第85話 杜のクマさん

文字数 1,118文字

「街の生活に耐えられなかったの! で、森に来たってわけなのよ!」
「ご説明いたみいりますよーっと。でもなんか川原先輩、言い訳じみていやがりますよ」
 美鈴が私を冷たい目で見る。
 私は現状説明を続ける。
「そんな理由によりたまたま森に入って森ガールやってたら……」
 美鈴が、どうでもいい、という風にあとを続けた。
「本物のクマ、森のクマさんと遭遇するとは。ウンザリにもほどがありやがります」
 目の前にはクマが仁王立ちしている。
 そこで、望月が提案した。
「死んだふりよ……、死んだふりをすると」
 望月はその場で寝転がった。わたしたちは三人で来ているが、寝転がったのは望月だけだった。
 望月から私と美鈴が離れると、クマはのっそのっそと歩いてきた。
 奴はクマのとんがった手で、丸太のように望月を転がす。
「ふんぎゃー!」
 服が引きちぎられ、いやーんな感じに望月は血だるまになった。
「クマってのは、本当に死んでいるのかを確かめるもんなんスよねー」
「それ、早くいいなさい、馬鹿美鈴。呪うわよ……」
 血だるまが呪うと言うと、怖い。
 私も、覚悟を決める。
「川原先輩、なにをする気スか?」
「戦うわ、この十徳ナイフで」
「そこまで川原先輩が阿呆だとは知りませんでした。どうぞご自由に」
 美鈴があきれている。
「とおぉりゃあああああ」
 駆け出す私。手に十徳ナイフを持って。
「望月のカタキ」
「死んでないわよ、殺すわよ、川原……」
 ものすごい形相にクマもひるんでいる、かのように私には見える。
 私の背後ではトレッキング用の杖についている鈴を鳴らしながら、美鈴が『森のクマさん』を熱唱し始めた。
「踊りましょう、クマさん」
 じゃらん、と音を立てる。
 殺意のままに襲いかかる私。
 クマはクマった(困った)風に、逃げていく。
「やった! ふふん。どう、私の殺気は?」
 美鈴に言う。
「ミスったら間違いなく死んでたッスね」
「なにを言うの、美鈴は」
 と。
「クマがいなくなったところで。大丈夫? 望月」
「な、なんとか無事よ……」
「友情が私たちを救ったのね」
「いやいや、鈴の音が嫌いだから避けていっただけッスよ。むしろ二人が興奮させやがりましたから、私の鈴の音の効用も危ういところだったッス」
「これも正義の運命よ。いつ、どこでも私たちは戦うことになる。そんな星の下生まれてきてしまったの」
「川原先輩。阿呆なことはもういいですから、救急箱。望月の手当を」
「ああ、……そうね」
「木彫りのクマをヒトガタにして呪うわ」
「それだけ言えるなら大丈夫ね」
 呵々大笑。
「……そういう問題じゃねーですよ?」


〈了〉
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