第21話 在処【虫杭2】

文字数 2,206文字

 僕は草刈り機で草を刈っていました。
 町内会で一ヶ月に一回、当番が回ってくるからです。
 んなもんは、もちろん僕はこれまで出ないで過ごしてきたのですが、弟が体調を崩しているので仕方ありません。
 ギュオォォン、という独特な音と、たまに間違って草ではなく小石をはじき飛ばす音、そして蔓草に絡まって草刈り機が動かなくなるのと戦いながら、こうやって僕が月一町内会イベントに出ているのです。
 草を刈ってても面白くないなぁ、家に帰って日曜朝アニメを観たいなぁ、としょんぼりしていると、いかついおっさんが缶コーヒーを持ってきたようです。
 気づいたのは、草刈りしている僕のズボンに、思い切り張り手をかまして強制的に気づかせたからです。
  僕は草刈り機のエンジンを止めました。
「おう、ボーズ、飲めや」
  おっさんはまるで酒の席かの如く言いました。
 町内の草が伸びているところを刈っていたのですが、ちょうどいい大きさの岩の上に腰を下ろし、僕とおっさんはコーヒーブレイクすることに。
 おっさんの名前はジャズアニ。ユニークなニックネームです。名前の由来がありそうですが、町内の人の名前を僕は知らないし知りたくもないし、ニックネームで名乗ってきた意味もわかりません。
「ボーズ、見ない顔だな」
「ええ」
  若干引き気味に僕は頷きました。
 僕はニートに近いのです。が、「見ない顔」なわけがないので(コンビニくらい行きますし)、微妙な距離感で僕も頑張って話をしようと試みました。
「おっさ……ジャズアニさん。あなたと話をこうやってするのははじめてなのですが」
「気にすんなや」
 おっさんの方から話を折ったようです。
「それよりボーズ、お前は髪の毛ぐしゃぐしゃだし、目やにがついてるぞ。風呂に毎日入ってんのか。朝、身支度とかしねぇのかよ」
「いえ、いつも家に引きこもってますから」
ジャズアニは腕を組んでしかめっ面しました。
「世の中には良いニートと悪いニートの、二種類のニートがいる」
 ニートって単語を今も使うのか情報に疎い僕は知りませんが、からかう気が満々になったので、
「ええ、僕は悪い方のニートです。NEED のない NEET です」
 と、挙動不審に、ぎこちない手振りそぶりでダジャレを飛ばしました。僕は最悪なのです。
「てめぇよ、そういうのがいけねぇってんだ」
「ど……どういうこ、こ、こここと……ですか」
 言葉に詰まります。正直怖いです。からかうつもりが逆にダジャレで冷や汗かくし。
近所に住んでいるというおっさんに恐怖している自分が情けないですが、そもそもひきこもりでありながら、これで僕が自信家だったらおかしいでしょう。
自信とプライドとひきこもりは密接な関係にあるのです。頭が混乱しそうです。
「おれもこんな偉そうなこと言ってっけどよ」
「あ、いえ、もう結構です」
 僕は草刈り機が町内会貸し切りなのを確認し、指定の場所に草刈り機をしまい、座っていた岩に缶コーヒーを置いて立ち去りました。
 てっきり自分の高尚なる人生訓を聴いてくれると思っていたおっさんは呆然と口を開けていました。
逃げる、といった方が正しいのですが。
どのみち、僕は立ち去りました。
冷静な風を装って逃げ出したまではいいのですが、家に着くと。
そこには。
 あるべき僕の住む家は存在していませんでした。
 おやおや、道に迷ったか、と嘯いて周りを見渡すと、そこは『なにかがヘン』なのでした。
なくなった、僕と僕の家族が住んでいた家は今、空き地と化しています。
 僕は空き地敷地内(僕の家の土地ですが)に侵入、隣の家と繋がる壁を蹴飛ばします。
 隣の家も、なにかがヘンだったから、確かめる必要があったのです。
 僕が隣の家の壁を蹴飛ばすと、バリリッ、という音と友に、壁が破れました。
 コンクリートブロックだと思い込んでいたそれはベニヤ板だったのです。
 咄嗟に、その場で拾ったコンクリートブロック状のベニヤの箱を手に掴み、空に向けて投げてみました。
すると。
天井が壊れ、空に穴が空きました。
びっくりする間もなく、四方八方のベニヤは全てなぎ倒され。
完全に自壊しました。
自壊したそこから見えた景色は枯れた木と落ち葉が敷き詰められた、杜のような、いや、森や林のような、人里とは無縁の地でした。
誰もいない。ここは?
場所自体はわかっている。ここは住んでいた町だ。
人里離れ……いや、それ以前に世界に人間なんて存在しているのでしょうか。今、気づいたのですが、僕が戻ろうとして草刈る場所場所から歩き出した時からひとがいないのです。
 人間は、視点人物である僕だけなのです。
 音?
 香り?
 触れた感触?
 それらは同時に『どうにか知覚しようとすればどうにかなるもの』でしかないのです。
 …………さては、『強度歯科』たちの仕組んだ……、うん、ニートの僕には関係がない話か。
ニートがこの時と次元の狭間の歪みに干渉するなんてばかげているならば、僕の現実の在処なんてなくても結構だし、現実の在処なんて僕は信じない、と思いましたが、別に信じなくてもこの現実は続くのです。
おわり
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