第76話 樹海の糸の話
文字数 732文字
夜、全てが嫌いになって樹海を彷徨った。
樹海は自衛隊が訓練で使うくらいで、あとは人生に失望したひとが最後に入るような場所。
おれも、……そんな失望した一人だった。
続く樹海の中、木だと思ったら、それは元は人間だった物体であった、という場面に何度も出くわしつつ、進む。
暗い暗い樹海の失望の中、一カ所だけ、光の差す場所があった。
……月の光に一カ所だけ照らされる木の株に座って、文庫本を読んでいる女の子。
ブレザーの制服を着ている。
「誰?」
女の子は文庫本に視線を落としたまま、言う。
「あ、あの……」
「聞くまでもなかったわね。樹海に足を運ぶなんて」
「き、きみは……なにしてるの?」
女の子がこっちを向いた。
「読書」
「読書? なんでここで」
「プレコグ……って知ってるかしら」
「プレコグ?」
「予知能力者のこと。おれがプレコグ。だいぶ未来の『死』を予知し、見てきたわ。しかし、樹海には過去しかないから。現在も未来も、消えた魂にはないもの。落ち着くわ」
「読書、してるのは?」
「亡くなった文豪たちの残したログ、それをわたしは読んでいるの」
女の子はそう言って微笑んだ。
おれは涙が溢れた。
笑顔を向けられるのは、いつ以来だろう。
おれは彼女に言った。
「きみはこれからどうするの」
「どうもしないわ。未来がわたしにはない。これからってのも、だから、ない。未来が見えたら、それは未来じゃないもの」
「でも!」
「あなたとわたしはまた会うわ。プレコグが言うんだから、間違いない」
「でも、帰り道だってわからないし」
「GPS」
「あっ」
女の子は「はぁ」と、ため息を吐いて、読書の続きをする。
生きよう、と思った。
〈了〉
樹海は自衛隊が訓練で使うくらいで、あとは人生に失望したひとが最後に入るような場所。
おれも、……そんな失望した一人だった。
続く樹海の中、木だと思ったら、それは元は人間だった物体であった、という場面に何度も出くわしつつ、進む。
暗い暗い樹海の失望の中、一カ所だけ、光の差す場所があった。
……月の光に一カ所だけ照らされる木の株に座って、文庫本を読んでいる女の子。
ブレザーの制服を着ている。
「誰?」
女の子は文庫本に視線を落としたまま、言う。
「あ、あの……」
「聞くまでもなかったわね。樹海に足を運ぶなんて」
「き、きみは……なにしてるの?」
女の子がこっちを向いた。
「読書」
「読書? なんでここで」
「プレコグ……って知ってるかしら」
「プレコグ?」
「予知能力者のこと。おれがプレコグ。だいぶ未来の『死』を予知し、見てきたわ。しかし、樹海には過去しかないから。現在も未来も、消えた魂にはないもの。落ち着くわ」
「読書、してるのは?」
「亡くなった文豪たちの残したログ、それをわたしは読んでいるの」
女の子はそう言って微笑んだ。
おれは涙が溢れた。
笑顔を向けられるのは、いつ以来だろう。
おれは彼女に言った。
「きみはこれからどうするの」
「どうもしないわ。未来がわたしにはない。これからってのも、だから、ない。未来が見えたら、それは未来じゃないもの」
「でも!」
「あなたとわたしはまた会うわ。プレコグが言うんだから、間違いない」
「でも、帰り道だってわからないし」
「GPS」
「あっ」
女の子は「はぁ」と、ため息を吐いて、読書の続きをする。
生きよう、と思った。
〈了〉