第31話 黄昏時の弓矢【虫杭12】

文字数 1,201文字

 黄昏時。
 僕が大通りで信号待ちをしていると、横断歩道の白い線の間の、「白くないところ」だけがぽこり、ぽこりと大きな音を立てて破壊された。
 壊れたアスファルトからは無数の人間の手が天を向いて咲き乱れる。
 僕は目を丸くして驚いたが、腰が砕けてその場にへたり込んでしまい、逃げ出せない。
 アスファルトからは手だけでなく、奥からその身体が姿を覗かせる。
 這い出てきたそれは食人鬼(グール)だった。
 知ってる。こいつらは、グールだ! まんがとかによく出てくる奴。
 僕はその程度でしか事態を把握できなかった。
 姿を現したグールたちは、人間を襲い始めている。
 逃げ惑う人々。
 首をグールが囓り、血を噴き出して倒れた女性と、間近で目が合った。
 血を浴びた僕は「きひひ……」と歯をがちがち鳴らした。
 女性を殺したそのグールヶ僕に近づいてくる。
 いや、四方八方がグールで埋め尽くされていて、にじり寄ってくる。
 グールが僕の腕を囓る。痛いどころではない。肉が引きちぎられてしまうのだ。
 と、そこへ、弓矢が飛んできて、矢の先の刃が地面に刺さった。矢には、砂時計がついていた。
 砂時計が砂を下にこぼしていく。
 その音は普通の何百倍も大きく、スピーカーから聞こえているみたいに錯覚する。
「うwqあおーーーーーbへをpfひうぇhう゛ぉqえりqれwjm」
 グールたちが雄叫びを上げ、それから身体が風化し、土に還っていく。
 僕はなにがなにやらわからず、口を大きく開けて惚けた。

「ぐえっ、ぐえっ! 荒ぶる剣の使い手とは、見えないねぇ」
 僕の横には、アヒル口の女の子が立っていて、ぐえぐえ言いながら砂時計の矢を回収した。背中には弓矢を装備している。
 さっきのは至近距離から弓矢を放ったのか。そんなことを思った。
「荒ぶる神のペン先が、剣となって虫歯化したこの街の状況を悪化させている」
「はい?」
 状況の説明になってない。何言ってんだ、この子は。
「気付よ。この街はもう異世界化してドンパチやってる。一般人はもう、ここにはいない。……一見、普通に自分は歩いてたと思ってたんだろ、お前」
「なにを言って?」
「飲み込み悪いなー。お前。一体お前はどこから来て、どこへ向かおうとしてたんだ。言っておくけど、虫杭で歯槽膿漏化したこの斬の宮に、一般人の日常なんてないぜ」
「僕は……」
 僕は、どこへ向かおうとして歩いていたんだ?
「そう。お前もな」

ーーーーーーーーーーーぐさりーーーーーーーーーーーー

 弓から放たれた矢が、僕の心臓に刺さった。
「お前も、今、蘇ったばかりのグールだったんだよ。また死にな」
「そ……んな……」
「薄染ダック。僕の名前だ。黄昏時が支配する黄泉の国で、その名を思い出せ」
 そして僕の身体もまた、風化して流されていく。
 ……他のグールと同じように。

〈了〉
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