第83話 地下金庫

文字数 1,164文字

「どんな話が感動する? お前の場合」
 おれが質問を投げかけると飯島は、
「わからん。むしろわからないからこそ感動するんだろ」
 と、少し哲学じみた返しかたをしてきた。
「逆にこっちから尋ねよう。お前の好きな女の子のタイプってロリ巨乳だよな」
「さらっと口にするなよ」
「だからといってロリ巨乳以外のオンナとは一生付き合う気はない、なんてこたないだろ。口に出してはそう言うかもしれんが、実際に恋愛したら中年のおばちゃんと付き合うことになるかもしれない」
 おれは目を細めて、そんなこと言ってる飯島を冷たく見ていたのだが、、飯島は意に介さない。
「人間なんて、その時になってみないとわからないものさ。今のおれらみたいに」
 おれと飯島は、二人の目の前にある、ばかでかい金庫を眺めた。
「その時にならないとわからない、か。金庫の鍵が開いている今、おれたちは試されている」
 おれは生唾を飲んだ。
「感動するだろ、これ」
 おれは言った。
「馬鹿かお前。中の物盗むのか」
「だってそのためにここまで来たんじゃんか」
 おれは拗ねてみせるが飯島は、
「火事場泥棒にもほどがある」
 と、おれを睨み付けた。
「んじゃ、開けるぞ」
 おれが金庫のドアノブに手を掛ける(巨大な金庫なのだ)。
「開けるぞじゃねーよ。トラップしかけられてたらどーすんだよ」
「その時はその時さ」
 ブザーも鳴らず、鉄製の金庫が開けられていく。
「あれ? なにもない? 金は? おい、金はどこだ?」
 おれは金庫室内の奥にひっそりと、一冊の本が仕舞われていることに気づいた。
「コミックぱぺぽだ。……えろまんが雑誌だ」
 桜色、いや、ピンク色成分で成り立つそのえろまんが雑誌はしかし、一冊だけ、ぽつんと置いてあるだけだった。金庫の中に。一室まるまる使った金庫だぞ。どういうことだ。
「見て……しまわれましたね」
 執事服の初老の男、貝沢が背後から現れ、そう言った。
「貝沢さん。これは一体どういうことなのでしょうか」
 飯島が疑問をぶつける。
「これはお坊ちゃまが読者投稿してはじめて載ったお色気イラストの入ったえろまんが雑誌なのですぞ。今でこそお坊ちゃまはテレビで昼間から放送されるドラマのシナリオを書いておりますが、当時の気持ちを忘れぬようにとお坊ちゃまがこうして」
「おい、帰ろうぜ」
 飯島が言葉を遮って言う。
「ああ。そうだな。ここが火事になったから飛び込んできたのに」
「執事さんがいるなら、こりゃ罠だ。ハメっれたな、おれたち」
 貝沢が泣きすがる。
「お、お待ち下され」
「なに?」
「ここは地下金庫だけに、罠としては落とし穴だということですぞ」
「はあ?」
「落とし穴だけに、落としどころ、つまり『オチ』だということですぞ」
「死ねボゲ」

〈了〉
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