第35話 邪道穴埋め問題【虫杭16】

文字数 1,606文字

 血染めの音楽が降り注いでいる。
 血管から、天井に届くほど血を噴き出しているひとたちがたくさんいる。
 その中で、この惨劇をつくった人物、生徒会の望月さんがわたしたちを今度は殺そうと、牙を剥きだし目を細めている。
 その目は黒目がぐるぐる回転していて、唇は左右非対称に歪んでいた。
 ダックちゃんは、
「ありゃバーサーカーだ。狂戦士。会話するだけ無駄だぜ、ラッシー」
 と、わたしの肩を掴んで言う。
「そっかなぁ。なんでこんなことしたんだか尋ねないといけな……」
「いい質問ね! ラクダシュミちゃん!」
「な。会話なんて声に声をかぶせてしゃべり出すだろ。会話ぶった切りやがって。バーサーカーはこれだから」
「黙れ、ションベン少女!」
「ひでぇ……
「歯の再石灰化を日本全国規模でやる必要があるのよ。こいつらは歯医者を信じない、虫歯放置の連中。だから汚らわしいのよ。強度歯科もそう。強度歯科医がこの時代にいないのならば、その異なる次元からこちらに住居を召喚させ、〈健全な歯茎〉に、斬の宮と日本をしてしまえばいい。歯槽膿漏(めるとだうん)化を起こさないようにメンテナンスを素人がやってなんとかしていこうったって、もう無理なのよ」
「ぐえ……。なに言ってんだ、あのおばちゃん」
「さぁ? わたしにはいみふめーなのだ」
「意味不明でいいよ、ホント」
 ダックちゃんは死体のひとつに近づくと、死体の腕を持ち上げる。
「ラッシー。『穴埋めワード』を」
「わかったのだ」
 わたしは原稿用紙をリュックから取り出すと、血流に問いかける。
 〈問い-書ける〉のだ。
 なにが足りなかったのか。白血球、血漿、血小板。原稿用紙と対話をすると、『穴が文字で埋まった』。
「虫食いわーーーーーーーーーーどッッッ」
 わたしが叫ぶと、部屋の全てに溢れる出血という出血が出欠を取り、『出席』になる。つまり、出血が止まった。出席した集会のひとたちが息を吹き返す。
 かさぶたがかさ豚となり、使役された。
 かさ豚は言う。
「食えねぇ豚はただの不良在庫だ」
 ダックちゃんは肩をすくめる。
「決めぜりふには向いてないぞ、その文句」
 ツッコミの間にもかさ豚は望月さんに突撃する。
 望月さんは自分の術式を展開しようとするが、かさ豚は「かさ(アンブレラ)!」と叫び、先に防御壁をつくる。タイミング遅れて望月さんの攻撃魔術が発動するが、アンブレラがそれを防ぐ。
 かさ豚はそのまま望月さんの術式を反射させ、弾く。弾いた攻撃はカウンター攻撃になって、望月さんに牙を剥く。
「ぶひー」
「うぎゃー」
 ナムサン!
 ボキャブラリーの足りない悲鳴などを発しながら、バトルは終了する。
 望月さんはその場から消えていた。
 かさ豚もまた、自然消滅した。かさぶただもんね。
 しばらくすると、空気を震わせ、松の間に望月さんの声が響き渡る。
「虫食いワード。〈答案者〉でいるうちはいいけれど、あなたが虫食いワードを〈つくる側〉に回ったとき、あなた自身もまた、〈虫杭の悪魔〉になる……」
「知ーーーーーーーーーーーーーらないっと」
 わたしはそう応えた。
「…………」
 口をつぐむように、望月さんの声も消えていった。

 そして静寂が訪れる。
「参ったぜ、そう思わないか、ラッシー。斬の宮の生徒会執行部、生きてるぞ、たぶん。なんらかの術式でな。と、なると」
「ナルト?」
「あいつら、『斬の宮学園記述義』の示すように……」
 ダックちゃんはうんざりした顔で言う。
「戦争起こすぞ。あいつらの自分勝手な『健全』を押しつけてな。笑える」
 ダックちゃんの乾いた笑いが部屋に響き出すと同時に、集会のメンバーたちが起き上がりだし、それから「自分らが負けた」ことを自覚し、次々と泣き出した。
 いい大人の涙は、残念ながらわたしの趣味じゃなかった。


〈つづく〉
 
 
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