第29話 【弁当】牛たん【虫杭10】
文字数 2,116文字
ネコミちゃんは今日もわたしの横にいて、難しそうな顔をしている。
「ふむー」
なんて唸っちゃって。
「なにもこれから旅行に行くって時まで抹茶アイスを食べないでもいいんじゃないかなー」
髪飾りの猫耳をぴょこんと立てながら、わたしに抗議する。
「えー。いいでしょー、アイス」
「ふ、ふむぅ。確かに私もアイス食べたくなってきたわ」
「食べちゃえばいいのだー」
「ふーむ。わかったのだー」
駅構内の売店にダッシュするネコミちゃん。猫耳が揺れる。
わたしもわたしで猫耳のあとを追った。
「おおん? イヌル……?」
売店でネコミちゃんはネコミちゃんの妹のイヌルちゃんを発見する。
わたしもイヌルちゃんに挨拶に駆け寄る。
「お、お姉ちゃんとお姉様! お姉ちゃんはともかくなんでラッシーお姉様がここに」
ここは上野ステーション。これからわたしとネコミちゃんは一緒に東北まで旅行に行くのだ。だから、上野ステーションで急行待ちしているのだった。
事情を説明するとイヌルちゃんは腕を組んでネコミちゃんを睨んだ。
「ほほぅ。お姉ちゃん、私に黙って旅行。それもラッシーお姉様と一緒に」
「イヌルちゃん、誘わなくてごめんね。夏期講習が忙しいってネコミちゃんが……」
「お、ね、え、ちゃ~ん」
血管を浮きだたせて拳を振るわすイヌルちゃん。う、ちょっと怖い。その矛先がわたしじゃなくてネコミちゃんに向いていても。やっぱり旅行、誘えばよかったな。
「ところでイヌルちゃん」
わたしが声をかけると、イヌルちゃんの表情がいきなり明るくなった。
「なんです、お姉様」
「服のタイが曲がってるよ」
わたしがイヌルちゃんのネクタイを直す。
「でさー、イヌルはここでなにやってるわけ?」
「キー! お姉ちゃん。今お姉様といいところなのにこの馬鹿姉がッ」
「いや、売店でお前、なんで牛タン弁当買ってるの? ここ上野だぜ」
「ふふふ。上野ステーションは全国の代表的な駅弁が大体買えるスポットとして有名なのだ」
「そう、なの。ふーむ」
おもむろに牛タン弁当を手に取り、レジに運び会計を済ませるネコミちゃん。
「買い、だわね」
「ネコミちゃん。これからわたしたちの向かう先の駅弁だよ、これ」
「いーじゃんねー。イヌルもたまには役に立つ」
「教えなければよかったー。お姉ちゃんなんかに-。お姉様、この馬鹿はほっといて私と旅行に行きましょうよ。私は駅弁買いに来ただけだから暇ですよ」
「うーん。じゃ、三人で行こうなのだー!」
「おー」
「うへぇ」
で。急行の車内で牛タン弁当をイヌルちゃんが開けると、蒸気がぷすーっと音を立てた。これで弁当が暖まるのだ。
だがしかし。蒸気が渦を巻いて、ひとがたになって、具現化した。
「おっす。オラ牛(うし)たん」
「…………」
バチン!
無言でイヌルちゃんは蒸気が具現化した牛たんなるキャラクターを弁当の箱の中に押し戻して、紐で縛った。
「助けてくり。助けてくり」
「ねぇ、ラッシー。こいつ微妙に可愛くないセンスで出てきたけどどうする。殺っとく?」
「お姉様。妖精さんが出てきたのはまずいです。中の人はきっと中年のおっさんに間違いありません」
二人してわたしに決断を求めてきたんだんだけど、でもわたしも困る。
考えているとボンッと爆発して、牛たんという小さな妖精もどきがまた姿を現した。
「おれ、蒸気から生まれたゆるキャラ! よろしくな!」
それからわたしたち三人が駅弁を食べている間中、弁当の正しい食べ方の講座を始める牛たん。
わたしが、
「タンだけに舌が回るのね」
と言うと、
「そゆこと」
と得意げ。褒めてないんだけどなぁ。
そしておいしい時間が過ぎてみんなが駅弁を食べ終えると、牛たんは涙を流した。
「オラはもうすぐ消滅する。……み、ん、な、に、会えて……嬉しか……った」
かたちが崩れて消えていく白昼夢。
「全然私は嬉しくありませんでした」
イヌルちゃんがきっぱりと言った。
「特に物語性もなかったしにゃー」
ネコミちゃんも辛辣だ。
わたし? ああ、次はわたしがコメントする番じゃん。
よし!
「わたし、抹茶アイスの方が大好き!」
がびーん。
牛たんはショックだったようだ。
仕方ないのでわたしはたたみかける。
「あなたが消えるのを、この世は待っちゃくれない。だから、抹茶アイスくれない?」
がびーん。がびーん。がびーん。がびーん。がびーん……。
消えていく牛たん。
「確かに、ミルクが入ってたりもするけど……ひでぇ」
弁当の妖精。
それはゆるキャラ文化が栄えたことにより必然的に具現化してしまう怪異とも呼べよう。
……なんてわたしが急行の車内にいる間に二人に言ったところ。
「私たちがゆるキャラになりましょ」
と、ほのぼの提案をイヌルちゃんはした。
「ふーむ。にわかには弁当の話とは思えないね。じゃなかった。本当の話とは思えないね、だ」
ネコミちゃんもそんなこと言う。
わたしたちの夏の旅行は、こうして不思議な旅になっていったのです。
〈了〉
「ふむー」
なんて唸っちゃって。
「なにもこれから旅行に行くって時まで抹茶アイスを食べないでもいいんじゃないかなー」
髪飾りの猫耳をぴょこんと立てながら、わたしに抗議する。
「えー。いいでしょー、アイス」
「ふ、ふむぅ。確かに私もアイス食べたくなってきたわ」
「食べちゃえばいいのだー」
「ふーむ。わかったのだー」
駅構内の売店にダッシュするネコミちゃん。猫耳が揺れる。
わたしもわたしで猫耳のあとを追った。
「おおん? イヌル……?」
売店でネコミちゃんはネコミちゃんの妹のイヌルちゃんを発見する。
わたしもイヌルちゃんに挨拶に駆け寄る。
「お、お姉ちゃんとお姉様! お姉ちゃんはともかくなんでラッシーお姉様がここに」
ここは上野ステーション。これからわたしとネコミちゃんは一緒に東北まで旅行に行くのだ。だから、上野ステーションで急行待ちしているのだった。
事情を説明するとイヌルちゃんは腕を組んでネコミちゃんを睨んだ。
「ほほぅ。お姉ちゃん、私に黙って旅行。それもラッシーお姉様と一緒に」
「イヌルちゃん、誘わなくてごめんね。夏期講習が忙しいってネコミちゃんが……」
「お、ね、え、ちゃ~ん」
血管を浮きだたせて拳を振るわすイヌルちゃん。う、ちょっと怖い。その矛先がわたしじゃなくてネコミちゃんに向いていても。やっぱり旅行、誘えばよかったな。
「ところでイヌルちゃん」
わたしが声をかけると、イヌルちゃんの表情がいきなり明るくなった。
「なんです、お姉様」
「服のタイが曲がってるよ」
わたしがイヌルちゃんのネクタイを直す。
「でさー、イヌルはここでなにやってるわけ?」
「キー! お姉ちゃん。今お姉様といいところなのにこの馬鹿姉がッ」
「いや、売店でお前、なんで牛タン弁当買ってるの? ここ上野だぜ」
「ふふふ。上野ステーションは全国の代表的な駅弁が大体買えるスポットとして有名なのだ」
「そう、なの。ふーむ」
おもむろに牛タン弁当を手に取り、レジに運び会計を済ませるネコミちゃん。
「買い、だわね」
「ネコミちゃん。これからわたしたちの向かう先の駅弁だよ、これ」
「いーじゃんねー。イヌルもたまには役に立つ」
「教えなければよかったー。お姉ちゃんなんかに-。お姉様、この馬鹿はほっといて私と旅行に行きましょうよ。私は駅弁買いに来ただけだから暇ですよ」
「うーん。じゃ、三人で行こうなのだー!」
「おー」
「うへぇ」
で。急行の車内で牛タン弁当をイヌルちゃんが開けると、蒸気がぷすーっと音を立てた。これで弁当が暖まるのだ。
だがしかし。蒸気が渦を巻いて、ひとがたになって、具現化した。
「おっす。オラ牛(うし)たん」
「…………」
バチン!
無言でイヌルちゃんは蒸気が具現化した牛たんなるキャラクターを弁当の箱の中に押し戻して、紐で縛った。
「助けてくり。助けてくり」
「ねぇ、ラッシー。こいつ微妙に可愛くないセンスで出てきたけどどうする。殺っとく?」
「お姉様。妖精さんが出てきたのはまずいです。中の人はきっと中年のおっさんに間違いありません」
二人してわたしに決断を求めてきたんだんだけど、でもわたしも困る。
考えているとボンッと爆発して、牛たんという小さな妖精もどきがまた姿を現した。
「おれ、蒸気から生まれたゆるキャラ! よろしくな!」
それからわたしたち三人が駅弁を食べている間中、弁当の正しい食べ方の講座を始める牛たん。
わたしが、
「タンだけに舌が回るのね」
と言うと、
「そゆこと」
と得意げ。褒めてないんだけどなぁ。
そしておいしい時間が過ぎてみんなが駅弁を食べ終えると、牛たんは涙を流した。
「オラはもうすぐ消滅する。……み、ん、な、に、会えて……嬉しか……った」
かたちが崩れて消えていく白昼夢。
「全然私は嬉しくありませんでした」
イヌルちゃんがきっぱりと言った。
「特に物語性もなかったしにゃー」
ネコミちゃんも辛辣だ。
わたし? ああ、次はわたしがコメントする番じゃん。
よし!
「わたし、抹茶アイスの方が大好き!」
がびーん。
牛たんはショックだったようだ。
仕方ないのでわたしはたたみかける。
「あなたが消えるのを、この世は待っちゃくれない。だから、抹茶アイスくれない?」
がびーん。がびーん。がびーん。がびーん。がびーん……。
消えていく牛たん。
「確かに、ミルクが入ってたりもするけど……ひでぇ」
弁当の妖精。
それはゆるキャラ文化が栄えたことにより必然的に具現化してしまう怪異とも呼べよう。
……なんてわたしが急行の車内にいる間に二人に言ったところ。
「私たちがゆるキャラになりましょ」
と、ほのぼの提案をイヌルちゃんはした。
「ふーむ。にわかには弁当の話とは思えないね。じゃなかった。本当の話とは思えないね、だ」
ネコミちゃんもそんなこと言う。
わたしたちの夏の旅行は、こうして不思議な旅になっていったのです。
〈了〉