第46話 カエルファンタジア

文字数 1,153文字

 ヘンだな、と思っていた。毎日毎日、カエルが部屋に侵入してくるのが。さすがにこの都会にカエルが大量発生するのはおかしいし、珍しいので「どれ、カエル捕まえてみよう」と思い立った。
 カエルを手づかみにすると、カエルは
「ゲコゲコ。助けてくだんせぇ」
 と、日本語で僕に懇願した。
 気持ち悪くなり、僕はカエルを手放した。
 畳の上に着地したなり、カエルは二本足で立ち、お辞儀をした。
「あっしはしがねぇカエルでやんす。殺めずにその手を離していただき、嬉しゅうござんす。我が同胞たちの度重なるシグナル、お気づきになられたようでやんすな。こりゃありがてぇ」
「シグナル?」
 聞き返した。
「ええ。お宅に侵入し、こうやってあっしらと会話をしてくれるのを首を長くして待ってやした」
「シグナルだったとは気づかなかったよ。あと、カエルに首はねぇだろ」
「然り」
 カエルがしゃべって、僕が聞き返す。
 おかしい。
 僕もついにカエルと会話するほどまでに精神的に参ってしまったのだろうか。
「あっしらの女王〈春のおたま様〉が、あなた様に一目惚れなさって、どうしてもあなた様をあっしらの国に連れていかにゃぁならんのでやんす」
「春のおたま様?」
「あっしは壊れたカエルでしかありやせんが、春のおたま様の人間への求愛、今ならわけもわかりやす。あなた様は立派なカエルでやんす」
「カエルじゃねーよ。人間だよ。僕をどこへ連れてく気だ」
「異世界転生的な……」
「嫌だよ! カエルに転生すんのかよ! そんな異世界ファンタジー読みたかねーよ!」
「まあまあ、そう言わずに。春のおたま様の上に乗っかる簡単なお仕事でやんすから」
「すげぇ嫌だよふざけんな」
「……カエルの国は今、滅亡の危機に瀕しているのでやんす。おたま様にはご子息がいないのでやんす。そこに、一目惚れした相手がいる、と」
「ひとの話、聞いてねぇな?」
 そんな話をしていたら、巨大なカエルが汗をねっとり出しながら現れた。二メートル以上の大きさだ。
「でかっ! でかいよ! こいつがおたま様かっ!」
「そうでやんす。ガマガエルの女王でやんすから。さあ、おたま様の上にまたがって!」
 突如、カエルの大群が押し寄せ、僕を巨大ガマガエルの背中に乗せる。
 すると、ガマガエルの出す汗でトリップしてきた。
 これがガマの油か……。
「ああ! なんか呪文を唱えられる気がしてきた」
 おたま様の上に乗っかって、僕は良い気分になってきた。
「これが……、これが異世界ファンタジーか!」
「児雷也様! あなたは今からガマの妖術使い。カエルの国を救い、ガマの油も自在に扱うのでやんす!」
 これが後世、児雷也という名前で呼ばれることになった妖術使いの、誕生の瞬間であった。

〈了〉
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