第73話 始まりの物語
文字数 1,266文字
休まなくちゃ、と思った。
全てを凍結して。
仕事もなにもかも停止させて。
……追い詰められていた。
見えない敵が迫ってくると感じた。
消えない傷をほしがるくそがきのようなばからしさで、おれはずっと歩いてきた。『消えない』のは己の低学歴にしろ失った恋愛にしろ、人生における全てで。
全てはどうせ消えないわけだから、ほしがる必要もなかったのだ。
手首に包帯をぐるぐる巻いておれは、自分を痛めつけたってなにも得られないのを最初からわかってる。なのになんでこんなばからしいことをしてしまうのだろうと、毎回思いながら傷を付ける。
友人達はみな、エンターテインメントの奴隷だった。
おれがつくる、それと真逆な暗いだけのどうしようもない作品を、けなすだけけなす。
その後、おれの人格をけなす。
おれはそれでまた自傷行為に及ぶ。承認されず自分を傷つけ、また承認を求める、負の連鎖だった。
でも、死ねなかった。
いや、死にたくなんてないのだ。
おれこそが、友人の誰よりもハッピーを求めているのだから。
死ぬことはハッピーじゃない。から、死なない。
友人達は、おれをけなして自尊心を満足させて喜んでいるだけの人間だった。
…………。
……。
「嫌なことを思い出しちまったぜ」
「そんな君に……」
芝生で寝転がって回想モードのおれをのぞき込む女の子の顔。
「バースデープレゼントぉー」
のぞき込む、知らない女の子にプランターを渡された。。
プランターにはハエトリソウが植わっている。
「あ……えっと、どちらさまで?」
「うふふふふふ。通りすがりのテレパスですよー。今の回想モードの内容は、全て聞きました」
「うげ。まじで? てか、テレパスなんているわけないだろ」
女の子は楽しそうに笑う。
「あっは。バレちゃいましたか。探偵です、探偵」
「誰が?」
「わたしが、探偵なんです」
「へぇ。探偵ねぇ。何の用事だ?」
「顧客情報は漏らせませんが、助けに来ましたよ」
「なにを助けるんだ、おれの」
プランターのハエトリソウにかかった蠅が、無残にもハエトリソウに食べられた。
「孤独なんて望んじゃいないでしょ」
「はぁ?」
「採用です」
「なんの?」
「探偵助手の」
「なんで」
「自傷するくらいだから、命がけの仕事も大丈夫かな、と」
「ちょっと待て。誰が頼んだ、そんなこと。おれは頼んじゃいないぞ」
「過去にあなたが出会った誰かがそう望んだのです。世の中、捨てる神だけとは限りません。ハエトリソウにひっかかったと思ってください、この蠅野郎さん」
「蠅じゃねぇ」
「誰かが、引き合わせてくれたんですから。これもなにかの縁です。どうです?」
「あー、そうですか」
面白そう。理由はそれだけ。
おれはこの女の子に、ついていくことに決めた。
この探偵に。
誰が引き合わせてくれたのかは知らないが。
ハエトリソウのように依頼をこなしていくおれと風変わりな探偵の物語の、これはその始まりのお話。
〈了〉
全てを凍結して。
仕事もなにもかも停止させて。
……追い詰められていた。
見えない敵が迫ってくると感じた。
消えない傷をほしがるくそがきのようなばからしさで、おれはずっと歩いてきた。『消えない』のは己の低学歴にしろ失った恋愛にしろ、人生における全てで。
全てはどうせ消えないわけだから、ほしがる必要もなかったのだ。
手首に包帯をぐるぐる巻いておれは、自分を痛めつけたってなにも得られないのを最初からわかってる。なのになんでこんなばからしいことをしてしまうのだろうと、毎回思いながら傷を付ける。
友人達はみな、エンターテインメントの奴隷だった。
おれがつくる、それと真逆な暗いだけのどうしようもない作品を、けなすだけけなす。
その後、おれの人格をけなす。
おれはそれでまた自傷行為に及ぶ。承認されず自分を傷つけ、また承認を求める、負の連鎖だった。
でも、死ねなかった。
いや、死にたくなんてないのだ。
おれこそが、友人の誰よりもハッピーを求めているのだから。
死ぬことはハッピーじゃない。から、死なない。
友人達は、おれをけなして自尊心を満足させて喜んでいるだけの人間だった。
…………。
……。
「嫌なことを思い出しちまったぜ」
「そんな君に……」
芝生で寝転がって回想モードのおれをのぞき込む女の子の顔。
「バースデープレゼントぉー」
のぞき込む、知らない女の子にプランターを渡された。。
プランターにはハエトリソウが植わっている。
「あ……えっと、どちらさまで?」
「うふふふふふ。通りすがりのテレパスですよー。今の回想モードの内容は、全て聞きました」
「うげ。まじで? てか、テレパスなんているわけないだろ」
女の子は楽しそうに笑う。
「あっは。バレちゃいましたか。探偵です、探偵」
「誰が?」
「わたしが、探偵なんです」
「へぇ。探偵ねぇ。何の用事だ?」
「顧客情報は漏らせませんが、助けに来ましたよ」
「なにを助けるんだ、おれの」
プランターのハエトリソウにかかった蠅が、無残にもハエトリソウに食べられた。
「孤独なんて望んじゃいないでしょ」
「はぁ?」
「採用です」
「なんの?」
「探偵助手の」
「なんで」
「自傷するくらいだから、命がけの仕事も大丈夫かな、と」
「ちょっと待て。誰が頼んだ、そんなこと。おれは頼んじゃいないぞ」
「過去にあなたが出会った誰かがそう望んだのです。世の中、捨てる神だけとは限りません。ハエトリソウにひっかかったと思ってください、この蠅野郎さん」
「蠅じゃねぇ」
「誰かが、引き合わせてくれたんですから。これもなにかの縁です。どうです?」
「あー、そうですか」
面白そう。理由はそれだけ。
おれはこの女の子に、ついていくことに決めた。
この探偵に。
誰が引き合わせてくれたのかは知らないが。
ハエトリソウのように依頼をこなしていくおれと風変わりな探偵の物語の、これはその始まりのお話。
〈了〉