第65話 らあめんにはにんにくを。

文字数 1,557文字

 春のニンニクゴースト。
 それがおれだ。
 今年の春になってから、無性に活力が湧いてきて、疲れるとチャージしたくなり、一軒のラーメン屋に入ったのが運の尽き。ラーメンにニンニクを大量に入れるのにハマり、備え付けの瓶に入ったニンニクを丸ごとラーメンにぶっかけるようになった。
 もちろん、許されるはずがなく、そのラーメン屋からは追放された。
 なので、それからはおれのラーメン放浪記が始まる。
 孤独のラーメン一人旅。
 住んでる地域が〈ラーメン激戦区〉であるのも幸いした。
 激戦区で食いまくるラーメンソルジャーと、おれはなった。
 ラーメン!
 ニンニク大量入れ!
 ラーメン!
 もはや、ラーメン食ってるのかニンニク食ってるのか、わからなくなってきた。



「おい! これラーメン乗せニンニクじゃねーのか? ああん?」
 店内で不可思議なことを店主に言い、食ってかかるパンチパーマの男がいた。
 残念ながらそれはおれではない。おれはラーメン乗せニンニク肯定派だからだ。
 このパンチパーマ、いかにも脇役といった風情だ。言うことが脇役じみている。
「業務用食品の鬼を舐めんなや」
 意味がわからない。言いたいことがわからない。デフォルトのニンニクの量に憤っていることはわかるのだが。
 パンチパーマはカウンター越しに怒鳴っている。業務用はおまえだ、パンチパーマ。金を店主から巻き上げる業務をする気だろ。
「ニンニクなんかおれに食わせるんじゃねーぞコラ」
「お客さん。うちの店ではこれが普通のラーメンでね」
「んだと、コラ」
「おい! やめろ!」
 店主を殴ろうとするその手を掴み、おれはパンチパーマを睨んだ。
「店もクソなら客もクソだな!」
 パンチパーマが激昂する。
「クソじゃない! ニンニクだ!」
 おれは言った。
「……いや、ラーメンなんすけど」
 店主がか弱い声で言った。
 おれはパンチパーマを殴った。突発的に、だ。
 パンチパーマは椅子を倒しながら吹き飛んだ。
 店の奥の壁にぶつかったパンチパーマの頭上から、ブラウン管のテレビが落ちてきた。
 パンチパーマにテレビが叩きつけられる。ブラウン管は粉々に砕けた。
「ニンニクをバカにするからそうなるんだ!」
 おれはパンチパーマに怒鳴った。
「いや、ラーメンなんすけど」
 店主は控えめにそう言った。
「ふふ、ラーメンとニンニクの組み合わせ、それがおれを活力旺盛にする。おい、脇役パンチパーマ。表に出ろ」
「痛たたたたたた」
 血で額を濡らすパンチパーマ。
 砕けたブラウン管からは煙が立っている。
「いいか、おれを怒らせるな。ニンニクはこの世の全てだ」
「いや、ラーメンなんすけど」
 うんざりした顔で店主は言った。
 パンチパーマはうなだれている。
「ふ。ニンニクは無敵だ」
「いや、ラーメンなんすけど。……お客さん、あんたもそこのパンチと同様、帰ってくれ……」
 ドタバタの様相を呈してきた。いかん。おれは大人しくニンニクを食べるだけでいい。ニンニクで得たパワーは……。
「帰ってくれ!」
 ぶつぶつ言うおれに店主は一喝。

 また、おれはラーメン屋と一軒、悪い関係をつくってしまった。
 パンチパーマは血だらけになりながら言った。
「なにがニンニクだ! くせーんだよ、クソが!」
「クソじゃない。ニンニクだ」
 おれはパンチパーマを睨んだ。
「いや、ラーメンなんすけど」
 おれは今、確実に『激戦区』で文字通り『戦って』いる!
 まさかニンニクパワーでニンニクのために戦うハメになるとは。
「いや、ラーメンなんすけど」
 ふぅ。
 やっぱり激戦区は熱いな。
 店を壊された店主の涙。
 これもまた熱い。
 さすが、……激戦区。



〈了〉
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