第81話 星くずホタル

文字数 1,666文字

 光の残骸が散らばって、暗いこの道を照らす。
 それは一瞬のことだったが、僕はこの散らばって輝いた光の残骸のつぶてを一生忘れることはないだろう。そう、今、一瞬にして星くずホタルの一群がその生命を終えたのだ。

 まさか地球ではとっくに途絶えたホタルの光をこんな辺境の星の川で見ることになるなんて思わなかった。

 僕の所属する探査団のほとんどは宇宙船で地球に帰ってしまった。
 僕は居残り組の風変わりな連中と一緒にここに残って、死ぬまでバカンスを楽しむことにした。
 この星に来るまでには、大勢の乗組員が死んだ。帰りの旅でもばたばた死んでいくだろう。僕だって、左手を事故で失ってしまって、サイボーグ処理をしている。へまをしでかし、こんなことになってしまったともいえるし、僕に限らずみんな代償を払ってこの星まで来たともいえる。
 調査は終わり、地球で次のチームが組まれこの星にやってくるのは、ずいぶん先のことになるだろう。住みやすい土地だが、辿り着くまでに死の危険がわんさか。人類はそれを克服してから、今度はここへ来る。

 が、どうでもいい。
 僕はここに残って、楽しむことにしたんだから。

 この星の太陽が沈み、グレープ色に空が染まった頃、僕は日課の釣りを終えて、ログハウスに戻る。
 昔ながらの通信機をオンにすると、
「地球なんてもうダメだよ」
 と、オペレータがオペレートしないで愚痴をこぼす。
「だろうね」
 そっけなく返してから、僕は新しい音楽データを送ってもらう。
 通信が済んだあと、プレイヤーに楽曲データを入れて、曲を聴く。
 僕は特技がない。音楽だって、いつも受け身だ。攻めたのはこの星の探査団に加わるために志願した一回のみ。
 志願した理由は、今まで人類が調査してきたどの星よりも異星人が住んでいる確率が高かったからだ。
 戦争で僕は、嫌というほど大切なひとたちを失っていた。なのに地球人は、戦争を平気でまた起こす。戦争が起きるのは当然で避けられないと決めつけているのだ。僕も仕方ないと思うことはあるし、いろんな思想の人間がいるのだから当たり前に起こるだろうとは思っていた。
 ただ、大切なひとたちをたくさん失って自失していたときに、
「異星人ならこの場合、どう考えるだろう」
 と思ったのだ。今のところ、地球は異星人に滅ぼされていないし、見つけてさえいない。

 …………。

 この星には、星くずホタルと呼ばれる生物たちが住んでいた。
 居残り組のほとんどは、星くずホタルを頂点としたこの星の生態系を調べるために残っている。
 僕は別に調査に参加する意志はないんだけどね。

 畑で取れた豆からつくったコーヒーをいれる。
 地球で誰かが演奏した音楽を流しながら。
 どんどん身体が重くなってきて、僕はコーヒーを飲むと、カップをソーサーに置いて、ソファに寝転んだ。

 いろんな考え方のひとがいるから争いが起きる。
 で、そこからどうする、という時に、手段としては、僕は逃げるのを選択しただけなのかもしれない。
 時間はあるから、紙とペンも大量にあるから。
 考えを紙にまとめて、ここでひっそりと僕は待つ。訪問者を。
 僕自身の命が尽きても、僕の書いたものが誰かを待つだろう。
 異星人に意見を聞きたかったな。まだ、会えるチャンスはあるのかな……。


 僕が起きてペンをインク壷に入れると、星くずホタルが一匹、インク壷の縁に止まった。
「せっかくのホタルの光が、インクで汚れて光らなくなっちゃうよ」
 僕は言うと、
「わたしたちの光は性欲の証。美しくない。インク、理性の証。美しい」
 と、聞こえた気がした。発話したのは間違いなく星くずホタルだ。
「馬鹿。理性が度を超えるとろくなことにならないんだよ。ひとつの理屈を押し通すべく、人間は生きるからね」
 僕はホタルにそう言った。
 するとログハウスの扉が開き、星くずホタルの群れが、僕を迎え入れてくれた。
 知的生命体……異星人は、いたらしい。


〈了〉
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