9. 黒の台座

文字数 2,828文字

サンドール・インターナショナル航空、4X-EBS便。
機材は270席を擁するボーイング777−200型機である
成田までの飛行所要時間は約12時間。

エノクは何故だかファーストにすわっている。
最先端近くにある6席ある座席には他には誰もいない。
彼は、どこから手に入れたものなのか
 大層高価であろう衣服までまとっているではないか!。

飛行機は離陸後、まもなくして夜間飛行へと入っていった。
エノクは大船に乗った気で、眠りに居場所を譲る。
そして、眠りの底にあって、エノクは夢を渡されていた…。


〈暗転〉


Re:闇の中の哄笑。

「僕は見てはいなかった。」
「認識は、こころに流れ込んできたまでなのだ。」
「あくまで、其れと知れたまでのことだった...。」

後に回想して、エノクはこう思いを語った。


〈暗転〉





完全に物音一つしない。
まるで虚そのものが実体化したかのような空間だった。
どれほど広いのか、大きいのか全く検討がつかない。
全く感知できない。
どこまで行っても果てしながないであろうし、
実際は一人部屋ほどもないのかも知れない。

空間量などの物差しは、ここには何の意味も持たない。
そう直感される。

純然たる暗黒たるものが、そこに現前していた。
光が立ち現われることさえ、ここでは不可能だ。
何故か、そう直感されていた。
絶対に不可能なのだ。
なぜなら意味を持ち得ないからだ!。

絶対的な孤独を覚えてしまう。

闇には、厳粛にして冷ややかなる雰囲気が備わっていた。
厳かにして圧倒的な力の存在が座す空間の気配。
分かる。
何故だか分かる。
感じる。
だが、これは主のものではない。
あの反転宇宙のものでさえない。
完全に未知なるものである。

何らかの知性が、ここを支配しているのは間違いのない話であろう。
だが、それは、光の有る無しとは全く関係しないのだ。
全くの無頓着であることが自然と分かる…。

開闢前の世界なのであろうか?。
ここにはあの主はいない。
またもや胸を締め付けるようにして孤独感を覚えてしまう。
とても心細い…。

黒曜石の大きな台座があった。
誰か側にいる。
その存在は側に立っていて、漆黒の表面を見下ろしている。

掌を伸ばして表面に触れる。
三本の指先を当てて優しく労わるようにして撫でた。
矢庭に、トンと一度、指先で軽く突いた。
すると、不思議だ、光輪が表面に浮いて出た。
黄金色の微細にして複雑な紋様が後から後から湧いて出てくる。
広かってゆく。
その輪の中に。
ゆっくりと滑らかに広がり、やがては薄らぎ、ぼやけて自然と消え失せた。



光輪は極細線で描かれ、淡く、とにかく脆くに思われた。
紋様には眼球における虹彩を思わせる。
何故か、危うげで際どさのような物と生々しさを
 それには感じずにはおれなかった。
生きているものかの様な印象を感じたのだ…。

改めて、彼は指先で黒曜石に触れていた。
また光輪が浮かび現れてた。
トントントンと指をあてる。
いくつもの反応を起こらせてゆく。
光輪が広がってゆく。
そして、生み出された波紋は、
 お互いの干渉する様子を初めて見せた。



其れらは、すべて打ち消し合って消滅してしまう。
だが、交わって消滅のする際に、鮮やかなる反映を見せてくれた。
大変に趣深い変化をである。



細かな波紋は無限の反映を黒曜石の上に浮かび上がらせ、描いてゆく。
何故かとても刺激的に感じて見惚れてしまう。
だが、どれもが終局、動きは鎮まり、後に何も残さず消えていった。
後には、ただ漆黒のテーブルのみが残る。



そうして、いくつもを浮かび上がらせ、波紋の広がりを、動きを彼は見詰めていた。
ただの遊びのようにも思える。
だが、そうだろうか?。

何もなかったのだ。
何もありはしなかったのだ。
最初から…。

『ならば』として、その存在は
ボリューム・スイッチの如くのものをいくつか回して調節を行う。
そして、その効果を確認するべく、改めて線描を浮かび上がらせていた。
すると今度は、光輪たちは皆、興味深い新たな動きを見せ始めていた。

もう放っておいても、小さな光輪たちは勝手に発生して広がってゆく。
少し、虹彩の紋様様式が、内部の造形が前と比べると違ってしまっている。
不思議なことに、光輪の消え失せる速度は鈍くなり、
以前より長くテーブル状に留まることとなっているではないか。
光輪は脈動するかのようになっていた。
もう正円とは呼べない。勾玉状となっていた。

小と小とが交わり一つになった。
大が小をいくつも取り込み一つになった。
いくつもいくつも取り込んでを繰り返す。
複数が死んで、新たなる一が生まれ出る。
だが、これもやがてには、ぼやけては消滅する。

更に調節が行われた。

脈動する光輪はアメーバーの如くの動きを見せ始めていた。
緩やかに近くにあるものにすり寄り、側にある他の光輪を取り込んでゆく。
何やら動物の捕食に似たるの動きではないか。

怪しく収縮拡散を繰り返しながら大きく育ち、内部は複雑化してゆく。
また輪郭は確固たるものへと変わってしまっていた。
当然に、もう長命となっている。

黒曜石は活発なるアニメーションの動きをその表面に表している。
もうその動きは、数は、五面のすべてをその活動の場としていた。
起こっては消える光輪の乱舞がその全てであった。



あの存在が何かを確かめるかのようにして撫でる。
その掌の下では光輪達の乱舞は何介さぬままに延々と続いている。

触れても気付かれない。
知られもしない。
元気なのが一番いい。
所詮は短命でしかないのだから。

『あはははははは…』

何もない。
何も真実には起こってなどいない。
最初から。

あるのは永遠不変のこの空間存在だけなのだ。
ここでは、神さえも、私の帰依者とならん!。
かのものハやがてにここへと至る…。

〈暗転〉

静かに眠りから浮上を果たし、
落ち着いた様子のまま、エノクは一つのことを思い出していた。
メタトロンと結合していた時の自分である。
あの分厚い透明のガラス越しに世界を観察していた頃の自分である。


〈続〉

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