第42話 汁粉屋ミーティング【虫杭23】

文字数 2,327文字

 斬の宮駅から西へ五分ほど歩くと、元型町商店街アーケードがある。
 アーケード内の汁粉屋『睡蓮』に、わたしたちは集まった。
 集まる前に一旦家に帰る、という選択肢はなかった。わたし以外のみんなはもう、帰る場所なんてないからだ。
 郷土博物館から、まっすぐ、汁粉屋へ。
「ふーむ。なんかおいしいもの食べながら話したいにゃ」
 とネコミちゃんが提案したのが通って、『睡蓮』に決まった。

 郷土博物館でハチミツ漬けになったシザーハンズの歯科用ドリルに、イヌルちゃんは和紙でつくった荷札を貼る。
 すると荷札とともに、ドリルが消えた。
 転移の術式だ。
「便利だね、それ」
 とわたしが言うとイヌルちゃんは、
「はぅぅ。お姉様。そんな。こんなの。か、かんたんですぅ」
 と、腰をくねらせながらはわわわ、と言う。それから、両手を頬にあてて、
「お姉様ったら」
 と、わたしの背中を叩いた。結構強い力だった。

 この転移の術式にしてもそうだけど、みんな成長したんだなー、と思う。
 わたしたちには、みんな色々なことがありすぎた。
 ありすぎた色々は、現在も進行中だ。

 汁粉屋のおばちゃんが、注文を取りに来た。
「あらぁ、あーたら、久しぶりねぇ」
 おばちゃんはそう言った。わたしたちのことを覚えてたのだ。……そう、ここはみんなでよく学校が休みの日に甘い物を食べに来ていたのだ。
 でも、それはわたしたちが初等部の頃。今じゃわたしたちは中等部の年齢だ。二歳下のイヌルちゃんだって、初等部では最高学年。
 わたしたちには、時が流れていた。成長したのだ。
 わたしはぶしつけに、
「おばちゃん。よくわたしたちのことを覚えてるね!」
 と、言ってみた。
「覚えてんよぉ。あーたら、名門の出でしょう。お家も名門なら、学校も名門のお嬢様たちじゃもん」
 そこでおばちゃんは一息吐く。
「……でも、歴史が長いのも考えもんよねぇ。遠く首都じゃあーたらの学園の生徒会が政府をジャックさしとるきにぃ」
 ため息交じりの笑い顔。存外、楽しがっているのかもしれないし、困った風なのかもしれない、微妙な表情だった。
 楽しいといえば楽しいし、困るといえば、わたしたちも困ってる。そのためのミーティングだ。甘い物を食べての。

 おばちゃんは注文を厨房へ届けに行く。

 ………………。
 ……。
 今は、現実として考えづらい状況下。現状認識も、わたしはうまくいってない。病棟から抜け出して半日しか経ってないのだ。
 わたしが難しいカオをしていると、ダックちゃんはわたしに向けて、しゃべりだす。
「元々、学園と政府が癒着してたんだよ。で、返す刃で政府がぶった切られたわけさ。だが誰も気にしちゃいない。なぜならこの斬の宮は今、危険区域になっていて、外から不法にじゃなきゃ侵入できない。封鎖されてんだ、龍脈の各所に撃ち込まれた虫杭で。生徒会が暫定政府をつくってどうにかしようってのは、裏で合意の上だろう。後釜はいくらでもいる、死んだ総理にもね。死んだ総理も癒着なんてしてるから……。教育とかやってる奴らはプロパガンダに熱心な連中だっつーのにな。そりが合わなきゃ切り捨てるだろ、そりゃ。うちの学園に至っては、『述義』という教義(ドグマ)があるしな。それがクーデターを引き起こしちまった。本人らは正義の味方だと思い込んでるぜ。政府を転覆しながらも」
 ダックちゃんはそれから、イヌルちゃんの方を向いた。
「それよりバカ姉妹の妹の方。ドリルはやっぱ……」
「気安く話しかけないで! このぐえぐえ! あと、わたしはバカ姉妹の妹の方、って名前じゃありません! なんですか、その芸人コンビの背の高い方と低い方って呼ぶような呼び方は! ムキー」
「怒るなって」
「ゴホン。……そうです、さっき荷札でインダストリアルスラムの連中に送りました。〈インダストリアル〉って、工業って意味ですから。あの組織は技術屋集団。町の龍脈に撃ち込まれた虫杭を破壊するドリルを、作成してもらいます。シザーハンズのドリルを解析してもらって。……これもラッシーお姉様のためですし」
 わたしは喜びに打ち震える。
「むむ。うれしーよー、イヌルちゃん!」
「いやぁん、お姉様ぁんっ」
 わたしはイヌルちゃんと抱き合う。
 黙ってたネコミちゃんは猫耳フードを深くかぶっている。
「パフェはまだかにゃ。ふむー」
 どうやら注文した品を待っている様子。そわそわしているようにも見える。
「ふむー。歯槽膿漏化をどうにかすることで、ミッションコンプリートとするか、もう一歩踏み込むかが問題ね。ラッシーの〈説記〉時代を終わらす、という目標まで、一気に踏み込むの、できるんじゃない?」
 ダックちゃんがぐえぐえ、と鳴いて同意する。
「僕もそれを考えてた。ゲイテッド・コミュニティに引きこもってる強度歯科たちの〈時空〉を引きずり出すなら、今だぜ、ラッシー」
「みんな……」
 目がうるうるする。
 もし、虫杭の悪魔の仲間としてわたしが認定されていたとしても。
 わたしはこの虫食いクロスワードパズルを自分の手で穴埋めしなくちゃならなくて。
 クロスワードの〈質問者〉、つまり〈書き手〉こそが、〈虫杭の悪魔〉なのだとしても、質問する悪魔が回答者たる治療者を兼ねていたっていいと思うの。
 だから、問う。
「わたしは思想犯だよ。それでもついてきてくれる?」


「「「もちろん!!」」」


 三人の声がユニゾンした。

 戦える!
 わたしは思った。
 こんな心強い仲間達が、わたしにはいる。
 これはどうやら、勝つしかないみたいねっ!


〈つづく〉
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