第77話 終わりなき旅

文字数 2,337文字

 竜殺しには二種類いる。武術で殺す者と、魔術で殺す者。
 竜殺しは、法律上の厳しい手続きを経なければその職務を全うすらできない。が、ゴーサインが出たところで、生存帰還率が極めて低い職業であった。
 なのになぜ、ひとは竜殺しに憧れ、竜殺しになろうとするのか。
 それは、竜は不死身のものであり、その存在が『不可侵』のものであるから、というのが大きいだろう。殺せないのに殺すとはなにか。神聖で不可侵なものに踏み込むとはどういうことなのか、
 全てが謎だった。少なくとも、おれには。だから、関係のないことだと思っていた。
 まさかおれの住んでる家の風呂場で、ドラゴン娘がシャワーを浴びてるトコロを目撃するまでは。


「シャワーお貸ししていただいてますん」
「…………」
 顔面にシャワーのお湯を喰らう。
「ごめんなさい!」
 おれはそう言ってからシャワー室の扉を閉めた。
 脱衣所がないシャワー室。普通にはいってしまった。気づけば服が脱ぎ捨ててある。
 って、「ごめんなさい」じゃねぇよ、なんでおれの方が謝っちゃってんの。ここ、おれの部屋なんだけど。
 じっと待つ。三十分経った。
「目を閉じててくださいますん!」
 シャワー室から出てきたドラゴン娘が着替えを済ませる。
 目を開くと、おれのタオルで髪の毛を拭きながら、そいつはおれのいる空間へやってきた。
「変態!」
「なんで」
「覗き見したですん」
「おれの部屋だぞ、ここ」
「そんなわけないでしょ!」
「なんで」
「ここに住んでるのはバクーっていう名前の男だって聞いた」
「いや、それ、おれだって。おれがバクー」
「うっそ」
「本当に」
「パイロキネシス(発火能力者)の?」
「なにそれ」
「ああぁぁ。なにこれ、詰んだ……」
「詰んだ?」
「わかるでしょ。ほら」
 風圧。部屋の外から圧迫する風圧でまずおれの耳やられた。耳鳴りで痛い。
 直後、部屋のサッシのガラス全部が砕け散って吹き飛んだ。おれと女の子はかろうじてガラスのぶつからないトコロにいたが。
「へっへっへ。見つけたぜ。竜王のお嬢ちゃんよー」
 馬鹿そうな奴が現れた。
「へへへ、ドラゴンスレイヤーの谷田だ。ニターって呼んでくれ」
「呼ばねーよ。お前おれの部屋をなんだと思って……」
 と、言い終わらないうちに今度は小さな竜巻が部屋の中で発生する。ガラスの破片が取り込まれ、それは凶器だった。
「ドラゴン……スレイヤー……。竜殺し。ってことはドラゴン娘……君、コスプレイヤーじゃないの?」
「うっさい! ドラゴンなのは本当だけど、わたしは非力なの。戦って!」
「んな、めちゃくちゃな」
「さぁ!」

 背中を押されて、一歩前に出た。一応ファイティングポーズをつけてみる。すると谷田はニヤリと笑って指先を軽く動かす。
 ガラスの破片が顔面と腕に数カ所づつ傷を付け、血が流れた。痛い。
「いくぞー! ハイパーハリケーンミキサー!」
「ダッサ。イッツ・谷田ジョークってか?」
 おれはぼそりと呟いたがジョークにはならず、竜巻がおれを襲った。襲われるとはつまり、ガラス片で身体中がボロボロになるということだ。
 おれはダメージを喰らい、そこら中から血が飛び出る。
 考えるより行動の方が速かった。
 一瞬後、おれは反射的に座布団を竜巻にぶつけ、竜巻を押しつぶした。
 座布団と畳に挟まれて暴れていた竜巻とガラス片だったが、押しつぶすことに成功し、竜巻は消えたのであった。
 とっさにおれはその座布団を掴んだまま谷田に向かってダッシュ。顔面にガラスだらけの座布団を叩きつけ。力任せにぐりぐり押しやった。
 飛び散る血液。悲鳴。
 漏れ出る「痛いよぉ」の声。尻餅をついた谷田は更にガラス片を踏みながら、血をダラダラ流しながら退散していった。


「にっしっし。助かったですん」
「あぁ? ああ……」
「大好きー」
「安直……だな、お前」
 ドラゴン娘は抱きついてきた。
 抱きつかれたついでに少女の眉間を見る。
 そこには、宝石が埋め込まれていた。
 ……竜玉。
 なぜ、竜を殺すのに法律が存在するか。
 それは殺しすぎたから。
 理由は、竜の眉間に必ずある竜玉という宝石欲しさに。
 だから、竜玉を取らなければ不死身である、竜を皆、追って、竜玉を奪うのだ。
 思い出した。竜の謎を知らなかったんじゃない。たぶん心にふたをしてたんだ。
「あなた、もう一度聞くけど、パイロキネシス能力者でしょ」
「なんのことやら」
「武術でも魔術でもない、第三の能力、ESPの使い手って意味。発火能力。魔術ではなく体質としての能力」
「わかんないな」
「その第三の能力を持つものの体質は、……適合してるんですん」
「なにに?」
「人間なのに竜族と結婚できる体質として、適合してるんですん!」
「嘘吐くな」
「ホントよ。普通の人間とドラゴンは会話すらできない。ガオーガオーって聞こえる。だから人間と同じ形をしてても怖くて殺す対象にしかならない。実際、さっきのバトルだって私、竜殺しと一回も会話してないでしょ」
「そういやそうだ」
「ね。そういうことなのよ。能力者なの隠してても無駄無駄。さぁ、私といちゃラブする旅に出ましょう」
「はい?」
「残念ながらおれ、発火能力もその他のESPも持ってないし」
「わかったわかった、はいはい。それじゃ、一緒に旅にでかけますん」
「旅……」
「終わりなき旅よ。パートナーになるんだから」
「逃げたら」
「あんたもうお尋ね者扱いよ」
「ですよね」
「もちろん」
 そして、人間とドラゴンの恋愛という禁断の関係性になりながらの、おれらの旅は始まった。


〈了〉
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