第78話 終末の詩

文字数 853文字

 ある時期、この地球が〈黄金の長い午後〉と呼ばれる、平和な時代に包まれたことがあった。一度だけの話だ。
 そこではあらゆるカルチャーが芽吹き、アートは本当の意味で「みんなのもの」になった。
 そんな中、僕はとある少女を救いたくて奔走していた。
 幻聴に苛まれる、そんな彼女を。
 黄金の長い午後は、地球規模で平和だったが、それはひとの心まで平和に出来たわけではなかった。
 国と国が互いに抑止力になって戦争をやめても、そこには慢性化するいじめが横たわった。大人の事情やいじめも、疑心暗鬼に陥るのに適している。長い午後には、心の闇の夕闇が迫っていたのだ。
 その迫る闇の奥底に、彼女は落ちていた。陥り、幻聴を聞くようになった。
「電気信号」
 と、彼女は言った。
「全ては電気信号が伝わって知覚する。その意味では、わたしの幻聴も現実と同じもの」
 哀しい話だった。
幻聴が聞こえなくなるのは、とても低い確率だ、と医者は言う。だから、幻聴を気にしなくなるその術を見つけるべし、と代案を、医者は彼女に出す。

 平和は人間を食い殺していく。
 平和のはけ口のためにスケープゴートを、人々は必要とした。いじめは増え、幻聴者も、増えていく。
 僕が救いたかった彼女のような子は日増しに増えていった。

 そこに、長い午後は終わり、夜となり、戦争が始まった。
 各国がしたのは、神経ガスによる攻撃だった。神経毒で人類全てが幻聴を発症するところから、戦争は始まった。人間が、機械も自分自身も幻聴でコントロール不可能になった。
 幻聴が支配するなか、でたらめに機械を操作する、醜い戦争が続いた。
 その戦場には「幻聴のうた」が流れ続けた。
 人類みんなに聞こえるその声は、『終末の詩』として、人類史に刻まれることとなる。
 誰がうたっているのかわからない、それは哀しみに満ちたうただった。
 神経毒に犯されて、僕もその幻聴を知覚する。
 ああ、彼女にもこの声がずっと聞こえていたんだな、と今更ながら知って……。


〈了〉
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