第62話 ホワイトプリズンキャッスル(中)

文字数 2,277文字

 食堂でおれがハヤシライスを食していると、スプーンを持った手のすぐ脇、テーブルにダーツの矢がグサリと刺さった。テーブルに刺さったダーツを、目を丸くして見ていると、背後から押し殺したような声音の女性の声が聞こえてきた。
「運が良いすねぇ。空目信長さん。嫌いじゃないすよ。こうやって助かるのがいつもただの偶然だけだって男。ダーツで右手貫く予定だったんすが。私は高原志門。可憐な女子高生す。私がなにを考えているかって? そんなの知る必要ないすから、精々一ヶ月間、死なないで持ちこたえることすね」
 白い城プロジェクト。『ダメな奴』を集めて一ヶ月共同生活して過ごす社会復帰の訓練イベント。……と、思っていたが、どうやらダメな奴の『ダメ』はおれが知る『ダメ』とは別種のようだ。ダメさ加減も相当なもののようだし。
 初日からいきなりダーツの矢で手を刺されそうになった。
 参ったな。
 少人数制って聞いたんだけど。こいつ……高原志門とも絶対また会う。なんか気に障ることしたかな。敵視されてるのは間違いない。あとで話し合わなくてはならないな。


 おれは、自分の名前『空目信長』のプレートがついたテーブルから立ち上がり、食器を下げに行く。
 ダーツの矢はテーブルから引き抜いてポケットにしまった。あとで返さなきゃ。あいつ、もうどこかへ行っちゃったよ。


 全国のダメな奴を集める『白い城プロジェクト』のモニターになったのは、男ではおれ一人。あとはさっきダーツを投げてきた高原志門。それからぐるぐる眼鏡の梅田ジャム子、あと一人は泣いてばかりいる七曲菜々子の計四人だ。
 入学式はなく、合宿といった感じで、おれたちはできたばかりの白い城の校舎に入れられた。どうせ外に出るのは不可能ときてるし、おれはここに着いて、資料を貰い読んでからまっすぐ食堂でハヤシライスを食べた。そしたらダーツは飛んで来るし、初日から最悪である。
 四人は一度集まり、顔合わせしただけだ。
 自室に荷物を置いて。暇なので飯タイムにしてたのだ。
 食堂をあとにすると、廊下はひんやりとして冷たい。材質が冷たいリノリウム。
 大体ニートを治すのに城だかなんだかに閉じ込めるっておかしくないか。
 そんなこと考えながら歩いていると、自主トレーニング室があった。中を覗くと、ぐるぐる眼鏡の梅田さんと、泣いてる七曲さんの二人が揃ってウォーキングマシーンに乗って走っていた。
「こんなの耐えられないよー」
「耐えなきゃ脱却できないよ、菜々子ちゃん」
「うえーん。私こんなとこにいたくないよー。ジャム子ちゃんは、へ、平気……なの?」
 ぐすん、と泣く梅田さん。
 あー、まあ、なんかよくわからないが友情が芽生えているっぽい。
 二人がおれに気づく。二人はトレーニングルームの中から会釈するので、こちらも会釈を返した。
 その場を離れるおれ。無言。
 ここはどこだ。白い城ってなんだ。
 どうもみんなにはなにか知らされてるらしいが、おれはなにも知らない。
 暇なので城の中を歩いて一周することにした。
 おれの脳内のオートマッピング機能は貧弱なので、覚えきれないだろうけど。
 

「ここでは時間は無意味。というのを最初に知ってもらいたいす」
 三階踊り場で、待ち伏せしてたかのように高原志門が階下のおれに声をかけてきた。
 志門は段差に腰掛けていて、その顔はどこか得意げだ。
「どういうことだ」
「閉じ込められた環境下で時間なんてないも同然、と言いたいんすよ。一ヶ月のカウントをしても無駄す。今だって朝だか夜だかわからなくされてんすからね」
 ここには窓がない。確かに。これじゃわからない。
「ニートの定義とは、就職意欲がないところにあるす。これは実験す。このニート生活をこじらせたかのような設定の環境が、ニートにどういう影響を及ぼすか」
「他の二人は? くだらない。梅田さんと七曲さんにも話してやれ」
 踵を返して階段を降りる。
 高原は踊り場に立つ。おれは背を向け、その場を去った。


「こ、こ、こんにちわだよー。空目……信長くん、でいいんだよね?」
「こんにちわ」
 声をかけてきたのは七曲さん。おれに話しかけながらもう泣きそうになっている。
「あのね、あのね、ここってどこなの、わかる? 空目くん。きっと怖いことされちゃうんだよぉ私たちー」
「あー、おれもそう思うんだよね」
「え、え、え、……え?」
 涙が次々と溢れ出す七曲菜々子さん。直立不動でぼろぼろ泣く。
「死んじゃうのかな、死んじゃうのかな、私たち。怖いよー。おうちに帰りたいよー」
「うん。帰れたらいいよね」
「うわああああああん」
 と、そこへ。
「菜々子ちゃんを泣かせた! このクソ男! 菜々子ちゃんから離れろ! しっ! しっ!」
 追っ払うジェスチャーをするのは、梅田ジャム子さんだ。
「わかった、わかったから」
 そそくさと逃げるおれ。なんなんだ、こりゃ。
 おれもおれで泣きたかった。我慢したけど。だって、男だもん。


 しかしこの『白い城』。監獄とも言えるんだけど。ここには四人の人間……囚人がぶち込まれ、外出できない環境下に置かれている。脱法もいいところだ。
 ここにはカレンダーも時計もない。それは志門が指摘した通りだ。
 いずれおれたちの感覚は狂ってくるだろう。
 ここには窓がひとつもなく、同じ明るさの蛍光灯がずっとついてる。

 ……目眩がする。あてがわれた自室に、おれは戻るコトにしたのだった。


〈つづく〉
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