第14話 【幽霊】パワスポ

文字数 1,760文字

「お前、まだこんなところで彷徨っているのですか。馬鹿じゃないですか」
 みっしーがにしし、と笑う。柳の木の下。ここは地元では有名なパワースポットだ。
「ちょっ、みっしー。怖いわよ。冗談やめてよ。いきなり柳の木に声をかけないでよ」
「ん? ああ、そうでした。人間には見えないタイプの幽霊でしたね、こいつ」
 みっしーが誰もいない場所に、指を指す。
「理科。僕が今指を指したところには、浮遊霊がいるのです。えっ? なになに? ああ、そうですか。ふーん。理科」
「なによ、みっしー」
「こいつ、一丁前に地縛霊になってるんだそうです」
「意味がわからないわよ。そういう冗談はやめてってば」
「そうですか。浮遊してた奴が磁場に縛られてるのって、面白いと思うのですが」
「だからそういうのやめて。なによ、夏だからホラー話? ホラ話っぽいけど」
「ところがホラ話じゃないのです。な。お前は目に見えないだけだよな!」
 木に話しかけてて、怖い。どうしたのかしら、みっしー。パワースポットを通りがかっただけでこれだもの。いや、パワースポットに来てること自体が怖いので、さっさと離れたいところだけど。
「みっしー。もう行きましょ。千鶴子の事務所に早く行かなきゃ、でしょ?」
「もう。理科はこれだからダメなのです。夏の風物詩が目の前にいるのですよ。いつもと違う道を通ろうって言い出したのは理科ですよ」
 キョトン、とする私。
「え? 私、そんなこと言ってないわよ。言い出したの、みっしーでしょ」
「はぁ? チキン理科。怖くてチキン肌になって、なにを言い出すと思いきや。僕のせいにするのですか」
「熱でやられてるんじゃないの、みっしー。もしも私がチキンな臆病虫だったら、余計とこんな場所通るのやめにするに決まってるじゃない。チキンじゃなくても、言い出したのはみっしーだってば。暑さのせいでおかしくなってるのね」
「いや、待つのです。おかしくなってるのは、ここの磁場です。……あ、わかったのです。理科。こいつのせいですよ、絶対。おびき寄せ作戦です」
「おびき寄せ?」
 みっしーはまたさっきと同じ場所に、指を向ける。
「こいつ! この地縛霊! 自分が動けないからって、僕らをおびき寄せたのですよ!」
 キメポーズでみっしーは言った。
「あのね、みっしー。なにか事件を解決した風に言ってるけど、大前提として、幽霊なんていないから」
「いるじゃないですか、目の前に」
「いない!」
「いるです!」
「じゃあ、証拠見せてよ」
「いいですよ!」
 みっしーは、
「ハッッッッッッッッッ!」
 と叫んだ。閃光が迸った。
「見えた! 私にも見えたわ、幽霊!」
「でしょ?」
 ふふん、と鼻を鳴らすみっしーの声。
「正確に言うと、見えたっていうか、見えなくなった」
 …………。
 ……………………。
「みっしー。あんた最初からいないでしょ、ここに」
 …………。
 ……………………。
 そうだった。
 私の家の居候であるみっしーは、ある日、失踪してしまったのだった。
 失踪届を出したけれども、未だ目撃情報はない。
 だから、ここにいるのはおかしいのだ。じゃあ、どの時点からみっしーは私と歩いていたのかしら。千鶴子の経営する事務所にみっしーと一緒に向かっていたハズだし、ここを通ろうって話をしたはず。そうすると、ある程度前から一緒にいたのかしら。
 それとも、話をしてここを通ることになったそのエピソード自体が、妄想?
 あれ?
 っていうか、みっしーが、幽霊?
 いや、まさか。
 でも事実、今現在、みっしーは私の部屋を出て行ったきりだ。
 事実は変わらない。みっしーは、ここにいなかった。
 私は柳の木を見る。幽霊、出てきそう。
「パワースポット……か」
 私は手を合わせて、早くみっしーが帰ってくるよう、祈った。
 もしかしたら私、そうするためにわざわざパワースポットに足を運んだのかな。
 いや、運ばれてきたっていうか。なにかに導かれて。導いた相手が、地縛霊だったら、それは笑えるけど。
「笑えるって、笑えないわ」
 冷笑する。冷たい、笑い。
 唇の片側をつり上げて、私は柳を一瞥してから、その場を去る。
 ある、蒸し暑い日のことだった。

〈了〉
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