第12話 【蕎麦】モノノケ蕎麦

文字数 1,935文字

「あーさーだーよー」
 身体に響く鈍い音が僕の体内で鳴る。思わず吐きそうになって目を見開く。
 うぎゃぁ、と僕が呻くと相手は満足し、僕のベッドから飛び降りた。
「おはよう!」
「……元気いいなぁ、ったく」
「そんな台詞は聞いてない。返す言葉は?」
「お、……おはよう」
「よし!」
 なにがよし、なんだ? 全くこいつはいつも通り朝から元気がいい。
「幼なじみの私が毎朝学校に行く前に起こしに来てあげてるんだから感謝しなさい」
「そんなライトノベルでも絶滅危惧のテンプレだよ……」
「ああん? テンプレなのはみんなの憧れだから! つまり、あんたはラッキーボーイってわけ。みんなの憧れの的よ」
「幼なじみっていうのがお前じゃなけりゃな」
「お互い様です」
「あ、はい……」
 こんなやりとりをして、僕と、迎えに来てくれたみめみんは一緒に家を出る。

「みめみん。お前はホント足が速いな」
「ふん。あんたの足が豚足みたいだから動きがのろいのよ」
「ひでー言いぐさ」
「のろまな亀め!」
 僕らがいつもの道を歩いていると、十字路のカーブにさしかかった。
 先の方を歩いているみめみんを追いかけて僕が小走りになると、案の定というか……。
 十字路で横から走ってきた美少女と激突した。
「ぐはぅ」
 尻餅をついた僕が相手を見ると同時ぐらいに、僕は頭からどんぶりをかぶるはめになった。頭上からどんぶりが落ちてきたのだ。
 そしてぶつかった美少女も倒れたが、手には箸を持っていたままだった。もう片方の手でめんつゆの入ったお椀を持っていたらしく、それがアスファルトに落ちて割れてしまっていたけれど。

 アスファルトにこぼれ落ちるめんつゆ。
 僕の頭上のどんぶりからは、蕎麦が垂れてきた。顔面蕎麦塗れになってしまった僕なのだった。
「ご、ごめんなさい。急いでいたもので。はしたないですよね、蕎麦を大量に茹でたからって、どんぶりに入れて食べてたりしたら」
 蕎麦が微妙にぬめぬめして、頭が気持ち悪いことになってしまっている。僕は「うひー」と呻く。
 そこにみめみんが駆けつけてきて、
「そこの美少女。朝から食べ歩きなんて、罰金ものよ! バッキンガム!」
「いえ、ガムじゃなくて、蕎麦」
「ち、ちがっ! う~~~~。ダジャレを理解出来ない奴嫌い~~~~」
「え? そうなの?」
「お前は黙っとれ!」
 みめみんに足蹴にされる僕。踏んだり蹴ったりだ。そのままの意味で。
「すみません。時間がなかったものですから。蕎麦を食べながら走っていたのです」
 立ち上がった美少女はぺこりと頭を下げる。
「あの。聞いていいかしら」
「ええ。どうぞ」
「うちの学校への転校生でしょ」
「はい」
 蕎麦キャラの予感がした。蕎麦キャラっていうか、蕎麦ガラ、かな。

 ……と、思ったらホームルームでの紹介後、僕とみめみんと同じクラスに編入されたかと思うと、美少女は蕎麦殻の枕で眠りはじめた。ホームルームでは
「そろばんが得意です。そばとそろばん」
 と、自分で言って自分でウケていた。もうわけがわからない。

 休み時間。
「きっと蕎麦オタクのダメな奴だと相場が決まっている、なんて思っていません?」
 美少女が僕の心を読んでからかう。
 確かに。僕ならそう考えそう。そばとそーば、ね。
「気づきませんか。蕎麦のダジャレが続くなら、次は『あなたのおそばにいます』という言葉が出るのではないか、と」
「?」
「危ない!」
 僕が後ろを振り向くと、クラスメイトの田中くんが犬歯をむき出して僕に噛みつこうとしてきていて、
「真・蕎麦打ち・改ッッ!」
 と叫んで蕎麦美少女が蕎麦の麺で田中くんを首ちょんぱした。
「どうやら、間に合ったようですね」
ずしゃりと倒れる田中くんだった、もの。
「これは一体……」
「この街がモノノケに支配されたのです。奴らモノノケは『指定アレルギー食材』の中でも強力な『特定原材料七品目』でしか倒せません。なので、我々が戦わねばならないのです。この田中くんもモノノケ化していました」
 七品目。
そば、落花生、えび、かに、卵、乳、小麦ってことか。
 そっか。僕の家は兼業だけど小麦農家をやっている。戦えるってことか。
「うひいいいい」
 話していると、今度はみめみんが襲われている。助けに行かなくちゃ。
「事情は飲み込めたよ。こういう、マンガみたいなのに憧れてたんだ」
「適応が早いですね……。それでは、ともに戦いましょう! 私はいつもあなたのそばにいますから。あなたは戦いの鍵となる人物だから」
「うひいいいい」
 悲鳴の方向へ僕らはダッシュする。さぁ、モノノケ狩りの始まりだ!

〈完〉
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