第63話 ホワイトプリズンキャッスル(下)
文字数 2,300文字
「うぎゃー! 溺れる-! っていうか溺れてるのー! 助けて-!」
梅田ジャム子が悲鳴をあげる。なぜ悲鳴を上げてるかというと、池のような、湖といってもいい大きさの水たまりがこの白い城の中にあって、そこで溺れているからである。
偶然そこを通って横切ろうとしてたおれ。梅田さんの悲鳴が聞こえたものだから、彼女を嫌々助けることにした。
「ぜぇ……ぜぇ……」
息を切らし、ふらふらになって、助けられた梅田さんは仰向けになって深呼吸している。
おれは服がびしょ濡れになって気持ち悪くなった。
「気持ち悪い……びしょびしょだし」
同じ気分であろう梅田さんは眼鏡を外し、服を脱ぎはじめた。
「ちょっと梅田さん、なにやってんの」
眼鏡を外すとお約束のように梅田さんは美人だった。
「なにやってるのって、服を脱いでるの。大丈夫。ここには私たちしかいない」
「よくない」
「嫌?」
「嫌じゃない……です」
そんなやりとりをしているうちに、梅田さんは上着とスカートを脱ぎ、丁寧にそれを重ねて床に置いた。
そこへ。当然のお約束で。
「あああああああああ! なにやって……て、て、て、てぇえええぇぇ」
七曲菜々子さんが現れた。
「奇遇だね。こんなところで会うなんて」
おれは頑張った。頑張って取り繕ったが、出てくる言葉は不自然だった。
「この変態!」
七曲さんの平手打ちを食らう。
痛い。
「しかし城の中になんで池が。溺れてるのも謎だし」
首を捻るおれ。
「そりゃ梅田さんがあんたを誘惑してるからに決まってるすよ」
と、背後から声。
高原志門だ。
「孤独に耐えられなかったんじゃないすかねー。彼女は。下手な芝居を打つ必要もないんすが、こんな低レベルな男。簡単に落ちるっすから。告白でもすりゃ良かったんすよ。ねぇ、空目くん」
言葉に詰まる。でも、だからなんで湖が?
まあ、確かに告白されたらきっと付き合ってしまう。否定できない。
「ここには四人しかいない。寂しさを紛らしたいすよねぇ。そこに、男が混ざってる。なら、寂しさを紛らすのに利用しない手はないす。お手軽な逃避手段っすね」
「…………」
「服、着たらどーすか、いやいや、嘘っす。風邪を引きます。部屋に戻るといいでしょう」
七曲さんが梅田さんを連れて帰ると、高原志門はおれに向かって話し始める。
「どうもここにはテンプレートな反応しか存在しないみたいすね。実験もなにもあったもんじゃないす」
ため息を吐く志門。
「結局のところ人間てのはテンプレートをなぞる日常しか過ごせないんじゃないすかね。それこそ歴史は繰り返されるわけっすよ。そのままの意味で。学習の甲斐もなく。大体似たり寄ったりで予想がつく中、データも採取されてる中、生きて行かざるを得ないのが現代人。その誇張が、この白い城の中の我々。カリカチュアライズされてるわけっすね。んー、現代人は大変だ。なにをやってもやらなくても、先人の模倣でしかない世界。バーチャルな世界に耽らなくても、充分世界は偽物の現実っす。馬鹿らしいすね。もうそろそろいい時間が経ってると思うんすけど、……どう思うっすか。ここで一生を終えるように生きるってのも一つの手ではあるっすよ。何も期待しない、死んだ瞳のままで。この白い、どこまでも白い城の中で生きていく。素敵なことじゃないすか。そーっすよねぇ。どこに行ったって、テンプレートなんだから。逃げられない。なんなら私と赤ちゃんつくって、しあわせな人生でも送るっすか?」
おれは無言のまま。喉になにかがつっかえたように、しゃべれなくなる。
「もう、しゃべれないでしょう。コミュニケーション障害? 違うすね。これが真っ当な判断っす。こんな予測ゲームに明け暮れながら、自分も全て予測されてる世界で、なにを声に出せというのか。最初から、なにもしゃべらなくてもいい。あんたも最初から異常なんかじゃなかった。誰も異常なんかじゃない。社会が異常と判断するかしないかっす。データ取って喜んでる奴がいる。結果はわかっているのに。そんな世界がただくだらない。それだけす」
おれは納得する。『治す』なんて嘘だ。治らない。もしくは、こいつが主張するように……。
「私たちはロボットじゃない、なんて主張は無意味っす。ロボットのようにされてるっす。特に実験道具にされてる私らは。ここで戦って生きる必要性はないっすよ?」
ここから出たらどうしよう。おれは、どう生きるか。いや、どうも出来ないんじゃないか。どうも出来ないのをどうにかしようとした結果、ロボットみたいに生きることになって、誰かの手足になって、でもその『誰か』は、ここにいるおれらみたいな人間じゃなくて……。
「気を楽にするしかなさそうっすね。力を入れても無駄なら脱力するのが、もしかしたら求められる生き方なのかもしれないっす」
ニートだったおれは、もがいていた。それは、頑張っていた、ということでもある。その頑張りは無効だ。ニートでもなんでもいい、目の前にいるこいつが主張するように。
「脱力して、時間制限まで生きるか」
「ハーレムエンドでも目指せばいいんじゃないすか」
そう、なるようになるし、なるようにしかならない。わかっていたことだったのに、忘れていたみたいだ。
おれは思わず苦笑した。高原志門は、
「さ、飯でも食べましょう。あとの二人も呼んで」
と、柄にもないことを言う。
なにも変わらないけど、なにかがこれから変わるような気もした。それ自体も予測されてた、ただのゲームなのかもしれないけども。
〈完〉
梅田ジャム子が悲鳴をあげる。なぜ悲鳴を上げてるかというと、池のような、湖といってもいい大きさの水たまりがこの白い城の中にあって、そこで溺れているからである。
偶然そこを通って横切ろうとしてたおれ。梅田さんの悲鳴が聞こえたものだから、彼女を嫌々助けることにした。
「ぜぇ……ぜぇ……」
息を切らし、ふらふらになって、助けられた梅田さんは仰向けになって深呼吸している。
おれは服がびしょ濡れになって気持ち悪くなった。
「気持ち悪い……びしょびしょだし」
同じ気分であろう梅田さんは眼鏡を外し、服を脱ぎはじめた。
「ちょっと梅田さん、なにやってんの」
眼鏡を外すとお約束のように梅田さんは美人だった。
「なにやってるのって、服を脱いでるの。大丈夫。ここには私たちしかいない」
「よくない」
「嫌?」
「嫌じゃない……です」
そんなやりとりをしているうちに、梅田さんは上着とスカートを脱ぎ、丁寧にそれを重ねて床に置いた。
そこへ。当然のお約束で。
「あああああああああ! なにやって……て、て、て、てぇえええぇぇ」
七曲菜々子さんが現れた。
「奇遇だね。こんなところで会うなんて」
おれは頑張った。頑張って取り繕ったが、出てくる言葉は不自然だった。
「この変態!」
七曲さんの平手打ちを食らう。
痛い。
「しかし城の中になんで池が。溺れてるのも謎だし」
首を捻るおれ。
「そりゃ梅田さんがあんたを誘惑してるからに決まってるすよ」
と、背後から声。
高原志門だ。
「孤独に耐えられなかったんじゃないすかねー。彼女は。下手な芝居を打つ必要もないんすが、こんな低レベルな男。簡単に落ちるっすから。告白でもすりゃ良かったんすよ。ねぇ、空目くん」
言葉に詰まる。でも、だからなんで湖が?
まあ、確かに告白されたらきっと付き合ってしまう。否定できない。
「ここには四人しかいない。寂しさを紛らしたいすよねぇ。そこに、男が混ざってる。なら、寂しさを紛らすのに利用しない手はないす。お手軽な逃避手段っすね」
「…………」
「服、着たらどーすか、いやいや、嘘っす。風邪を引きます。部屋に戻るといいでしょう」
七曲さんが梅田さんを連れて帰ると、高原志門はおれに向かって話し始める。
「どうもここにはテンプレートな反応しか存在しないみたいすね。実験もなにもあったもんじゃないす」
ため息を吐く志門。
「結局のところ人間てのはテンプレートをなぞる日常しか過ごせないんじゃないすかね。それこそ歴史は繰り返されるわけっすよ。そのままの意味で。学習の甲斐もなく。大体似たり寄ったりで予想がつく中、データも採取されてる中、生きて行かざるを得ないのが現代人。その誇張が、この白い城の中の我々。カリカチュアライズされてるわけっすね。んー、現代人は大変だ。なにをやってもやらなくても、先人の模倣でしかない世界。バーチャルな世界に耽らなくても、充分世界は偽物の現実っす。馬鹿らしいすね。もうそろそろいい時間が経ってると思うんすけど、……どう思うっすか。ここで一生を終えるように生きるってのも一つの手ではあるっすよ。何も期待しない、死んだ瞳のままで。この白い、どこまでも白い城の中で生きていく。素敵なことじゃないすか。そーっすよねぇ。どこに行ったって、テンプレートなんだから。逃げられない。なんなら私と赤ちゃんつくって、しあわせな人生でも送るっすか?」
おれは無言のまま。喉になにかがつっかえたように、しゃべれなくなる。
「もう、しゃべれないでしょう。コミュニケーション障害? 違うすね。これが真っ当な判断っす。こんな予測ゲームに明け暮れながら、自分も全て予測されてる世界で、なにを声に出せというのか。最初から、なにもしゃべらなくてもいい。あんたも最初から異常なんかじゃなかった。誰も異常なんかじゃない。社会が異常と判断するかしないかっす。データ取って喜んでる奴がいる。結果はわかっているのに。そんな世界がただくだらない。それだけす」
おれは納得する。『治す』なんて嘘だ。治らない。もしくは、こいつが主張するように……。
「私たちはロボットじゃない、なんて主張は無意味っす。ロボットのようにされてるっす。特に実験道具にされてる私らは。ここで戦って生きる必要性はないっすよ?」
ここから出たらどうしよう。おれは、どう生きるか。いや、どうも出来ないんじゃないか。どうも出来ないのをどうにかしようとした結果、ロボットみたいに生きることになって、誰かの手足になって、でもその『誰か』は、ここにいるおれらみたいな人間じゃなくて……。
「気を楽にするしかなさそうっすね。力を入れても無駄なら脱力するのが、もしかしたら求められる生き方なのかもしれないっす」
ニートだったおれは、もがいていた。それは、頑張っていた、ということでもある。その頑張りは無効だ。ニートでもなんでもいい、目の前にいるこいつが主張するように。
「脱力して、時間制限まで生きるか」
「ハーレムエンドでも目指せばいいんじゃないすか」
そう、なるようになるし、なるようにしかならない。わかっていたことだったのに、忘れていたみたいだ。
おれは思わず苦笑した。高原志門は、
「さ、飯でも食べましょう。あとの二人も呼んで」
と、柄にもないことを言う。
なにも変わらないけど、なにかがこれから変わるような気もした。それ自体も予測されてた、ただのゲームなのかもしれないけども。
〈完〉