第28話 ホログラムタウンズワーク【虫杭9】
文字数 1,401文字
ここは蜃気楼の街である。最初から存在してなくて、でもその場所は存在する。大差なく。
蜃気楼の街、この幻影の中に先祖が引っ越してきたのはいつ頃だったのだろうか。
先祖代々、家に伝わる『静かなる剣』は、僕の身体の中に埋め込まれている。
しっぽの生えた悪魔、と呼ばれるクラスメイトのぶっちゃーくんは、しきりに僕の静かなる剣をほしがった。
「あげたくてもあげられるものじゃないんだ」
いつもそう応じているんだけど、ぶっちゃーくんにとってその僕の対応自体、腹が立つらしい。
教室。昼休み。
「ねーねー、あんたさー、調子に乗ってんじゃない?」
このヤンキーテンプレートな言葉の先を振り向くと、ぶっちゃーくんの彼女のゴブ子が口を尖らせていた。
ゴブリンみたいな体格をしているから、ゴブ子。そんなあだ名をつけられているからさぞかしスクールカーストが下の方の生徒だと思うかもしれないが、こいつ、クラスの中で嬢王様である。
ぶっちゃーくんがゴブ子の肩に手を回す。
「ゴブ子もこいつの剣、欲しいよなぁ」
「欲しい! 金になりそう!」
僕はこの二人と話を続けても平行線を辿るだけだと知っているので、会話を打ち切って教室を抜け出す。
蜃気楼の街とは、ホログラムの街、ということでもあった。ホログラムで満たされてはいるが、実際の場所は樹海にある。
方位磁石の利かなくなる、あの樹海だ。磁場が他と異なる場所。先祖達は、逃げ延びるために、そんな場所を選び、入植してきた。
僕ら『クラスメイト』らは、何代目にもなって、その狂った磁場で生まれ育ち、こうやって喧嘩なんかしながら日常を過ごしている。
生態系は、調査すら難しい。蜃気楼の外とは隔絶されて、ホログラフィガラパゴス化された生物群で形成されているからだ。そんなわけだから、学問すら終わりを告げそうな勢いであった。
僕は本を読むのが好きだ。だからさっきゴブ子とぶっちゃーくんは「付き合っている」と表現したのだが、この蜃気楼の街では付き合うという単語は使わない。知ってすらいないだろう。ここでは、付き合っている男女二人組を『つがい』と呼ぶ。
生まれた時に、男と女はつがいにされ、子孫を残せるようにする。頭数が少ないから編み出された親族のキャッチボールだ。
ぶっちゃーくんは、悪魔のしっぽが生えているが、それもまたこの生態系のなせる技だ。変異してしまったそのしっぽは、樹海の蜃気楼がつくった現実のまやかし。
ぶっちゃーくんにしっぽが生えているように、僕の身体には静かなる剣が入っている。
なにかあれば切り裂かなきゃならないし、それが、僕の先祖が蜃気楼入りをする時に交わした約束なのだ。僕がした約束じゃないけど、僕は義務を果たすだろう。
去り際に見た教室の『クラスメイト』らは、嬢王様であるゴブ子と、彼氏のぶっちゃーくんのとその二人を取り囲むように談笑している。
いつか僕は確実に、この中の誰かを数人、斬ることになる。この磁場の狂った場所に住み着いた人たちが繁栄のために残した安全弁、いや、始末屋。それが僕だから。
僕らは残され、繁殖する。だから仕方がないことだとは思うのだけれど。
僕の『刃』は、『虫杭』と呼ばれる術式で、そんなことから一族は刃偉者(はいしゃ)とも、そして『虫食いの悪魔』とも呼ばれる。
……が、それはまた別の話。
〈完〉
蜃気楼の街、この幻影の中に先祖が引っ越してきたのはいつ頃だったのだろうか。
先祖代々、家に伝わる『静かなる剣』は、僕の身体の中に埋め込まれている。
しっぽの生えた悪魔、と呼ばれるクラスメイトのぶっちゃーくんは、しきりに僕の静かなる剣をほしがった。
「あげたくてもあげられるものじゃないんだ」
いつもそう応じているんだけど、ぶっちゃーくんにとってその僕の対応自体、腹が立つらしい。
教室。昼休み。
「ねーねー、あんたさー、調子に乗ってんじゃない?」
このヤンキーテンプレートな言葉の先を振り向くと、ぶっちゃーくんの彼女のゴブ子が口を尖らせていた。
ゴブリンみたいな体格をしているから、ゴブ子。そんなあだ名をつけられているからさぞかしスクールカーストが下の方の生徒だと思うかもしれないが、こいつ、クラスの中で嬢王様である。
ぶっちゃーくんがゴブ子の肩に手を回す。
「ゴブ子もこいつの剣、欲しいよなぁ」
「欲しい! 金になりそう!」
僕はこの二人と話を続けても平行線を辿るだけだと知っているので、会話を打ち切って教室を抜け出す。
蜃気楼の街とは、ホログラムの街、ということでもあった。ホログラムで満たされてはいるが、実際の場所は樹海にある。
方位磁石の利かなくなる、あの樹海だ。磁場が他と異なる場所。先祖達は、逃げ延びるために、そんな場所を選び、入植してきた。
僕ら『クラスメイト』らは、何代目にもなって、その狂った磁場で生まれ育ち、こうやって喧嘩なんかしながら日常を過ごしている。
生態系は、調査すら難しい。蜃気楼の外とは隔絶されて、ホログラフィガラパゴス化された生物群で形成されているからだ。そんなわけだから、学問すら終わりを告げそうな勢いであった。
僕は本を読むのが好きだ。だからさっきゴブ子とぶっちゃーくんは「付き合っている」と表現したのだが、この蜃気楼の街では付き合うという単語は使わない。知ってすらいないだろう。ここでは、付き合っている男女二人組を『つがい』と呼ぶ。
生まれた時に、男と女はつがいにされ、子孫を残せるようにする。頭数が少ないから編み出された親族のキャッチボールだ。
ぶっちゃーくんは、悪魔のしっぽが生えているが、それもまたこの生態系のなせる技だ。変異してしまったそのしっぽは、樹海の蜃気楼がつくった現実のまやかし。
ぶっちゃーくんにしっぽが生えているように、僕の身体には静かなる剣が入っている。
なにかあれば切り裂かなきゃならないし、それが、僕の先祖が蜃気楼入りをする時に交わした約束なのだ。僕がした約束じゃないけど、僕は義務を果たすだろう。
去り際に見た教室の『クラスメイト』らは、嬢王様であるゴブ子と、彼氏のぶっちゃーくんのとその二人を取り囲むように談笑している。
いつか僕は確実に、この中の誰かを数人、斬ることになる。この磁場の狂った場所に住み着いた人たちが繁栄のために残した安全弁、いや、始末屋。それが僕だから。
僕らは残され、繁殖する。だから仕方がないことだとは思うのだけれど。
僕の『刃』は、『虫杭』と呼ばれる術式で、そんなことから一族は刃偉者(はいしゃ)とも、そして『虫食いの悪魔』とも呼ばれる。
……が、それはまた別の話。
〈完〉