第72話 山荘スキーヤー

文字数 486文字

「だからさ、どんな思想を埋め込むかなんだよ、ロックは」
 山荘。外は猛吹雪。
 スキーに来たらこれだぜ。ついてない。
 山の奥深くにその山荘はあり、おれと中島は一時、避難の場としてこの山荘に滞在することにした。
「おまえ、今年何歳だよ。よくもまぁ、ロックがどーのとか……。現実見ろよ」
中島は、ふぅ、とため息を吐いてから言う。
「ここに薬缶がある。石油ストーヴの上に乗って煮えたぎっている。社会が薬缶だとして、中の水を熱湯に変えるのは、ロックをはじめとした『文化』なのさ。それは絶対に、政治の役目なんかじゃない」
「ふーん」
 ストーヴの方を見る。薬缶はぐつぐつ音を立てている。
「山荘で密室殺人でもいい。ちょうどクローズドサークルだ。密室殺人なんて無思想っぽいがな」
「ぽいが?」
「ここでおれがおまえを殺すとする。それは社会的なコードを持ち得るだろう」
「やめろよ、そんな話。冗談じゃないぜ」
「ああ。冗談じゃない。朝になればわかる。さぁ、眠れ、ここに」
「眠れここにって……。眠るのか」
「ああ、ここに」
「ここで、じゃなくて?」
「ここに……眠るんだよ」

〈了〉
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