第11話 【蕎麦】ととろ蕎麦

文字数 1,470文字

「にゃぁん。やっぱりお布団が大好き……」
 にゃーちゃんが蕎麦殻の枕を抱きしめながら、お布団の中をゴロゴロする。
 わたしたちは今、修学旅行に来ている。就寝時間はとっくに過ぎていて、わたしたちの班、わたしとにゃーちゃん、らーちゃんの三人で部屋を暗くしておしゃべりしているのだった。
「蕎麦殻……好き?」
 眠そうな声を出しながら、らーちゃんは訊く。
「わったしはだっいすきー」
 にゃーちゃんは浴衣を着崩しながらゴロゴロと転がった。
「さ、さーちゃん、は?」
 らーちゃんは首を傾げながらわたしにも訊く。
「わたしは低反発枕かなぁ」
 わたしが応えると、にゃーちゃんは、
「反発大好きアナーキストのさーちゃんが低反発だなんて。にゃっは」
 と、笑い転げた。
「うーん、蕎麦殻枕はアレルギーの人もいるんだよー」
「え? どや顔でそれ言うの?」
 にゃーちゃんにわたしはツッコミを入れられてしまった。不覚。
 ちょっと不機嫌になったわたしは話題を変える。
「ひとは人生のかなり多くの時間を睡眠に費やしてるじゃない。枕って大切!」
 にゃーちゃんもそれには頷く。
「眠ってる間にひとはコップ一杯分の水分を消費するってもいうし」
「うんうん」
「その水分って汗なんだけど、枕に涎を垂らして眠るさーちゃんはもっと水分を消費してるわよねー。にゃは」
「うぅ~」
「さーちゃんの涎入り枕欲しいひと、挙手~」
 と言ってにゃーちゃんは手を挙げ、おずおずとらーちゃんも挙手をする。
「わぁい、わたし大人気ぃ」
 ……わたしって涎を垂らして眠ってるんだ……。
 わぁい、と言いながら涙が出そうになるわたしなのでした。
「こりゃ蕎麦殻とはいわず、さーちゃんの涎蕎麦をゴチにならにゃきゃなりませんなー」
「調子に乗ってぇぇ!」
 と、枕投げが暗がりの中、始まる。
「ととろ……」
「んん? なに、らーちゃん?」
「ととろ蕎麦食べたい……」
「ととの……、ととろ? ああ、とろろ蕎麦ね。すり下ろした山芋の入ったやつ」
 首肯するらーちゃん。
「むぅ。我々はとろろ蕎麦をこれから食べに行くのであります隊長!」
「誰が隊長だ、誰が!」
「コンビニに行くのであります、隊長!」
「もぅ。そんなことしたらダメじゃん。消灯過ぎてるよ」
「隙あり!」
 顔面ににゃーちゃんの枕爆撃を喰らうわたし。
「やったなー」
 むきー、うきー、と騒いで枕投げ。
 しばらくすると三人の浴衣は帯がほどかれ、あられもない姿になってしまっていた。
 と、いきなりつく部屋の電気。
 同時に開くドア。
 鬼眼鏡・佐々木希先生がつかつかと部屋に侵入してきて仁王立ちした。
「あなたら……」
 ううううぅぅぅぅ……、なにも言い返せないし、佐々木先生も怒りながら困ってるみたいだよー。ひー。
「廊下まで蕎麦蕎麦って聞こえてきてたわよ。あなたらねー。高校生としての自覚はないの? 成人・社会人になるのも近いっていうのに」
「ごめんなのだー」
 佐々木先生に泣きつくにゃーちゃん。
「はぁ……」
 ため息の佐々木先生。
「教員の泊まってる部屋に来なさい。“ととろ”蕎麦もあるわよ。それ食べてとっとと寝なさい。他の部屋の子たちに迷惑です」
 やった、と口を開く前に、
「他言無用。声を荒げるな、ととろ涎ちゃんたち!」
 と、ニヤリと佐々木先生は微笑んだ。
 絶対会話、聞いてたわね……。恥ずかしい。
 でも、いーや。ごちになります。ご注文は“ととろ”蕎麦です!
 修学旅行、いい思い出が出来そうだわ。

〈了〉
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