第27話 カットアップ・ファミ・レス【虫杭8】

文字数 3,891文字

「イヌルもお姉様のようにおもしろかっこいいぜ! みたいに唸ってしまう文章が書きたいですっ!」
 イヌルちゃんの目がキラキラ輝いているので無碍にも出来ず、わたしは
「わかったから執筆の邪魔しないでね」
 と言いながら、電気ケトルからマグカップにお湯を注ぐ。インスタント珈琲できあがり。
 で、これをイヌルちゃんに渡すのだった。
「ああ、お姉様!」
 マンガでしかあり得ない感極まるポーズで身を震わせ、イヌルちゃんはわたしに抱きつく。
 抱きついたイヌルちゃんを引きはがしながら、わたしは自分でつくった珈琲を啜る。わたしもなにをやっているのやら。
 引きはがされて渋々文句を漏らしながら、ブラックのままのインスタント珈琲をイヌルちゃんは飲む。一口飲んで、
「おいしい! 最高においしいですお姉様!」
 と、またイヌルちゃんはわたしに飛びつく。
 そこにドベシッっというオノマトペを響かせイヌルちゃんをぶっ叩く女の子が。
 それはイヌルちゃんのお姉ちゃんで猫耳帽子を被っているネコミちゃんである。「あんたねぇ。ひとさまの家にお邪魔してんのに家主を押し倒そうとして、なに考えてんのさ。うしろ、ベッドじゃない。うーむ、女の子同士とはいえども。ふむー」
 考え込むネコミちゃんはだんだん顔が真っ赤になる。
「お姉ちゃんなんて大嫌い! わたし、ラッシーお姉様のうちの子になります。ね、いいですよね、お姉さ……ぐはぁっ!」
 わたしをベッドに押し倒しながらしゃべりかけていたイヌルちゃんがわたしにキスする距離まで迫ると、ネコミちゃんは思いきりイヌルちゃんを蹴り、イヌルちゃんはうめき声を漏らして吹き飛んだ。
 テーブルの上の物が床に転げ落ちる。珈琲もこぼれた。
 わたしは、
「姉妹で仲が良いんだね」
 と微笑んだが、
「「仲良くない!」」
 と、二人同時に怒りの一言。見事にシンクロしていた。恐るべし、姉妹シンクロニシティ。
 今日はわたしの家に、ネコミちゃんとイヌルちゃんの姉妹が遊びに来ていて、今、ネコミちゃんはお手洗いから帰ってきて早々、わたしに抱きつく自分の妹の姿を目撃、目視後に蹴り飛ばしたのだった。
 蹴られたばかりのイヌルちゃんは飛び起きるように即座に復活し、わたしの部屋の本棚を漁る。
「へー、読書家なんですね、やっぱり。へー」
 わたしはイヌルちゃんをそのままにしておいて、執筆の続きをしようとする。遊びに来てくれているのは嬉しいが、思いついたらメモを取るのが習慣で、部屋にいるんだから、雑記帳に書き込みたいから書くのだ。執筆とは言わないかもだけど。
 そんなわけで書き物の続きをするため、まずはテーブルから落ちたものをどうにかすることにした。こぼれた珈琲を拭かなきゃ。
「イヌル。ラッシーちゃんがお片付けしてるのに、こぼした当人がなにもしないとはどういうことかにゃぁ?」
「ふん! お姉ちゃんがわたしを蹴るからこぼれたんですよぉ。悪いのは全部お姉ちゃんなんだから! なのに。……なのにラッシーお姉様はけなげに自分から腰をフリフリしながら雑巾で珈琲のあとを拭いて……なんてことなのでしょう、うるる」
「……いや、小芝居はいいからあなたたちも手伝って」
 姉妹で会話のキャッチボールをどこでもいつでも始めてしまうこの二人に、今日もわたしはびっくりする。
 そもそもネコミちゃんの本性は、イヌルちゃんらぶのデレデレなのだけど、わたしが間に挟まると、どーもうまくいかないらしいのだ。
 会話は続いているしわたしはそれを聞きながらテーブルを拭く。わたしの声は二人には届かない。
「あー、二人とも、ごはん食べにどっか行こ。おごるから」
「「おごり!」」
 またシンクロした……。



☆☆☆



「で、僕もついでだから連れてこられたってわけね」
 寝ぼけ眼をこすりこすり。髪の毛が寝癖のままのダックちゃんも起きてすぐにわたしの家までやってきてくれたのでした。
「ついでのついでだからよ、元型町商店街のアーケードを冷やかしにいこーぜ」
「えー? ふむー。私は美空坂のメイド喫茶が良いのだー」
「おいおい、なに言っちゃってんのこの腐れビッチ。猫耳着けてるお前がメイド喫茶入ったら営業妨害だろうが」
「その言いぐさはないでしょ、このぐえぐえオンナ! ニャアアアアァァァ!」
 ネコミちゃんが臨戦モードに入る。
「ふん。この猫耳娘のいる金糸雀(カナリア)一門の技は回避不可能レベルの高度な戦闘技が多いって聞くけどよ、試すか、ここで、ビッチ姉妹よ」
 挑発に乗って手の関節をポキポキ鳴らすダックちゃん。そこにイヌルちゃんが制止に入る。
「ファミレスへゴーですよ、みなさん。お姉様がおごってくれるんですから」
「ファミレスへゴー」
「ヘゴー」
「ヘゴー」
「ヘゴー」
「うぅ、みんなでやめて、そのヘゴーってやつ」


 ……と、まあ、そんなわけで執筆を中断、食事に来てしまった。
 ネコミちゃんイヌルちゃんが遊びに来てるのになんで文章を書いていたかというと、あの姉妹は自分の家以外の場所にいるっていう事実自体が重要なわけで、別にそれがわたしであらねばならないってわけでもなく、あの場にわたしがいるっていうの自体はあまり関係ないっていうのもあるのよね。好き勝手やる場所を提供してるだけだもん。
 金糸雀ネコミちゃんと金糸雀イヌルちゃん姉妹もまた、闇を泳ぐ一門の出身で、両親に姉妹は未だに家でひどい目に遭っているらしいから、提供できるなら、出来るだけわたしも場所の提供をしなくちゃならないと思ってる。
 何故って。同情心ではなく、わたし、ネコミちゃん、イヌルちゃん、それからダックちゃんらで今、共に戦っているのだ、『虫歯の悪魔』がこの世界を虫歯にしないように。虫歯になったら治すのは歯医者だけど、『虫くいクロスワード』スキルも含めて色々出来るよう修行しているわたし、朽葉ラッシーは『物書き』で、蟲喰い文章の『穴埋め』だって出来る。この戦いに貢献出来るのだ。あとの三人だってそれぞれわたしに劣らない技能を持っている。
 強度歯科の住むゲイテッド居住区の『ゲート』を開かなきゃこの世界に明日はない。そこを開くのもわたしの課題で、難しくて、けど、頑張ってる。
 うーん、でもどちらかというと技術よりプライベート面でのわたしたちの方が大変。どーすりゃいいのかしら。困った困った。
「肉欲だ」
 ダックちゃんは拳を固めて断言した。
「はい?」
 わたしは聴き返す。
「肉への欲望を。棒を。焼き肉屋へ!」
「ファミレスっつってんでしょーが!」
 ネコミちゃんご立腹。
 焼き肉は高いし、ダックちゃんを振り切り、ファミレスへ向かう。

「くぅッ! どこへ連れてかれるのかと思ったら『アンナ・カレーリナーズ』じゃん。ウェイトレスの服装が最強の」
 目を充血させて喜ぶダックちゃん。
「甘いわね、僕っ娘オンナ。お姉様は、ここの男性ウェイターは執事服を着る、というところまで見越してこの店を選んだの。……ですよね、お姉様!」
「あ、いえ、ここ、ファミレスだけどケーキのお店なの。ホールサイズでも注文できて……。それで、割引券も持ってるしーって」
「恥ずかしがらなくてもいいんですよ、お姉様。執事が好きなんですよね!」
「そーだぜ。僕好の女の子がぼいんぼいん歩いててサイコーだぜ」
「う、うぅー……」
 恥ずかしがっているのはわたしだけじゃなくネコミちゃんもだった。ネコミちゃんって子は、いつもフリルのたくさんついた服を着ていて、ここ、アンナ・カレーリナーズのウェイトレスさんたちと一緒っぽくてでも自分は学生で-、とあたまの中がぐるぐるで顔を伏せることになったのは大体予想できる。
 メイド喫茶にしないことでネコミちゃんは自爆せず恥ずかしくなるのを回避出来たはずなのに、結局はこの店のような制服がネコミちゃんとまるかぶりな可愛い制服着用のお店に入っちゃって。いけないことしちゃったかなぁ。うー、でも割引できるんですもの。且つ、ファミレスなのにみんなでケーキも食べられるとこって消去法で行くとここしか思い浮かばなかったんだもーん。
「おい! アヒル口のぐえぐえオンナはこっち見んなぁっ!」
「ぐえ! ぐえぐえぐえぐえ。やーい、猫耳ィ」
「こっち見んなあああぁぁッッ」
 恥ずかしさのあまり、ウェイトレスとネコミちゃんを見比べてぐえぐえ笑ってるダックちゃんにぶち切れるネコミちゃん。
「ふぅ。……ふむー。とりあえずホールケーキひとりで平らげて誤魔化す……」
ネコミちゃんの発言に、さすがにそれはわたしも止めに入った。
 一方、ネコミちゃんの妹のイヌルちゃんはウェイターの執事服を凝視している。ウェイターのお兄さんがびくつくほどの凝視だ。



 ……普通の物語だったら、俄然ここからファミレス舞台のドタバタコメディが始まる。
 のだが、今日のわたしのお話はここで強制的に中断される。カットアップとサンプリングでリミックスしているこのわたしのストーリーは、残念ながら仲良しこよし編であることはイレギュラーだ。この話もあとで悪魔が忍び寄り、バトることになった。だけどそれは今のわたしの物書きスキルじゃ描写出来ないのだ。いずれ、また、描写出来る力を手に入れて、改めてこの扉を開くことを約束しよう。んじゃ、またね。ラッシーでした!


(おわり)
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