第36話 メールより【虫杭17】

文字数 1,371文字

 内閣府の建物めがけて虫歯の刃、つまり『蟲刃』が直撃したのは、わたしとダックちゃんが寿司バーで卵焼きを食べていたときでした。
 総理大臣は苦し紛れに「ソーリー」という言葉を残し、〈斬の宮学園執行部〉メンバーたちに殺されました。
 クーデター、いや、生徒会がやったのだからクーデターとは言わないか……なんていうか、わたしには咄嗟に言葉が浮かばないけれど、政府は簡単に転覆され、大変な騒ぎになっていました。しかし、国の上層部のいざこざなので、騒ぎといっても内紛がすぐに起こるというわけでもなさそうでした。
 まあ、それは寿司バーに備え付けのテレビの中でのお話なので、現実か虚構か区別がつきません。
「ねー、ダックちゃん。なんのドラマなの、これ? まんがっぽいね」
「いや、現実だろ……。ついにやりやがったな、会長の野郎」
「会長も女の子だよ」
「ジェンダー持ち出す気はねーが、女の子のやることじゃねーだろ。しかも会長、中学三年生だぜ、ぐええぇぇ」
 放送が続きます。生徒会長の心音(ここね)ちゃんが、報道陣の前で演説します。
 演説もなにも、命令調です。
 心音ちゃんのうしろには生徒会役員の河原さん、美鈴さん、そして〈殺したはずの〉望月さんの姿があります。
 心音ちゃんが口を閉ざすと、今後のこの国について、なぜか斬の宮の郷土資料館のフロントにいたおねーさん、がしゃべりだし、説明をしていきます。
 懐かしいおねーさんです。わたしとネコミちゃんがこのおねーさんと会ったのは小学五年生の時のことです。
 おねーさんの名前は御陵(みささぎ)っていうみたいです。テロップが出ています。
 御陵さんが言うには、暫定政府をつくるそうです。そうしゃべっています。
 斬の宮港からぞくぞくと〈蟲〉と〈保険機構〉の外国人が違法に入国してきて、この国を占領する勢い。今の政府は敗戦国らしく、なにもできないので、我々がリーダーシップを取って、国から〈蟲〉どもを追い出す、そのための暫定政府だ、と言ってます。
 突然のことでわけがわかりません。
「僕の術式でコールドスリープ化してた斬の宮市だが、誰かが解きやがったんだな、コールドスリープを。切断された感じは、あったんだけどよ。また街が液状化して歯槽膿漏が悪化してるんだろうな……そこに〈保険機構〉か」
 ぐえぐえっとダックちゃんは笑います。
「クーデターって言葉は当たってるぜ、ラッシー。軍隊も動くそ。……って、おい、ラッシー」
「…………」
「消えた、……か。幽体から病棟の本体に戻った、のか。それはそうと、僕の情報網からすると、金糸雀(かなりあ)家の阿呆二人が街を出て流浪してるはずだが。この事態に対応できんのか? こっちとしちゃぁあの猫娘なんていない方がやりやすそうだが」
 バシン! と電流が走り、わたしの〈回線〉と行き違いに、ホログラムメールがダックちゃんの元に届きました。送信者は金糸雀ネコミちゃん。電気はネコミちゃんの得意技です。
 読んだダックちゃんは、
「そうかよ!」
 とだけ言って、メールを握りつぶしました。手の中で電気がパチパチ弾けました。
「お次はインダストリアルスラムとの交渉、か。あの猫娘、僕をパシリに使うたぁ、いい根性だ」
 そしてお話は複雑な状況へと向かうのです。


〈つづく〉
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