第47話 カンランシャ
文字数 1,316文字
あの頃はその遊園地の近くに建物なんてほとんど建ってなかった。だから夜、リュックサックを背負って街灯が点々とだけともっている更地のベンチに腰を下ろすと、遊園地の観覧車の輝きがよく見えた。
更地の自動販売機で缶コーヒーを買う。夏から秋になるくらいの頃で、自販機には冷たい缶コーヒーしか売ってない。
どこにでも自販機があるこの国に感謝し、ベンチから夜空を眺めながらコーヒーのプルタブを開ける。
更地はずっと続いていて、かなり遠くに遊園地の観覧車。
僕は下ろしたリュックからマルボロとケータイ灰皿を取り出す。リュックを足下に置いて、ジッポライターでマルボロに火を付けた。
思えばあの頃だって禁煙は叫ばれていたのだけれど、僕は変な意地を張り、かたくなに煙草を吸い続けていた。
僕は近くに誰も居ないことを、特に嫌煙者がいないことを確認してから、マルボロの煙を吸い込んだ。
……なんか、色々敗残したんだと思う。だからその負けた成績表を頭に思い浮かべて、缶コーヒーとマルボロと更地からの夜景で、歩き続けるのを終えようとしていたのだろう。都会に引っ越して、都市に張り巡らされたネットワークにさながらサイコミステリを現実化させたものを見せつけられ、僕はここで、そのネットワークの張り巡らす糸をジッポで焼き切れたらなって思っていた。
うん。
思っていただけだった。
結局僕は街に負けて、逃げを決め込んだ。そして最後に、住んでいた場所とは違う都市の数々を回ることにして、旅を終わらすことにしたのだ。
歩いて見て思うのは、マルボロの紫煙を纏わせて他人を遠ざけ、また、みんなからも僕を遠ざける状態が常になるのは、イコールで、その環境では僕の全てが一人語りのモノローグで構成されてしまうということだった。
その頃にはもう、小説らしきものは書き始めていたけれども、
「これってただの、お前の『日記』だろ! 小説ではない!」
と怒鳴られるだけで、何故そうなるかというと僕は一人でいつもこうやってモノローグをしているからで。夜のベンチに座って観覧車を眺めるのが精々で、それは自分でもわかっていた。
…………。
……………………。
いつの間にか僕は観覧車の中にいる。
そこでは夜空と、街と遊園地の光、そして遊園地の周りの、なにもない暗闇の更地がガラス越しに見えている。
ガラスに近づくと、吹きかけた息が反射して僕の顔にかかる。なまぬるい息だ。
それをきっかけに瞳の焦点が定まり、ガラスに映る自分自身が見える。
いつまでも、いつまでも、慣れない顔だ。
きっと僕たちはみんな、観覧車に乗っていて、この密閉された空間で揺られているんだ。対話する相手は、たぶん自分。
観覧車の箱と箱でダイアローグ出来る人もいるかもしれないし、僕みたいな独白をする奴もいる。そして、大半の人間は黙っている。それが、人生。
観覧車が地上に着くまでの間、僕らはただ時間を潰す。
感動したり泣いたり笑ったり無感動だったり。
でも、最後にはみんな、この観覧車を降りることになる。
降りた先が、遊園地の中であればいいなぁ、って思うんだけども。
〈完〉
更地の自動販売機で缶コーヒーを買う。夏から秋になるくらいの頃で、自販機には冷たい缶コーヒーしか売ってない。
どこにでも自販機があるこの国に感謝し、ベンチから夜空を眺めながらコーヒーのプルタブを開ける。
更地はずっと続いていて、かなり遠くに遊園地の観覧車。
僕は下ろしたリュックからマルボロとケータイ灰皿を取り出す。リュックを足下に置いて、ジッポライターでマルボロに火を付けた。
思えばあの頃だって禁煙は叫ばれていたのだけれど、僕は変な意地を張り、かたくなに煙草を吸い続けていた。
僕は近くに誰も居ないことを、特に嫌煙者がいないことを確認してから、マルボロの煙を吸い込んだ。
……なんか、色々敗残したんだと思う。だからその負けた成績表を頭に思い浮かべて、缶コーヒーとマルボロと更地からの夜景で、歩き続けるのを終えようとしていたのだろう。都会に引っ越して、都市に張り巡らされたネットワークにさながらサイコミステリを現実化させたものを見せつけられ、僕はここで、そのネットワークの張り巡らす糸をジッポで焼き切れたらなって思っていた。
うん。
思っていただけだった。
結局僕は街に負けて、逃げを決め込んだ。そして最後に、住んでいた場所とは違う都市の数々を回ることにして、旅を終わらすことにしたのだ。
歩いて見て思うのは、マルボロの紫煙を纏わせて他人を遠ざけ、また、みんなからも僕を遠ざける状態が常になるのは、イコールで、その環境では僕の全てが一人語りのモノローグで構成されてしまうということだった。
その頃にはもう、小説らしきものは書き始めていたけれども、
「これってただの、お前の『日記』だろ! 小説ではない!」
と怒鳴られるだけで、何故そうなるかというと僕は一人でいつもこうやってモノローグをしているからで。夜のベンチに座って観覧車を眺めるのが精々で、それは自分でもわかっていた。
…………。
……………………。
いつの間にか僕は観覧車の中にいる。
そこでは夜空と、街と遊園地の光、そして遊園地の周りの、なにもない暗闇の更地がガラス越しに見えている。
ガラスに近づくと、吹きかけた息が反射して僕の顔にかかる。なまぬるい息だ。
それをきっかけに瞳の焦点が定まり、ガラスに映る自分自身が見える。
いつまでも、いつまでも、慣れない顔だ。
きっと僕たちはみんな、観覧車に乗っていて、この密閉された空間で揺られているんだ。対話する相手は、たぶん自分。
観覧車の箱と箱でダイアローグ出来る人もいるかもしれないし、僕みたいな独白をする奴もいる。そして、大半の人間は黙っている。それが、人生。
観覧車が地上に着くまでの間、僕らはただ時間を潰す。
感動したり泣いたり笑ったり無感動だったり。
でも、最後にはみんな、この観覧車を降りることになる。
降りた先が、遊園地の中であればいいなぁ、って思うんだけども。
〈完〉