第87話 百式色ノ五百円也

文字数 2,706文字

「……で? それで?」
「続きなんてないよ」
 おれは正直に、言った。ファーストフード店の二階の座席で。
 目の前でナゲットを頬張るこいつは美術部の女子部員だった。
 おれの方はまんが研究会に属していたものの、想像力のない作品しか思い浮かばず、まんがが描けない。とかいって批評が出来るわけでもない。とてもクリエイテビティの低い一般のひとだった。
 それが生まれも育ちも芸術畑の、美術部のエース、蒼猫という娘とファーストフード店でハンバーガーを一緒に食べる縁が生まれるんだから、不思議なもんだ。見下されてそうなものなのに。
 蒼猫、という名前はこいつの描く油絵のサインに使うペンネームみたいな奴なんだが、普段からみんなに「蒼猫って呼んで!」というので、おれも蒼猫と呼ぶことにしてる。
「続きがないなら、最初から何も言わなきゃいいのに。墓穴掘るだけよ」
「おれはどうも計算の出来ない人間でね。オチを考えないでただ、しゃべってたんだけど」
「ばっかじゃないの!」
「なんでそんなにムキになるんだよ」
「今のあんたの話のせいで、おいしいナゲットがまずくなった。ナゲット代払え!」
 おれは尻ポケットから折りたたみの財布を取り出し、百円玉をひとつ、テーブルの上に置いた。
「なに? これ?」
 きょとんとする蒼猫。
「百円」
「百円で足りるわけないでしょ!」
 当たり前かのようにビンタを食らった。
 ビンタを食らって周囲を見渡すと、隣の席に座ってヲタトークしてたオタク男二人組と目が合った。
 まずい。笑われる。
 そう思ったおれはオタクらに笑顔を向けると、
「おれらの業界ではビンタはご褒美です」
 と、応じてくれた。しかも感動に打ち震えながら。
 性格の悪い奴らじゃなくてよかった……ということにしておく。
 蒼猫はぶつぶつ言いながらスカートのポケットに百円玉をねじ込む。
「おれの百円玉もらってんじゃん!」
 無言。
 蒼猫はおれのツッコミはスルーし、残りのナゲットにバーベキューソースをつけて完食した。五ピースのナゲットだった。
「大体あんたさー。私と二人っきりで食事してんのに平然としたそぶりとかしやがって、皮のかぶり方がやばいんじゃないの。真性でかぶってんだろ。それともほも?」
 おれは唖然とした。
「すごい……。女性が男の前でそんな台詞吐くなんてそんな馬鹿な……」
 価値観がひっくり返りそう。
「てめーなんて虫けらとしてしか認識してねーっての。ほんと頭来た。言葉遣い普通にしてしゃべるから。あー、肩痛い。アリナミン代よこせ」
「や……、ヤンキーだった……の?」
「こっちはネタ切れなんじゃ-! 次に描く題材見つからないんじゃー! ネタにすらならねー奴は消えろ。ナゲット五ピース食べたから一個百円で五百円だ。五百円玉出して、この場からとっとと消えろ」
「え、え~?」
「……とか言いながらズボンのチャックを開けるな-! 下ネタなんてレベル低い! 死ね死ねまじ死ね!」
「ちなみにこのおれのナゲットは棒付きで、五百円より高価な玉が……」
「死ねッッッ。つーか私が死んじゃう」
 しゃべっていると隣の席のオタク男子が二人とも立ち上がり、やはり自らのズボンのチャックを開ける。チャックを開くと名乗りを上げた。
「お姉様! 僕らの含めると玉が六つで六百円ス! 百式みたいなゴールデンな色で、六百円ス。ナゲットもそそり立ってるス」
 ……しゃべり終わった途端、オタク二人とおれの三人が一斉に股間を蹴り上げられるハメとなった。蹴ったのは蒼猫だ。素早い身のこなし。さすが猫。
「あーら。そこでなにブサ面三人も従えてオタサーの姫をやってるのかしら、蒼猫さん?」
「ちっ! きやがったわね、竜子!」
「うふ。蒼猫ちゃんの絵画の進捗はどうかしらぁ」
「ふん! 美術部潰されねーように頑張りますよーだ」
 指で口を横に広げて「イー!」っと歯を剥き出し、牽制する蒼猫。
「で。蒼猫ちゃんはチャック全開の男子三人に囲まれてるわけだけど……相手ぐらいは選びなさいよ。多人数ってのも……」
「ちっがーう! それに竜子には言われたくねーよ」
「キャラ崩壊早いわね。冒頭の会話と別人みたい」
「冒頭?」
「そう。この席での会話のね」
「竜子、さっきからあんた盗み聞きしてたのね!」
「いやん。痴話げんかは聴いちゃうものでしょー」
 そこにおれは割り込む。
「蒼猫。それはいいけどおれらのネイキッド・ランチはどうするんだ。チャック全開だしよ。ネイキッドランチ食うか?」
「だーかーらー、ギャグにしても悪趣味過ぎだっつてんでしょーがーッッッ」
 蒼猫はセーラー服のスカートを翻し、回し蹴りをした。おれは一瞬、翻ったスカートの中のぱんつを確認してしまい、剥き出しのデザイアが溢れ、蹴られた直後におれのセクシーゾーンは新たな局面を迎えた。
「あのねぇ、あんたたち」
 竜子が諭すようにしゃべりだす。
「最初の話題に戻りなさいよ。なんで話にはオチがなくちゃいけないような話になってるかの、その話題に」
 ふむ。ごもっとも。
「『で? それで?』って、動機とか理由、意味とかよね。ナンセンスが耐えられない、無駄に使う資源がない社会になってて、それがここまで波及して、意味を強要することになってるのね。『で? それで?』って訊いて、それに相手がレスポンスして。でもねぇ、チュートリアルなんてないし、途中でヒントなんて出ないのに引き出そうとする。無駄か、もしくは相手が応じてもそれはフェイクよ。そんなもん、言葉にした時点で嘘になる。全てはナンセンス、無意味。言葉は『切り取られたもの』だからね。言葉は全体的なものじゃないし、相手の切り取りスキルも、言い換えれば今、チャック全開のこの子の切り取りスキルを信じてんの? って言いたいのよ」
 最後まで澱まずしゃべり倒す竜子。おれは惚れ惚れとしてその一言一句を噛みしめたがしかし。
 今の絵面は、男子高校生三人がズボンのチャックを全開にしていて、ブリーフの窓から何かチキンナゲットらしきものが各々、出ている。その中で女子高生がもう一人の女子高生に演説を打っている、というものだ。
 すげー絵面。ここ、ファーストフード店の店内なんだぜ。
 アングラ演劇の脚本かよって状況に異化されたこの空間は、……で、それで? ……特に意味なんてないんだよ。ナンセンス。
 ただ、人が集まると舞台の幕は開いたり閉じたりする。だからもう、緞帳は閉めるよ。お疲れ様。
 ここからおれとオタク二人が連行されるまで、あと五分。

〈完〉
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