第32話 液状化フィールド【虫杭13】

文字数 4,919文字

 闇に映えるゴスロリ巨乳お姉さんが、午後十時の街灯に照らされている、住宅街。
 わたしはこのお姉さんを知っている。
 生徒会執行部メンバー、望月さんだ。
「斬の宮学園記述義規定を破ったあなたたちを、排除します」
 望月さんは太ももに着けていたホルスターからナイフを三本抜き取り、それを右手の指に挟んで構えた。左手には、わたしたちが破ったという『斬の宮学園記述義』を握りしめている。
 わたしとダックちゃんは互いに顔を見合わせた。
「おい、ラッシー。どうやら僕らの功績が、認められなかったようだぜ。どころか邪魔者認定されるに至ったみたいだ」
「ダックちゃん、笑顔だね」
「お姫様を守らなくちゃいけない場面。胸が高鳴るぜ」
 お調子者の彼女、ダックちゃんはそう言うけれど、わたしは全然お姫様じゃありません。
 ダックちゃんはここぞとばかりに相手を挑発する。
「生徒会さんよぉ。もうこの街、歯槽膿漏(めるとだうん)化してきてんだぜ。どうなるかわかってんのかよ。仲間同士でつぶし合ってりゃ世話ねーな」
 望月さんはわたしの方を見やる。
「ラッシー。金糸雀(かなりあ)家の者と仲が良いと聞くが」
 わたしは応える。
「うん。ネコミちゃんとイヌルちゃんだね」
「このグエグエとも?」
「うん。そうだよ」
「闇に堕ちよ。金糸雀家の当主はインダストリアルスラム街の政治屋。『虫杭』の問題を開示して、外国にまでこの問題を発展させる気だ。虫杭バスターは国内不干渉の問題だろう。わたしたちでやらねばならない。お前達もわかって生徒会の任務をこなしてきたろうに」
「こなしてきたっけ?」
 肩をすくめるダックちゃん。
「さぁ?」
 わたしもダックちゃんの真似をして肩をすくめてみせる。
「そ・れ・な・の・に! 生徒会の実働部隊が金糸雀家、ひいてはインダストリアルスラム派と一緒に行動か? これは述義の思想に反する。よって、排除だ。悪く思うな、小娘ども!」
 ゴスロリ巨乳の望月さんは、フレアスカートの中からコインをひとつ取り出し、それを指で弾いてまっすぐ上にに飛ばした。
「ラッシー! 見るな!」
「えっ?」
 弾かれたコインが空から地上に戻ってくるタイミングで、コインが無数に分身した。一つが二つ。二つが四つ……。
 ざざざっと音を立てて、無数に分裂したコインが落ちる。一斉に落ちたコインが地面に弾かれ、跳ねる。
 わたしはそのコインの群れを見てしまう。コインの動きから目が離せない。瞳が吸い込まれていく。
 耳からは耳鳴り。口は開いたまま。
 ああ、抹茶アイスがわたしを呼んでいる。
 むしろわたしが抹茶アイス?
 そう、抹茶なの。
「しっかりしろ、ラッシー。催眠術だ」
 ダックちゃんから平手打ちを食らう。
 しかし、すでにわたしは自我崩壊を起こす寸前だわ。もうダメなのでしたー。
 そこに、ゴスロリお姉さんは囁くような声を出す。わたしにだけ聞こえているかのような。
「ラッシーさん。あなたの敵は誰……」
 わたしの肩を揺するダックちゃん。
「ああ、くっそ! 聴いちゃダメだ、ラッシー。『刷り込み』しよーとしてんぞ、このババアは」
「ババアって、誰が?」
 鼻息を荒くする望月さん。
「あんただよ、望月さん。高等部はもうみんなババア」
「まだ中等部ですー」
「ババアに変わりねーだろ、肌年齢的にアウトだ。僕もラッシーもぴちぴち初等部だぜ」
「ガキ! 生徒会役員を愚弄するな。生徒会をなんだと思ってるの?」
「老人デイサービスでも受けてるんだろ」
「年齢ネタはやめろ、ボゲッ。中等部ってったら初恋とかしちゃう年齢よ」
「初恋(笑)」
 …………んん?
「はっ!」
 わたしはダックちゃんのグエグエ笑いで目覚める。
 よし!
 話せばわかる!
 こうなったらわたしも攻めに出よう。

 と、思った隙に。

ーーーーーーーーーー怒鳴る・DE・ダックーーーーーーーーーーー

 必殺技を繰り出すダックちゃん。
 攻撃に出ようとしたわたしの足は止まる。
 全身の毛が逆立つ。
 ダックちゃんは自分の身体をリバーシブルの服のように反転させ、大きな灼熱の胃袋になった。そして灼熱の溶解炉は周囲のエネルギーを吸収した。
 それどころか周囲の空間の、時間という時間を吸い取り、加速させ、壊すに至る。

 わたしは目を瞑る。
 破壊は目を閉じた一瞬の間だった。
 ……その一瞬の破壊が済んだ頃、ダックちゃんを中心に、隕石が落下して出来たクレーターかのような大きなくぼみが地面をえぐり取っていた。
 見渡せば、いつの間にか望月さんもいなくなっている。
 このときは、
「追い払ったみたいだしこれでいっか」
 と思ったけど、ことはそうかんたんにいかないのであったのでした。
 まあ、そりゃそうだよね。風呂敷を畳むには、まだ早い。

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「大体、僕はあの猫耳娘大嫌いなのによぉ」
「嫌いも好きのうちだから大丈夫なのだー」
「なのだー……じゃねぇよ」
 学校へ向かう登校中。わたしはいつも通り、ダックちゃんと一緒に歩いている。
「この街に『虫杭』が打たれ、斬の宮全体が狂い始めてるのはたしかなんだ。だが、一日二日で歯槽膿漏化しないのも事実。そこが落とし穴なのは〈文豪ミニ〉のラッシー、おまえが一番よく知ってるだろう。徐々に〈なにか〉が〈抜け落ちて〉いく。抜け落ちたら戻らないんだが、その〈抜け落ちて〉いくものはどうやら物理的なものだけとは限らない。むしろ人々の心理面に入り込んで、人々を〈虫杭の悪魔〉にとって良いようにカスタマイズされちまう。おれは自身に精神ブロックの結界を張っているが、ラッシー、おまえは?」
「え? えぇと……。えへへ。むずかしいことはわからないのだー」
「……へぇ」
 冷たい視線を浴びるわたしは、鞄をぎゅっと掴む。
 わたしは、虫歯は歯医者しか治せないと思うから、郷土の強度を熟知する〈強度歯科医〉たちの済むコミュニティと接触を図った。けど彼らは〈時の狭間〉で、部外者立ち入り禁止のゲイテッドコミュニティを形成していて、高みの見物を決め込んでいたのでしたー。だから物書き見習いのわたしが個人でどーにかしなくちゃ、と考えたんだけど。
「上手くいかねぇもんだな」
 ダックちゃんがわたしの肩に手を置いてため息を吐く。
「そーだね。えへへ」
 わたしも下を向く。
 なんか、なにもかも上手くいかない。それなりに頑張ってみてはいるんだけど。
「生徒会が出しゃばってきたとこ見ると、〈虫杭の悪魔〉のことより、斬の宮学園記述義派とインダストリアルスラム派の派閥争いに巻き込まれて不毛に終わる可能性が高いな。あいつら勢力の拡大しか考えてねぇからな」
「だねっ! やだねっ!」
「だよなー」
 ……なんて会話をしながら学校の校門に着くと。
 斬の宮学園の校舎が丸々と破壊されていた。
 鉄球のクレーンでたたき壊した風に、校舎が破壊されていたのでした。
「あー、言わんこっちゃないぜ……」

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 斬の宮学園は巨大な学園である。生徒の数が一万人を超える。
 なのに、今、わたしたちの目の前にあるのは、その生徒を収容する巨大な校舎の全てが破壊し尽くされている光景だった。ここにあるのは廃墟だ。
「由緒正しき斬の宮学園……か。おい、ラッシー。生徒会室があった場所まで行くぞ」
「う、……うん」
 わたしたちは学校の奥にある生徒会室まで歩いた。
 人は誰もいない。それが救いと言えば救い。誰もここには倒れていない。
 生徒会室のあった場所に着く。
 部屋だった全壊のその場所には、掃除道具の箒二つとモップが一つ、生徒会の円卓の中央に立ててあった。
 箒二つとモップ一つの柄にはそれぞれ一つづつ。
 人間の、生徒会役員の生首が刺さっていた。
 箒には上田さんと秋田原さんという女性。
 そしてモップにはゴスロリの、望月さんだった生首が刺さっている。
 ……この前襲ってきた、あの望月さんの生首。
 それらは生徒会室の円卓を囲むように配置されている。
 ひとは、倒れてるどころか首だけになっていたのでした。
「どうなってんだ、これ。まー、囲むにはメンバーがまだ足りないようだがな。他のメンバーが生きてることを願うぜ」
 ダックちゃんの話、耳に入らないほどに。
 わたしは言葉を失った。誰がこんな酷いことを。
 わたしたちがしばらく立ち尽くしていると、その足場が「ぐにゃり」と揺らいだ。
 地盤がぐにゃぐにゃに液状化する。
「な、なんなのだー」
 慌てふためくわたしにダックちゃんは、
「どこまでも趣味が悪いぜ。出てこいよ、〈虫杭の悪魔〉さんよ!」
 と、叫んだ。
 すると、ぐにゃりとした地面から粘土細工をこねるようにして、人間の姿が完成した。
「これが……虫杭の悪魔……なのね」
 肉塊。肉の塊。人間の姿なのに、肉塊としか形容できないそれは。
 しかし、丁寧な口調でしゃべる。
「我々、悪魔は、傀儡のような生徒会に興味はありません」
 ダックちゃんは激怒する。
「傀儡のような? だから人形みたく、モップや箒に生首くっつけたっつーのかよ」
「我々は同志・ラッシーを迎えに来たのです。彼女らは邪魔だったのです」
「はあぁん?」
 食ってかかるダックちゃん。
「歯医者ならぬ〈虫食いクロスワードパズル〉を使いこなすラッシーは、虫歯召喚士。そうでしょう? この能力は。……虫食いパズル、クロスワードを埋める能力を持っているのが、あなたの系譜」
「やめて!」
「諸刃の剣で戦っているのでしょう、ラッシーさん。文豪を目指すなら、広い世界を見る必要があると思いませんか? どうです、我々の世界に来ては? ここはどのみちもう終わりです」
 わたしはおずおずと尋ねる。
「終わりって?」
「正常な人間はもう、この街にいなくなりましたよ。封鎖されたこの街の中で。歯槽膿漏化により、じきに、街が発狂します。円卓を囲んでいるのも、この通り。生徒会ではなく、『考えられない脳みそ』です」
「やめて!」
 わたしは耳をふさいでしゃがみ込んだ。
 だが、ダックちゃんの反応は違った。
「ナイス駄弁! おれが得意とするのは炎とか弓矢とかエナジードレインとかなんだが、……僕の家系はね、『コールドスリープ』が十八番なんだ」
 がああああああああああああああ! と唸って、ダックちゃんは箒に刺さった上田さんと秋田原さんの頭を引っこ抜いて、滴る血液で魔方陣を描いた。もの凄い速さで。
「よし! 〈本家〉と『接続』した!」
「な、なにをする気なのですか」
「うるせぇ。封鎖されてんだろうがよ、この街。おまえ、今、言ったよな。なら好都合さ。歯槽膿漏化する全域を『コールドスリープ・フィールド化』する!」
 魔方陣が輝き出す。
「ぐえっ! 冷凍して時間を止めてやるよ! 街を発狂なんてさせねぇ。全てが止まったあとでなんか考えるわ! いくぞ!」
 〈冷凍睡眠磁場〉……フィールドのコールドスリープ化をはかる磁場が形成される。
 そして、街は氷に閉ざされる。この街〈だけ〉を閉ざす……。
 わたしが意識を失うとき、ダックちゃんは耳元で囁いた。
「悪いがラッシーにはしばらく、コールドスリープの〈サンプラー〉になってもらう。必ず、助けに行くからな!」
 ダックちゃんがなにか言ってる……。
 でも。
 その時はすでにわたしの頭の中は真っ白になっていき、ダックちゃんの声も聞こえなくなっていくのでした。
 かくして、本格的に悪魔と接触したわたしたちは、〈虫杭〉を打たれる前に、時間を凍らすことになり、戦いは延長戦に持ち込まれるのでした。
〈つづく〉
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