ!この状況設定は?。
考えるまでもない。ゾフィーの嫌がらせだ。よっぽど、ガイアーに敗れ、
スフィンクスを破壊されたたことが悔しかったのだろう。

あの最後の一刹那、クリスティンの様子はおかしかった。
妙な頰の痙攣的な引きつり。眉を顰めたり明け晴らしたり。
眉間の険しさが、急に消えたり現れたり。これらを矢継ぎ早に繰り返していた。
さては、是れが量子融合の実際なのかとこちらは思ってはみてたのだが…。
彼女は、さして何も詳しくは語らず仕舞いだった。
だが最後までこちらを慮って愛情あふれる応対をしてくれていた。



これが最後の、彼女が伝えてきたメッセージだ。黒の本体たるスフィンクは
もう完全に破壊されてしまっている。量子コピーに過ぎないあれの残像に乗る
クリステインに時間はもうあまり残されてはないはず…。

最後の役割を、その働きを果たすべく、
何処とは知れぬ、何時とは知れない、彼方の領域へと、
彼女は、否、カレとカノジョたる〈ゾフィエル〉はその去就を移したのだ。
アレには未だ何かの出番があるとでも言うのか?。
既に終幕への成り行きを、そしてその状況を、知っていればこそなのだろう…。

それはともかくとしてだ、
最後の最後に、ゾフィーの演出が急遽、強引に、捻じ込まれてしまったようだ。
さて今あるこの危機をどうするか?。眼前のこの男はかな〜りに、タフだぞー…。

「ワタシ、アマムラエノク、ジャパニーズ」と答えてみた。

ダルトンは片眉をゆっくりとだが重々しく、威圧効果を高めて上げた。

「なぁ~にぃ~?ジャパニーズだと~!」。

豊かな黒髪に浅黒い肌…。そう見れんこともないが、意外なことではあった。

エノクは胸元よりパスポートを摘み出して、テーブルの上に静かに置く。
ダルトンは急ぎ取り上げ、パラパラと内容を確認する。
一人の衛士にサインを送り、これはパシポートを受け取って部屋を急ぎ出てゆく。
場には進展があったことから、ある程度の落ち着きが取り戻されてゆく。
然るべきの秩序の回復が皆に確信されてのことだったのだろう。

だが、そんなことはどうでもいいことである。
肝心なのは、次の質問に、こいつがどう答えるかだ…。

「どうやって入った?」

右手に嵌められた腕輪が、おかしな情報を知らせてきた。
国際アニメフェス関連のものだ。その開催は昨日閉幕になっていた。

でっツ、このことを状況にどう活かせと?。
先ほど日本へと出立した便における乗客員名簿が添えられている。
そこには自分の名があった。なるほどとは思う…。
少し、安堵の思いに駆られはした。
しかしだ!、セキュリティーをクリアーしたことはどう説明すればいい?。
何、クリスティンが、それも既に手配済みだと?〜…。

情報の提供そのものが、何やら細切れにして脈絡ないものとして送られてきている
らしい。彼女の演算能力を持ってしても、今ある状況におけるその打開策とやらは
掴みきれない。おそらくは、その情報そのものが、勿体つけて隠された形での提供で、
読解には手こずらざる得ないようになっているのだ…。
詳細たるものが添付されていない。
その打開策なるのの全貌はまったく掴みようがない…。
やってくれるな〜でしかなかった。

エノクはそのシナリオを危ぶみながらも、これでトライするしかないと思う。

  実は…。昨晩、一緒に来ていた仲間に薬を盛られまして、
  気が付いたら空港のあのトイレに座っていたんですと…。
  渡航目的はアニメフェスへの参加であったと。

ダルトンは、これを聞いて、すぐ怒髪天をつくといった様子へと変わっていた。
実際、立ち上がっている。すぐに座り直したが…。

しかし、この男は、激情の持ち主であるにはあるが、また度外れた自制心の
持ち主もであった。彼は思った。この馬鹿げた言い訳にたやすく『怒』に染まり、
明晰なる彼自身の頭脳を翻弄させるわけにはいかないと。

嘘と思いながら、知りながらも、「あり得るべきことなのか」において、
あらゆる可能性においての検討を思考実験によって即座に取り掛かっていた。
高度に訓練されたその知性は即座に一つの可能性においてを見出し、
検証吟味を超高度観念宇宙の中で行なっていた…。

アニメ…、フェス、パンチラ、気狂いども、薬中、悪ふざけ、セクハラ、箱詰め、
眠ったままに置いてけぼり…。もしかしたらならば、あり得るはあり得るのか?。
奴らなではで、なら、あり得るゾー。

知ってるぞ、見たことあるぞ、あのフェスでの醜態、馬鹿騒ぎ、エロ三昧ハ!。
欧州亜細亜米国いたるところより、カメラ小僧はもとい、フェチ狂、露出狂、
ニンフォマニア、オッペケペーどもが揃い來るるの祭典だ。
確かに、ここエスラエルにても、コスプレの人気は確かに異常な程に高い。

日本への飛行機は先ほどに確かに出ている。
こいつの発見のちょうど今一時間ほど前にだ。

だがっ!では、なぜスキャニングで引っかからなかった?!
あそこのガードは鉄壁に固い。
最新式の超感度X-RAY Gunによる捜査だぞ。

そう、ここが争点だ。
アルミ箔で内張したトランクに隠れ潜んでたなどの、数十年前のタネをもって
可能でありましたなどの言い訳を通す訳にはいかん。
解錠させて内をバッチし検閲するに決まっとるだろが。馬鹿たれがー!。

巫山戯るなよっ、ハリウッド!。
チッターぁ少しは、知性を、頭を働かせろー!。
CGばっかし使いやがって〜!。

悩ましい思いで顔はコウばり、ダルトンの眉間のシワはその深さを増してゆく。
エノクをトコトンまで追い詰めて事実を吐かせるつもりでいるらしい。
いつの間にやら親指が反って立てられてしまっていた。
節くれだった芋虫四体が、捏ねくり、揉んみを激しく披露している。
擦れて躙られて何やら臭いでもたってきそうな按配である。

ダルトンの指示で部屋を出て行った衛士のその後である。
日本人観光客をターゲットとして、記録映像の確認をスタッフに依頼する。
モニタールームでは指定された時間における映像が早送りで再生されている。
当該ターゲットと目される一群の通過時に異常がないかが検分されていた。

『あった。』

展示用の等身大フィギュアーが一体、巨大トランクに入れられて、通関を果たしている。
それも、検閲官によって、トランクは開けられ、中の視察はされていた。

それは、若き女性の、それもよりにもよって、豊満なる肉体を丹精込めて造形せられた、
いとセクシュアルな真っ裸の人形だったのである。

作り物とはとても思えないあまりの艶かしさ、あまりの高貴さ、(おごそ)かさ…。
一眼見るだけで、禁忌に触れるかのような、恐れ多くも見てしまった!のような…。
人間離れした眩いばかりの美しさがそれにはあった。

その為だろう、長く見つめることに、そばに立つことさえ気恥ずかしく感じて、
ほぼ魅惑されてのくフニャンフニャンの心持ち、
指し棒でやや押したり突いたりはめちゃ丁寧で、可能な限りにソ〜フトに、
形式程度にしか行なっていないようにしか見えなかった。

検閲官は、急ぎトランクを閉じてた。
そして「Goー!」 と、急き立てるように通過を促していた。

急ぎ、表情をメインに写真に捉えると、
あのフィギュアーとトランクの持ち主のアップ写真二枚とを衛士に渡す。
衛士はそれを持って元の取調室へダッシュで戻る。
ノック一回で部屋へと滑り込むと長官の元へと近寄った…。
あの二枚の写真は今、ダルトンのテーブル下の膝上にある。

トランクの持ち主がエノクではないことだけは明らかだ。
では、このたまらんまんまの肢体の持ち主はどうだ?…

ややの落ち着かない刹那の熟視の後、
ダルトンがエノクに発した言葉は、
「お前、どこかで顔を洗ったか?」だった。

「トイレ出る前に、目覚まし用にしっかり洗った」とエノクは答えた。

ダルトンは即座に、膝下にある女の横顔を改めて、
穴の開く程、

見据えていた。
似ていなくもない…。だが、何と神々しいまでに美しい人間なのだー、
写真であって、このオーラは何事なのだー!?

「だめだー、この写真だけはだめだー、見てると、蕩けそうになってきてしまうー」。

気勢を取り戻すべく、目の前のエノクへと視線を丸ごと移す。
しっかりと見据えていた。

このタイミングを逃さずして、
エノクもダルトンに眼目をままに、晒して、臨んでいた。
一切の遮断物はこの時なかったのだ…。

カリズマティック・アイド・キャンセラー!

何かが、この時、変わってしまった。

ダルトンのエノクに対する認識が根底から変わり果ててしまっている。
無辜なる尊きお方へだ!。
居合わせていた他のもの皆が驚くほどの変化がそこにはあった。

ダルトンの目的は全てが如何にこの方を今ある窮地から
救って差し上げるかに変わってしまっている。
厳粛なる面持ちで、彼は語り出す。

「これはあなたではありませんでしょうか?」

トランクの裸の美女の写真をテーブルの上に静かに差し出す。

エノクは、驚きつつ、これはクリスティンの変化だと思いつつ、
「かもしれない」と曖昧な調子を醸し出しながら答えた。

「では、この男に見覚えは?」

トランクを受け取っている男の写真だ。

それは、明らかに、ゾフィーであった。
エノクは、「それは、ボクの古くからの友人で間違いありません」と、
素の思いとして、

かのように、しかし胸を張ってキッパリと答えた。

これで全ての辻褄はあった。
この方は可哀相な悪ふざけの犠牲者にすぎない。
ダルトンは成田行きの最後便の時刻を念頭に、
急ぎ、できうる限り、可能な限りの厚遇のもと、
この方が無事、飛行機乗れるよう最善を尽くして手配せよ!と。
部下たちに、はっきりと威信のこもった口調にて命令を下していたのでありました。

そうして、エノクは成田に向けてテルアビブ・ベングリオン空港を心安らかに
発つことができた。待つのほん一時、あの茶番が『いつ』実時間において
行われたのか、訝しく思ってはいたが…。







続く!




あとがき:

今回のエピは、女性の(若き日の)美しさへの賛歌だと思ってね〜!。




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