5−1. エクソダス序編

文字数 3,904文字

主はラファエルに言われた…。

  堕落した見張りの天使どもは手足を縛って暗闇に放り入れよ。
  あの最果ての荒野にて深き穴を穿ちそこに投げ込め。
  奴らの上にはゴツゴツした鋭い石を。
  顔には粗布をかぶせ一切の夜目が効かぬように。
  幾重もの聖文で囲いて永遠の檻とせよ。

  やがての時節に縛は解かれして業火もて無に還へさん…。

  [エノク書改10章より]


Re: ムーブメント(I)

深く穿たれた底なしの竪穴。
一切の光届かぬ射干玉の如き闇の底。
何やら動く気配があった。
ねっとりと絡みつく暗黒を物ともせずに昇ってくる…。

「ガシャリ・ガシャリ・ガシャリ…」

「サクッ・サクッ・サクッ…」

何やらただならぬ物音が闇の中、湧いてくる…。響いてくる…。
それも察知し得る音源は余り多かった。判断を躊躇うほどに!。
ただでさえこの穴は途方もなく広く深くて巨大なのである。

正体不明の音は積もり積もって、絡まって、混ざりあい、反響しあって、
圧倒的な音圧で暗黒空間を満たしていた。

「ジージジジ ジュ~ワー!・ジュ~ワー!・ジュ~ワー!」

これが昇ってきている…。


〈暗転〉


Re: 状況

奈落の底に無残な姿で拘束されていたのは懲罰されし見張りの天使たち。
ヒトの娘と情欲でまぐわい天与の純潔性を自ら汚した者たちだ。
ネフィリムとギバリームの父親…。

荒く抉られた岩盤に腰は嵌め込められ坐像の如くすわらされている。
両側、頭上、背面には巨石が立て掛けられている。
正面だけがオープン状態だ。

四肢は弛緩されきっており指ひとつまともに動かせない。
途方もない圧迫/痛みが、絶えず四方より襲ってくる。
堪らんとばかりに内奥へと逃げ込もうともここは奈落。
無底の主人の慰めのお相手が今度は待っている…。

「F●ck」 ●uck 」Fu●k… 」永遠に途絶えることのない「Fuc●」。

内容は全て真逆たるものとして算出される。
マキシマムとしての効果が間違いなくその実を結ぶ。
何だかんだの言葉はすべて無意味になる。
もうナンセンス以外の何物でもない。
倒錯に走ろうとしてもこれではもう無理だ…。

でも流石に不死身の天使だけのことはあって精神力は一流だ。
決して訳がわからないなんてことにはならない。
しかし、これも、この状況にあってはかえって仇にしかならない。
粗布の下は、みんな忿怒の顔で固まってるのが何故かわかる。
精一杯堪えに堪えているのだ。

本当に石の作り物みたいだ。
一切の動きは認められない。
正に坐像だ、坐像の群れだ…。

〈暗転〉

再起動を果たしたネフィリムたちが去っていく。
父たる懲罰されし天使たちを横目に。
悲しげに一瞥だけを残して。

とてもではないが、どうにかできる状況でなかった。
あまりにも強大な神聖力をまなこにしたのだから。
あの天使たる父を遥かに越えた力を持つ断罪の御使たち…。
あの映像は忘れようがない...。

今は自分たちだけでもこの牢獄から逃れ出るのが先決だと思った。

長きの年月、生命維持として働いてくれていた動力系は全くの無傷だった。
相変わらず永久機関としての機能に問題はない。
だが動作系の機構は全て完全にスリープ・モードにされて動くことはできなかった。

幸いなことが一つあった。
器が【無底】からの干渉を阻止してくれていたことだ。
受信キャパの低さ粗さが功を奏してくれていたのだ。
あまりに高次な、繊細にしてナイーブな情報受信には適していなかったのだから。

*(これは魂を無傷で手に入れたいので単に見逃されていただけ。)

長の年月を器の中でただひたすら怯えて過ごしていた。
心中は怖ろしさおぞましさ救いのなさで一杯だった。
死んだようになって生きていた…。


〈暗転〉


Re: ハーメルンの笛吹き男。〈The pied piper〉

手早く入力作業を終えゆく。

「なる」
「こりゃ~擬似生命体だ」
「今の時代のものではないな~」
「ある意味、この宇宙における物理的進化ってやつの最終形態ってところか…。」
「もう遠の昔に魂は不要になっちゃったて話になるわけなんだー。」
「労役の為だけの自動人形さんになるのが最終到達点だったってかー?!」

並列モードっと…分散処理でクロック数はリミッター外しとかんとな。
これからおまえら死にものぐるいで頑張らんとここからは出られんからな。

全機起動遂行中…。

暗闇の中「ボワん」と緋色の光球が数多湧いて出はじめる。
続いて重量物を支えるなにがしかの機構が作動を始めていた。
総毛立つほどに荒々しい乱暴で奇怪な物音が闇の中で立ち始めていた。

「ガッシャンガシャガシャ」
「バタンバタンバタン」

警戒進軍モード…最重要度っと、
バッファー強度の設定は…
マキシマムで、覚悟しといてもらわんとな…。

「ブチルブチルブチブチブチ」
「ニュルランニュルランニュルニュルラン」

とりあえずこれで行こう。
乗客さんたちには静観だけしといてもらおう。
話は一番最後だ。

『しっかしおまえら…面白いもんに納まってやがんなー………』


〈暗転〉


Re: ムーブメント(II)

暗黒の壁面を無数のネフィリムが登ってゆく。
切り立った岩盤をものともせず巨大重量物が高速で移動している。
正体不明のハム音が嵐のように暗黒空間に沸き起こっていた。

「ジージジジ ジュ~ワー!・ジュ~ワー!・ジュ~ワー!」

助け主である男は底に立ったままである。
見上げ成り行きを見守っていた。
男にとって情報は全て彼方を経由して送られてくる。
ほぼ全てがリアルタイムで共有される。
だから夜目が利くとか利かないではなく、
最初からみんな分かってしまうのだ。
闇に関わることであればの話ではあるが…。

『そう簡単に事が運ぶ訳にも行くまいて。』

案の定、ネフィリムたちの進軍に停滞が引き起こっていた。
何らかの障害があって邪魔をしているのだ。

右腕を突き出しその辺りの空間を探ってみる。
”グラビティー・フォール”
どこいやらの星のものを局部に転送してやがる。

『本体を見つけて丸ごとそいつを撃破せよ!』





一瞬で停滞は解けていた…。

彼方の宇宙では一つの暗黒星(BH)が原因不明の爆発で砕け散っていた。





『まだまだこれからが本番だっツーの』
『あいつらじゃあチートは利かないし、物理的正面突破しかない』
『'iinaha qisat fawdaway!』*(アラビックで訳:まったくのめんどくさい話だぜ!)

音もなく、何のブレもなく、男は静かに上昇し始める。
群れの位置する下方で停止。そこで成り行きを見守る。
壁面の状態からか群れの移動は急速旋回移動で行われていた。
遠心力を利用せざる得ない急所になっていたのだ。
ツルンツルンの超巨大円錐面である…

これが〈Ahura Mazdā〉ゆかりの自動車メーカーがやがてに開発するというGVCの
最終完成モデルなのか…と思いつつ、興味深く、その滑らかにしてしっとりと
張り付くが如くの高速旋回壁面匍匐前進移動を見つめていた(汗)。

また静かに…
『俺達は一周前の俺たちよりも前進する!一周すれば…ほんの少しだが上方に進む!
 それが…スパイラル・フォーワード・クライミングなんだよ!!』
とのセリフをぶつぶつと呟く。そして急に『何じゃこりゃー?』と叫んだ。
いつかの時代の誰かの記憶がどうしたものか流れ込んできてしまったのだろう。
気にすることもなく、引き続き見守りを続けていた…。w…。

再び異変か起こる。
かなりの数が透けて見えるようになり壁面の中に吹っ飛ばされて消えていった。
まばらにこれが引き起こり、壁面を登る群の数はみるみる減ってゆく。
そして遥か下方の底で、乱暴に何かが跳ね返される音が引き起こっていた。
よく見れば、消えた奴らが物理的運動エネルギーそのままで
底部に吐き出され、叩きつけられているではないか!。

堅牢な肉体でよかったねだ。
重量級がハイスピードで旋回していたのだから…。
翻ってその身に向けられ、受け取られた衝撃は途方もなかろう。
何の心配もいらない。
何事もなかったかのようにして奴らは再び登り始めているのが確認できた。
必死に、熱心に、死にものぐるいで…。

トポロジカルな空間変換が仕掛けられているらしい。
さてどうするか…。
両側から中和するしかない。
また助けがいるな…。

両腕を掲げ手を広げていた。

『同調』『同期』『共侵蝕』

両の空間界面が突如「ディラックの海」で満たされていた。
ここが闇の空間である事が味方してくれたな。
後は出口をひん曲げて彼方へと渡るだけだ…。

両の腕で空間自体を羽交い締めにして捻じ曲げた。
この時には本性を現して彼も触腕ウジャウジャの怪物化している。
大仰な身振りをもっての力技であった。
その証拠に突如、真紅の口が縦に裂けて現れ、絶叫を放っていた。

言葉に起こすならそれは…


テケリリリリリリリーーーー!






〈続く〉

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