第23話 設計者の針【虫杭4】

文字数 4,230文字

 金がないから3Dプリンタで墓を建てたのが、ちょうど十二支が一回りするその前の出来事だ。
 生まれた町を離れて、数年を経て田舎、実家に戻ってきた時にはもう、町を離れて都会の毒にあたる前の僕はもういなかった。
 だから、昔の僕自身のために、僕は墓を建てたのだ。安い3Dプリンタを買ったけど、それで充分だった。
 プリントする前の、設計図となるデータ。
 それは僕が自作した。
 僕はずっと「その道の」職人になろうとしていたのだ。よって、すぐに設計は出来た。
 とはいえ、三年間掛けてつくったんだけども。
 ……それから僕は、自分の墓の、墓守を始めだした。十二年前に戻って来て、三年掛けて作り終えて、それからずっと。

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山小屋みたいな所。
僕は高山植物が咲く高くて岩石がごろごろした場所にある山小屋を寝床にしている。
ログハウス? そんな洒落た名前とは無縁なほど、丸太はよく軋んだ。
そんな場所だ。
一から物をつくるは大変なことだ。僕は僕の墓に、いろんな物を叩き込んだ。いや、練り込んだ。大変だった。
だけど、それは僕自身にとっては全然関係のない話なんだ。
 誰もわからない、またはわからなくていい物を、そこには詰め込んだから。
 都会から帰ってからの三年間を費やしてまでつくったそれは、自分がずっと守って生きていくには、十分すぎる出来映えだった。
 住んでいるこの高い場所では畑がほぼつくれないので、かなりこの山を下った地点で、野菜などを育てている。
動物捕獲用のトラップもね。
あとは釣りをして川魚を捕る。クマに注意? クマは僕だ。僕はクマみたいな体格をしている。
そもそもなにも知らないで、この土地に住んでいる。
山小屋だって、誰も住んでいない吹きさらしだったところを補修して、勝手に使っているだけだ。
いい加減な僕だった。
 十二年。僕はずっと、いや、どんどん、徐々に人間離れしていった。
 日照りも雨も、そして高山には危険な雷も、経験するにつれて平気になっていく。仮面を常につけてたような表情が貼り付いて。
 ポーカーをしないポーカーフェイス。
 初期の人工知能のような、ロボットそのままの思考。
 ここに書物はない。
 あるのは食物連鎖だけだ。
 残念ながら、ガイア理論が本当だとして、地球が生きていて地球に理性があっても、そこにある『理』はきっと食物連鎖だ。
 だから僕らはそれに従うか抗うかしかない。時と場合によって使い分けて。

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「下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ」
「しつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこい」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ」
 耳にこびりつく声。身体を洗い流せば消えるのか。
 単純なメロディをつい覚えてしまったかのように、いつも知ってる誰かの性質とセットになって、過去の様々な出来事が僕を苦しめる。
 書かなければ良いのか。誰かが僕に「全部消せ。お前の書いた文章を」といろんなタイミングで脅迫してきたい日本にだって言論の自由があるのは嘘っぱちなので、圧力をかけて『言説ではなく現実で』、僕は社会的に殺されてしまった。
そして僕も反撃がしたくて……でも、なにがしたかったんだろう。とにかく僕は、病院に収容され、自分の墓の設計のためのプランを立てた。
 三年の月日を掛けて。
 その間も、僕を『壊した』奴らは、やたら社会的に強く、しつこくしつこく圧力を掛けるのだった。
 僕は疲れた。
 だから、最後の仕事(趣味?)になるかもしれないことをし出して、それが結実した。
 具体的には、自分の墓をつくって、その墓に毎日出かけていって、お参りすることにしたのだ。
自分で、自分に、お参りする。
参るぜ。
 僕は墓標を建てた。田舎に帰ってきて、十二年の歳月が過ぎた。
たまには気晴らしを、と考えるヒマもなく、暇が続く。ここにはなにもなく、だから思い切りエゴイストになっていられるのが実感できる。
 僕にはなにもしゃべらせず、語らせず、語ったところで「お前に価値はないんだ」という意見を押しつけ、わからせるため、人々は僕を封じ込めるための様々な手管を使ってきた。
「読む」「感動する」より「自分が書く」ことを、書けるだけの力もないのに選び続け、走ってしまうこの僕に、お灸を据えるため。
 最初、生まれた町で過ごしていたあの頃の、どこかの時点で時空の針がねじれてしまったようだ。
 僕はいつしか、まるで老人であり、同時に赤ちゃんでもあるかのような存在になってしまった。
 誰も、助けてくれない老人。
 または。
 誰も、助けてくれない赤ちゃん。
 だとするのなら、この自分の墓は、胎内回帰願望そのもので、それを望んでいるからつくって、拝み倒しながら守っているのか。

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「ふぅ、つい、ひとりごとを」
「すっごく無駄な話をありがとう。全然わたしに、通じなかったわ。つーじないー」
「…………」
「通じ合えないそんなあなたに」
「あなたに?」
 今、僕は誰としゃべっているのだろうか。
 まるでさっきからここにいたかのような。
 まるで、旧知の間柄かのように。
「期間限定! 『痛輪(つうわ)』で『痛話(通話)』できるようにしてあげたのだぁ」
「のだぁ?」
「申し遅れました」
小学生高学年くらいの女の子が、山小屋の丸太からスカート翻し飛び降り着地して、ぺこりと頭を下げた。
その姿はカモノハシに似て見えたが、そう見えるのは僕くらいのものだろう。
可愛い女の子だ。
「わたしはラッシーちゃん。『説記(せっき)』の時代を抜け出せるよう、変格活用で変革中よ」
「ふむ。わからん」
 そもそもこの少女、人間なのか。わからない。僕にはわからない。
 どこかで「文字情報を収集してはじき出された人工知能、または魔法がそのまま具現化しているだけの被造物」に見える。
 勘でしかないが、人間ではない胡散臭さを放っているし、それで放たれたなにかで、僕自身の言語も乱れてくる。
まずい。僕には僕の。
「あ……」
 押さえきれずに少女に飛びかかろうとし口を大きく開けると、それがスイッチを押した役割かのようになって、少女は消えた。
そこには誰もいなかった。
目の前には、僕の墓が、でたらめに存在しているだけだ。
実際、デタラメすぎるだろう。
時計の針は止めた、と思った。
止めながら、ずっと自分を見ていた。
この山の中で。
でも、人間だから、止まるはずはなかった。生きているのだから。
……違う。
やめることはできる。
が、僕は。
辞めることが出来なかった。
「これが『痛』『輪』(つうわ)、なのか」
誰も答えない。答えてくれるひとはいない。
僕もまた、いつも通りの墓守に戻る。
なんて。
全く守れてないな。今日みたいな日だって、これからもあるんだろう。
「あったって、どうしようもない」
防げない。僕は独り者だから。
独りじゃないなら、じゃあ、止めて、辞めるのか。
僕自身が望んで?
針は進む。
選択肢は秒針の上を滑空するのだ、いつの日だって。

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 自分が住むここは、いつも空気が薄い。目眩を起こしやすいここでは逆に、まばらに咲いている高山植物の中でも、花、……もっとも、僕はひとつとして名前を知らないが、そういった花の姿を眺める時、必要以上に美しく見えた。子供の頃読んだ図鑑よりも、目眩の中で見かける花は素敵で鮮やかで、だから手折ることは出来なかった。
 ……僕は『設計図』を『描こう/書こう』としてきた。書く修行のために生まれた町から離れたのは、最初から決められていたことかのように思えた。
そして挫折し、生まれた町に帰ってくるのも、頭の回る人たちがそうしてきたような陰謀論じみた考えとか、または馬鹿みたいな僕が思いつく限りでは、絵空事と現実がくっついたとかの、その結果のように思われてならないのだ。
 要するに、「全ては仕組まれていた」と。
 でも、ひとつだけ言える。僕は生まれた町に帰ってきて、墓……モニュメントとなるものをつくった。モノリスじゃないけど、イメージ的にはそうなるように、色々墓に練り込んでみたのは先に述べた通りだ。
そして、それを自分が朝日が昇るとともに毎日、眺めに来て、飯を食って、それで満足し、墓守になったつもりでいる。
 どうやらあの少女の姿が見えなくなった後も、僕はまだ、一方的に彼女の『輪』に入って『痛輪』しようとしているらしい。
 だが、本当は知っている。あの女の子。ラッシーというカモノハシみたいな女の子のことを。
 わからない。
 でも、知っている。
 知識としては、知っている。
 が、わからない。
 そういう『職業』の、女の子だった。ラッシーちゃんは。
 生まれた町を離れて住んでいたあの街では、有名な職業、その職業にあのラッシーが就いていたのは、見ればわかる。
それくらいの目ならば、僕だって持っているんだ。
もったいぶって話そうとしたその職業名は本当の『物書き』、……即ち『刃偉者』。文字通りグレートなソードを使う文豪、いや、剣豪。いやいや、文豪なのか。
 あの子はさしずめ刃偉者の娘、『文豪ミニ』ってところか。
 まあ、いいじゃないか。語れば語るほどベタなファンタジーを語っている気分になる。
 ここでは時計の針はネジレ曲がっていて、僕はそんなここにいる。
今日もいるし、明日もいるだろう。
……僕は墓守。
終わった人間だ。
おわり
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