第4話 文具

文字数 3,465文字

 博士は叫んだ。
「できたぁぁぁ! 新発明じゃああぁぁ」
「出来ましたか博士!」
 助手も嬉しくなり、手を叩いた。
「で、次はどんな文具をつくったので?」
「ふむ。いいか、よく聞けよ助手。新しい消しゴムじゃ。消しゴムなのじゃが、シャーペンのようなフォルムで、中にシャーペンの芯ではなく、消しゴムが入っておるのじゃ。で、シャーペンのようにノックすると、消しゴムが徐々にその姿を現す。四角い消しゴムの時代は終わった。これからはこの、シャーペンのような消しゴムが世界を席巻するじゃろう」
「博士。それ、すでに文具店に売っていますよ」
「なんじゃとッ」
 助手はため息をつく。やれやれ、と肩をすくめるジェスチャーをする助手に、博士はイラっとする。
「嘘じゃ嘘じゃ。発明は他にもある」
「でしょ! 今のギャグっしょ!」
「そう言われると本気でムカつくが……」
 博士は鍵盤を研究室の机の上に置く。
「ふむ。実は新奇なシンセサイザーをつくった」
「もはや文具じゃないですよ博士」
「まあ聞け」
「はい」
「なんと、シンセサイザーなのに、人間の声が出るのじゃ」
「なんかすごくイヤな予感がしてきました」
「人間の合成音声で歌を歌ってくれるのじゃ。それだけじゃアタック感がないから、声は人気女性声優さんの声をしようしておる。これで宅録音楽業界はわしのもんじゃ! ぐっへっへ」
「あの……、マジで訴えられますよ、いろんな方面から」
「なんじゃとッ!」
「もうそれありますから。お店に売ってますから。あと、それは文具じゃないですからね!」
「関連商品で儲け……」
「ホントそれ以上はやめてください。この小説が審査通らなくなりますから」
「ふむ。嘘じゃ、嘘。本当は違う、凄い発明があるのじゃ。カモン、とかげ三号!」
「いえすっ! マイロード」
 うぃーん、うぃーん、という機械音を鳴らして、人型ロボットが研究室のドアを開けて、廊下から入ってくる。
「ふふふ。彼には廊下で待機してもらっていた。キミを驚かそうと思っていてね」
「ていうかさっき廊下ですれ違いましたが。挨拶を交わしましたよ、僕。彼、エナジードリンクを自販機で買って飲んでましたけど……」
「ふむ。その彼こそが私の発明した世界初のオッサン型文具ロボット・とかげ三号なのじゃッ!」
「な、なんですとォォ!」
「ふふ。見るがいい。お手」
「わん」
「お座り」
「わん」
「てぃんてぃん」
 ズボンを脱ごうとするが、そこは助手が止めに入った。
「……と、まあ、こういうわけじゃ」
「いえすっ! マイロード」
「博士。まじロボット作っちゃったんすね」
「そうなのじゃ。しかもこのオッサンロボット・とかげ三号は、純粋なる『文具ロボット』じゃということを、声を大にしていわねばならん」
「文具ロボット、とはなんですか、博士」
「ふむ。彼は、このオッサンは文具なのじゃ」
「そんな哲学的な命題っぽいのを主張されても困ります」
「文章を書きたいとき、キミならどうする」
「そりゃ、ノートとペンで書きます。またはパソコンとかMacとか」
「ふむ。そうじゃろう。書くに際し、ネタが浮かばなかったらどうする」
「考えますよ、そりゃ。この研究所でも、僕、寝ないで考えること多いですもん。徹夜してカップラーメン食べながらネタっていうか新しいアイディア浮かぶまで唸りながら考えますよ」
「ところがじゃ!」
 博士はとかげ三号の背中を叩く。とかげ三号は「いえすっ! マイロード」と、オッサン特有の野太く低い声で喋った。
「このロボット・とかげ三号は、文具いらずで、人型ロボットじゃから自分の手でペンを持ち、紙に文章を書く。しかも、じゃ。ネタをこのロボット自身が考えて書いてくれるんじゃ!」
 博士が叫ぶ。助手は「ほへぇ!」とたまげる。とかげ三号は、
「いえすっ! マイロード」
 と、不敵に笑った。
「さっそく、彼の性能を確かめよう」
 博士はとかげ三号の目を見て、
「冬コミ用の同人誌を描くのじゃ、とかげ三号。うんとえろっちぃ奴をな!」
「いえすっ! マイロード」
 椅子に座り、ズボンの中から『マル秘ネーム用ノート・見ちゃダメ』と書かれたノートを取り出すとかげ三号。まんがを描くために、まずはネームから始めるのだ。
 ザザザザッと高速でなにかネームを描いていくとかげ三号。驚くことに彼のCPUはPC98並の演算処理能力を持っているのだ!
「うーん、うーん」
「博士。このオッサンロボ、なにか悩んでますよ」
「ふむ。産みの苦しみ機能じゃよ。創作は、悩みながらつくるものじゃ」
 それから二時間後、とかげ三号はネームを完成させた。
 待ってましたとばかりに、マンガ用原稿用紙を博士はとかげ三号に与えた。
「まずは表紙のイラストを仕上げるのじゃ。同人誌はぶっちゃけ表紙の絵さえどうにかなれば売れる可能性が高いからじゃ!」
「いえすっ! マイロード」
「このとかげ三号はPC98並の優れたパワーを持っておるから、16色同時発色の美麗グラフィックもお手の物なのじゃよ」
「凄いんだか凄くないんだか……」
 口を開けて助手は博士と一緒にとかげ三号を見守る。
 下書き。ペン入れ。実にスムーズに進む。ペン入れを終えたところで、とかげ三号は背伸びをして、作業を中断する。
「博士。こいつ、休み始めましたよ」
「インクが乾くのを待っておるのじゃ」
「なるほど」
 とかげ三号は背伸びしたあと、椅子を立ち、研究室に備え付けの冷蔵庫を開けた。ビールの缶を取り出す。それから戻り、椅子に座ると缶のプルタブを開け、ビールを飲み始めた。
 缶を一本開けると、また冷蔵庫へ。今度はビールを三本取り出し、全ての缶ビールをを飲んだ。
「い……いえすっ! マイ……げっぷ」
 良い感じに酔っ払ったとかげ三号は、研究室のテレビをつけた。リテナディスプレイでキレイなテレビだ。
 助手は見てられないと思い、博士の方を見る。
「は、博士……」
 頷く博士。
「これは実験なのだから、見守るのじゃ」
「はい」
 テレビをつけるとニュースがやっていて、キャスターが喋っている。それを少し見て舌打ちしたとかげ三号は、リモコンでチャンネルを変える。お笑いコント番組がやっていた。
 コントをゲラゲラ笑い観るとかげ三号。約一時間後その番組は終わる。と、とかげ三号は壁掛け時計を見た。時間はもう深夜帯だ。とかげ三号はニヤリと笑って、チャンネルを変えた。
 変えると、えろい番組がやっていた。深夜帯だからだ!
「博士、こんなロボットの言動なんて、見てられません」
「耐えるのじゃ」
「……はい」
 えろい番組が終わるとテレビを消し、とかげ三号は原稿に向かう。が、手の動きが止まる。スランプかと思われたがそうではなく、気分が優れないのであった。そりゃそうだ、おつまみなしで、しかもハイペースでビールを飲みまくったのだから。
「い、いえすっ! ま、まい……おえぇぇぇぇぇ」
 表紙になるはずの原稿に、嘔吐するとかげ三号。助手はそれを見てあきれるが、博士は、
「リアルじゃろ」
 とだけ言った。その声は震えていた。
 吐いたとかげ三号は、ポケットからスマホを取り出し、ツイッターのアプリを起動させ、
「嘔吐なう」
 と呟いた。つーかこいつ、アカウント持ってるのかよ! と助手は心の中でツッコミを入れた。
 だがそこで、とかげ三号は動きを止めた。
 どうしたのだろうと博士と助手が訝しげに見ていると、とかげ三号は、
「帰りたい、帰りたい、帰りたい。田舎のおふくろのサバカレー、食いたいよ……、おふくろ……」
 と、ぶつぶつ言っている。そして自分の吐瀉物まみれの原稿をぐちゃぐちゃに丸めて、ゴミ箱に捨て、泣き出した。
「やぱおれ、漫画家なんて無理だよ。みんな冷たいしよ。世間は冷たい……。なんでおれは認められないんだ。田舎のやつらを見返したかった。その気持ちだけでやってきたけど、おらぁ限界だ……」
 泣きながらとかげ三号は語ると、研究室のロッカーから荒縄を取り出し、入り口のドアノブに掛けた。
「……博士」
 助手は目を細めて、博士を見た。
「ふむ。今までのこれは、見なかったことにしよう」
「はい」
「助手よ」
「はい」
「ブラックユーモアって、審査通るんか」
「さぁ……、知りませんよ僕、そんなこたぁ。それより、もう帰りましょ。僕ら、家も家庭もあるし」
「そうじゃの」

〈了〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み