第82話 蒼馬・回転木馬

文字数 2,123文字

「しゃらららん、らんらんらーぶらーぶそーんぐ!」
 往年のヒットソング『しゃららんラブソング』を歌いながら、島を一周する。自転車を飛ばすのだ。
 この島は自転車で一周できるほどの大きさしかない。自転車を飛ばすこのオトコは魔術師・コーエン。コーエンは阿呆だがれっきとした魔術師なのだ。
「到着!!」
 ギギギーッとブレーキを握って自転車を止め、コーエンは片足を地面につけ、額の汗を拭う。
 コーエンが島を一周するのがあまりに早く、ぼーぜんとしているのが、この島に住むお坊ちゃまのカズヤだ。この島に「バカンスに来たら?」と誘ったら速攻で来た。そんなに暇なのかよお前、とカズヤは思ったものだった。
「ここが、絶海の孤島、モブモブ島か……」
 コーエンは目を細めて遠くを見やる。
 彼には見える。
 この孤島では、忌まわしき過去がたくさんあり、その大部分は未解決であるということに。
「あのさー、コーエン。僕は確かにお前にバカンスに来いとは言ったけど、バカンスじゃなくて馬鹿を満喫してんじゃねーの。島一周とか。馬鹿か」
「うむ。浜辺の歩道を突っ走ってきたのだが、ジョギング中のおっちゃんおばちゃんに挨拶されて気分良かったぞ」
「だからコーエン、お前は馬鹿なんだ」
 それから、僕はこの島にある城の城主なんだからね、その客人がしゃしゃり出るな面倒だから、とカズヤは付け加える。
モブモブ島は南に浮かぶ人口5000人規模の島だ。いや、5000人というのは別荘をこの島に持っている人間の数を加算したもので、実際に住んでいるのは200人が精々。限界集落とも呼べるやも知れない。
 人口詐称に関してだが、この国、ダマゼカス王国は油田を有する金持ち国家。別荘を持つものも多ければ、金持ちが多い故に見栄を張って水増しするのも日常的なことである。
 その200~5000人を束ねるのがモブモブ城の城主、カズヤである。
 カズヤに連れられ、城に帰るコーエン。
「全く。馬鹿だなコーエン。僕のためにあまり島の住人とは仲良くしてくれるなよ。公平公正な運営してるんだから、誰かがVIPと仲良くなられちゃ、僕が困るんだ。お前が帰った後でね」
「おれと仲良くなっただけでこの島では出世になるのか。わっはっは」
「本当の話なんだぞ!」
「子犬のように身体を震わせて、なにを言うかと思えば。……あ、メイドさん。今朝仕留めたイノシシの肉があったら食べたいのだが」
 メイドさんは会釈をする。
「コーエンさん。では、そのように調理場に伝えますわ」
 メイドさんが城主の間から離れていく。
「話を聞いてないな、コーエン」
「お前だって話を黙って聞くタイプじゃないだろ。お互い様だ」
「コーエン。誰もここにいないから今言うが、あのメリーゴーランドのことは、覚えているか」
「……覚えているとも」
「僕らは走馬燈のメリーゴーランドに乗って、人間界へ来た。遣わせられてきた、というのが正しいな。でも、また走馬燈に乗って彼岸の地へ戻りたいとは思わないか」
「思うね。……おれも、思う」
「じゃあ、また一緒に」
「一緒は、無理だ」
「どうして」
「この世界に『着床』した理由がおれとお前で違う。違う使命を帯びて来ているだろう。そのミッションの内容は部外秘で自分自身しか知らない。しゃべろうにも、認知できない」
「僕は……法理捨てた彼岸の地へ帰りたい」
「あの地へ戻るコトは、できないだろうな」
「なにを以てそう言う!」
「どうもここの宇宙は『転生』を繰り返すのが『ウリ』らしい。一つの人生でミッションコンプリートは出来ない。だからここに来たからには何度も転生を繰り返すことになる」
「お前は、一緒には帰れない、と。一緒じゃなく、向こうで落ち合えば……」
「知ってるか? 染色体はどんどんその長さが短くなり、ある程度複製を造るともう、自身をコピーすることpができなくなる。元に戻れなくなるんだ、壊れたら。この宇宙での複製回数も同様のことが言える。おれは魔術師・コーエン。22枚と56枚の札を扱うが、そこで出た予測では、今の時代のおれはもうすぐ消滅する。次の転生はずっと先で、そっちが転生したとしてももう、出逢える確率は小数点以下だ。そしておれのこの宇宙での複製回数は、残りわずか。今回のミッション、おれはコンプリートできず、おそらくは全次元から『入滅』する。会うことは永久的に、ない」
「…………」
「最後に魔術師様からサービス。ハッッッ!」
 コーエンがステッキを振ると、そこには馬車の形や鞍のある白馬の像が取り付けられたメリーゴーランドが姿を現した。
「乗ろうか。走馬燈のレプリカに。呪うか」
「ああ」
 二人はメリーゴーランドに乗る。
「まやかしはまやかし。二人の運命はここから永久に交えなくなるが」
「いずれ転生しても会えないなら、時間切れで切り裂かれるなら」
「最後にメリーゴーランドに身体をゆだねる大人ってのがいても、悪くない」
 二人は思い出す。この宇宙に使命を帯びて降り立つ前に、自分たちが白い翼の生えた存在だったことに。だがそれはこの宇宙の中で、ほとんど誰も知らない、秘密だ。

〈完〉
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