第5話 【304号室】多元宇宙の304号室

文字数 1,928文字

 多元宇宙、という考え方がある。ようするに、宇宙が並列していっぱいあるんである。
 で、神様にとってのこの宇宙は『304号室』と呼ばれていた。まあ、304番目の宇宙なのだろう。
 なんでこんな話をしているかというと、おれが住んでるマンションの304号室を出てみたら、宇宙の外側に来てしまったからだ。
 宇宙に外はあるのか、という問いには、ある、としか言えない。とりあえず、変な空間に出てきた。能力を得てしまったため、11次元の時空を感知できるようになり、時間すら空間的に把握出来るようになっていた。そのうえで、マンションの渡り廊下で脳内に話かけてくる声。
「わりぃ、ミスった。宇宙の外に放りだしてしまったよ。ははは。え? わし? ごっほん。わしゃ、神様じゃ」
 うん。おかしい。おれは自分の部屋の304号室に戻ろうとドアノブに手を掛けた。
 が、オートロックが閉まっていた。鍵は指紋認証なのだが、開かない。
 神様は続ける。
「君は304号室の宇宙に住む人間。しかし、宇宙の外に来てしまった以上、君はどの星の人間より上位の位相空間を見る能力を得てしまった。もう戻れん」
「じゃあ、どーすりゃいーんだよ」
 口に出して言ってみた。
「表へ出ろ」
「喧嘩するときの台詞みたいだな。やだよ」
 脳内に響く言葉に反抗してみる。
「嫌だと言われてもな。他の部屋も違う宇宙じゃ。部屋のひとつひとつが宇宙になっておる。表へ出て、管理人室の建物へ来い。待っておるぞ」
 勝手に決められてしまった。
 外を見てみる。その景色は、景色なんかじゃなかった。
 うじゃうじゃと「宇宙が生まれている」のが〈わかる〉。部屋は増殖していくのだ。
 上を見上げると、天まで届くほどのマンションになっていて、それがそのうじゃうじゃ生まれる宇宙を収容して高くなっていく。
「マンションの自動生成システムじゃ」
「うっさい」
「早く来い」
「わかった」
 なんだかおれも神様とやらに興味が出てきた。おれは一旦、一階のエントランスへ向かう。
 向かう途中も、上位次元を把握出来るようになったからか、ここが宇宙の外だからか、気持ち悪い。エレベータなんて気の利くものはないので、階段で。
 すれ違う他のひとはいなかった。
 エントランスを抜けて、管理人室の建物へ。
 ネームプレートには「神様」と書いてある。ほんまかいな。
 こんこん、とノックすると、
「開いておるぞ」
 と脳内に響く。
「脳内に話しかけんな」
「だってその方が神様っぽいじゃろ」
 理屈をこねる声を無視してドアノブを回す。
 ……開けたあと、おれはびっくりした。
 そう。
 そこにいた神様。
 それはおれだった。
「マジで? 鏡じゃないよね」
「鏡なんかないわい」
「だから脳内に話しかけんな」
「だってその方が神様っぽいじゃろ」
「黙れ。ってか、おれって神様だったの?」
「ちゃうわ。君の中のイメージでは表せないので、自分の顔が見える仕様になっておる」
「なーんだ」
「それだけか。すごいとか思わんか。神様じゃぞ」
「だから脳内に」
「だってその方が神様っぽいじゃろ」
「で。部屋に戻りたいんだけど」
「部屋ってか、宇宙なんじゃがな、自分のいた」
「ふむ」
「よかろう」
「帰れるのか!」
「無理じゃ」
 だが、マンションの敷地の外は〈時空が存在しない〉のだ。言い換えれば、なにもない、ということ。どうする。
「実は君の宇宙は304号室と、結構番号的には古い階層にある」
「三階の四号室って意味だもんな」
「そこで、じゃ」
 嫌な予感がした。
「君の宇宙を潰すのも時間の問題でもあるし、どーせ消えるよりここにいた方がいいじゃろ。な。管理人になれ」
「管理人に? 神様ってこと?」
「すごいことじゃろ」
「あんたはどーすんのさ」
「わしゃ元々初代を引き継いで205号室から出てきて流れのままこうなってしまっただけじゃ。君とおんなじじゃ。多元宇宙がバグっただけ。わしゃ戻る」
「どこへだよ。そのぶんじゃ鍵もないんだろ」
「わしが君と言うことは君はわしなのじゃ。合体して、その若さからやり直す! 君に戻るのじゃ」
「合体……って、うひー」
 おれに押し倒されるおれ。
 そう。アンドロギュノスというふたりでひとつの完璧超人伝説とは、神様……この管理人の存在の証明として語り継がれていた神話だったのだ。
 かくしておれは新しいおれとなり。
 衰えたおれの半分がいなくなったあと、おれはまたバグって新しい〈おれ〉が現れるのを、待つことになる。
 これはそういうお話だ。
 わけわかんねーだろ。大丈夫。おれもよくわかってない。


〈了〉
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