第71話 鍵盤フェアリー

文字数 2,041文字

 チックタック、チックタック。
「うー。電子メトロノームの音を聴きながら眠るとか、地獄だよー」
 さっちんの家に遊びに行った流れで、家に泊めてもらうことになったわたしは、メトロノームの音を聴きながら寝るというさっちんの音楽家魂に触れ、早くも不安になっていた。
「やだなぁ、ゆーこ。わたしのは電子メトロノームで『練習しながら眠れる!』ってわけでパーラダイス。睡眠学習最高」
「まじすか」
 本気のひとの言動ってこうなんだろうか、夢に本気のひとの……。
「睡眠学習ってほんとに効くの、さっちん?」
「そりゃー、ずっとクリック音一定のリズムで鳴ってりゃ、自分でも刻めるようになるわよ」
「サイエンスフィクションの世界だよー」
「どこが?」
「人間シンセサイザーになっちゃうからだよー」
「なにそれ、面白い」
 そしてわたしたちは眠りに就く。意外と音が気にならず、わたしも眠ることができた。

 でも、わたしは変な夢を見た。
 いや、夢だったのだろうか。
 わたしは風変わりなリズムゲーム帝国に、さっちんに連れ出されたのだ。ひっぱられて。
 手を引かれて。
 迎え入れられて。

************************

「ふはははははー!」
 発砲音が何発も来る。ビーム砲が飛んで来たのだ。
 ぶつかる! と思って目を閉じた瞬間、さっちんのチュートリアルコーナーが入る。
「さぁ、ビーム砲を避けるには、タイミング良く手元の鍵盤を打鍵するのよ! 鍵盤はミニ32鍵キーボード。メロやコード」を奏でることもできるわよ。以上、さっちんのチュートリアルでした!」
 チュートリアルコーナーのウィンドウが「ピロン」という音と一緒に消えた。
 わたしはビーム砲の向かってくる夜の学校の校舎の中に放り出された。
 クラスの男子のボス、滝沢がゲラゲラ笑ってキーボードビームを発射している。
 ぶつかるのを避けるためには、私もビーム砲を撃って相殺させればいい。
 やり方はさっちんのチュートリアル通りだ。パネルがBPM(びーとぱーみにっつ)を点滅させる。わたしは点滅通り「たかた、たかた、たかた」と三連で刻み、ホログラムを打鍵。すると叩いた鍵盤からカウンタービームが出る。滝沢のビームの相殺に成功。
 デブの滝沢は身体をぶるりと震わせ、相撲取りのような仕草で地団駄を踏んだ。
「さー、反撃よ」
 さっちんのホログラムがモニタパネルに表示される。
「さっちん、どこにいるのよー」
「言ってる暇はないわ」
「えー」
「さぁ、ピアノロールを展開させるのよ!」
 ホログラムのバーチャルキーボードの上に、棒グラフを横にしたようなものが表示された。
 そしていきなりクリック音。
「さぁ、クリック音に合わせて、レッツ・プレイング!」
「さっちんー」
「泣くなゆーこ。滝沢はあんたの下着を盗撮して喜んでるわよ」
「うっそ?」
「ほら。データの入ってる奴のデバイスを破壊しなくちゃ」
「どうやって」
「打鍵するのよ。スウィングするのよ」
「スウィング?」
「いいから。ピアノロールが視覚化してあるから、BPMの中で踊るのよ!」
 擦過音がして、さっちんの映像が消えた。
 わたしはクリック音に耳を澄ませる。
 するとわたしには見えた。ピアノロールの鍵盤に対応した場所にそれぞれそれぞれ滝沢がビーム砲を撃ってきていることに。なら、各鍵盤を打鍵して、リズムよく打ち返せばいい。
 全ての鍵盤は等しく、わたしがリズムとメロを刻むために輝いてる。
 ならば!
 わたしは脳の回転より速く、撃たれたビーム砲を相殺し、その間隔をぬって打鍵する。
「モード奏法。こんなに速くできんの!」」
 さっちんの驚きの声がパネルから聞こえる。
 滝沢は「ほぎゃー」と叫び、デバイスを破壊された。
「ゆーこ、この世界、合ってるみたいね」
 どこからともなく現れたさっちんがわたしに言った。
 今までどこに隠れていたのやら。
「今日はまあ、これでいいわ」
「今日は……、って?」
「実力テスト。……おっと、これは夢オチだから。夢の中でしか、プレイすることはできないわ。でも、夢の中にいるときは、いつでも叫びだしちゃうんだから」
「?」
「お疲れ様。いい夢を」

************************

「と、いう夢を見たんだ」
 起きて早々、メトロノームの鳴る中、わたしはさっちんに言った。
「あー。夢ね。ちなみに滝沢があんたの下着を盗撮してるのはマジだから」
「うっそ」
「でも、破壊したでしょ、デバイス」
「あれは夢の中での話で」
「『夢を追ってみない』? 夢の中で、夢を追うのよ。ピアノロールの鍵盤を打鍵して、わたしたちは戦うのよ」
「それって」
「夢の中の話。夢の中へ行ってみたいと思いませんか? ふふっふー。忙しくなるわよ。夢の中で、だけど」
「でもそれって」
「現実よ。現実の、夢」

〈了〉
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