第86話 任務が終わったら

文字数 1,365文字

「プロポーズに失敗した敗残兵よ……我が館へようこそ!」
「うっせ! てかここはどこだ」
 エレベータの中のような空間。エレベータはいつまでも上昇していく。空間の奥にはドレスを着た美女が水晶を置いた机の椅子に座っている。
 おれはエレベータの入り口にいる。しかし、ボタンがない。開かないし、エレベータは天井なしで上昇を続けている。
「敗残兵……。貴様はしょせん恋愛ノベルにおいてはモブキャラ。画面から見切れた存在。男のモブキャラにはほぼサブルートは用意されておらぬ」
「くぅ……ッ」
「よってここで修行し」
「はぁ? 修行ォ?」
「修行し、来世へ向かえ」
 美女が突拍子もないことを言う。
「え? 来世? おれ、死んじゃったんすか」
「なにも覚えておらぬようだな。よかろう。知る必要なし。無様な死に様だったからな。愛も知らずに死んでいく子供達のためになにをうたう……」
「だからうっせって言ってんだろ。ここから出せや」
 エレベータの歯車の軋む音が響く。
「貴様にはこれから使命がある。それは主人公と一番仲が良い男友達という、ラノベ的にはモブキャラと呼ばれる……」
「ラノベ言うな! つーかやっぱあがいたって来世もモブキャラ人生かよ」
「黙らっしゃい! とにかく、よ。貴様は敗残兵。破れた者に選択肢はない。モニタ画面から見切れるモブキャラとしてこのゲーム世界で生き、そこで修行し、来世の現実へと戻るのだ」
「なにここゲーム世界なの?」
「……ぃゃ……流行ってるから」
 美女は身体を縮めてぼそっと言う。
「もう一度言ってみ? なんだってぇ?」
「は、は、流行ってるからVR取り入れたんじゃボゲ! ええい! どうでもいいが貴様はプロポーズに失敗して人生投げたのじゃ。モブキャラでもしてればよいのじゃ」
「もしかしておまえ……閻魔大王……なのか。裁き人の」
「その通り! 実は女性だったという」
「テンプレ設定はいいから話進めろ。なにするんだ、どこで?」
「『ラノベ神界』と呼ばれるゲーム的世界で、RPG、役割ゲームの補佐をするのじゃ」
「療法的な奴か」
「ちょっと違うが、社会復帰への訓練を支えることも、また心の訓練にもなる。社会とは、地獄を出た後の来世、ということじゃ」
「人間くせぇな、閻魔様」
「わしの水晶には見えるのだ」
「閻魔の地獄だけに、鬼のぱんつが、か」
「ラノベじゃないからぱんつは拝めぬぞ」
「残念な女性だな、おまえ」
「うるさい! それよりどうする」
「どうするもなにも……。要するにおれはイベントの『サクラ』として動員されるんだな」
「これも運命」
「ところで閻魔様」
「なんじゃ」
「そのゲームだかモブキャラだかの仕事が終わったらさ」
「ん?」
「一緒に焼き肉でも食いに行こうぜ」
「ナンパのつもりか」
「いや、プロポーズ」
「立場をわきまえてないようだな」
「仕事とかさ、立場とかさ、そんなの忘れておれと楽しく過ごそうぜ」
「あはは。……はじめてじゃよ、そのように言われたのは」
「頼むぜ」
「……任務の成功、祈ってるぞ」
「おうよ。約束、忘れんなよ」
「本当に馬鹿な男じゃな」
「まーね」
「ゲーム世界が終わったら来世に飛ぶが……」
 閻魔は笑みをこぼす。
「来世が来ようと、次もまた会おうぞ」


〈了〉
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