第43話 星を堕とす者【虫杭24】

文字数 2,096文字

 わたしは元型アーケードを出てから東へ向かい、斬の宮駅まで行く。
 そこから北へ延びる一本の坂、美空坂を登る。
 みんな、ついてきてくれる。わたし、ダックちゃん、ネコミちゃん、イヌルちゃん。
 ここはもうRPGの世界。蟲とエンカウントすることもある。けど、そのたびにわたしたちは戦う。そして、勝つ。
 美空坂の中腹にある斬の宮学園より、もっと上へ!

 美空坂の天辺に位置するのは、異形人館街通り。西洋風建築物が並ぶ、斬の宮の一等地。
 市内が見渡せる、見晴らしの良い、丘の上。
 その西洋風の屋敷のひとつがわたし、朽葉家の館だ。

「ここがお姉様のお家なんですねー。すてきですー」
「ふむー。風見鶏がついてて可愛いにゃー」
「ちっ! 朽葉の家に入るってのが、なんだか気にくわねー。が、ここが一番か……、大規模術式を展開させるには」

 三者三様、いろんなことを言ってるけど、そんなみんなにわたしの家へ入ってもらう。
 館は土足だ。
 今となっては使用人もいないし、両親もいない。わたしだけの、家。
 入ると、わたしは静かな家の中の、ミーティングスペースへとみんなを案内する。

「ところでお姉様。なんでここは異形人館街なんて言われているんですか?」
「うーむ、そんなことも知らなかったの、イヌル」
「うっさいバカ姉! わたしはラッシーお姉様に訊いてるんです!」
「うう……。そんなツンでデレなイヌルがわたしは好きよ」
 ネコミちゃんがうなだれる。
 わたしは説明するのに、言葉を選ぼうとした。
「うーんとねぇ……」
 首を傾げて考えてみた。でも、言葉を選んでる場合じゃない。思い直す。ストレートにいこう。時間がない。
「宇宙は10次元とか11次元で出来てるよね。で、その余分な次元が折りたたまれて人間の認識では3次元プラス1次元に見える。その『次元の裂け目』、高次元との境界の監視者が、異形人と呼ばれる、高次元から来たひとたちなんだ」
 ダックちゃんがぐえぐえと口を開く。
「もしかして、シザーハンズら強度歯科も異形人で、これから撃ち落とす空間は高次元空間そのものなのか」
「そうなんだ。虫杭の悪魔ってのは、次元を食い破る存在、もしくはそう仮定された〈概念〉。彼らは郷土の強度をぐにゃぐにゃにする。それはある意味、人間の『思考パターン』の刷新を行う。……わたし〈文豪ミニ〉が文章でしようとしてることのひとつでもある。それと相反するように、虫杭の悪魔という〈概念〉を削り取ろうとする者もいる。それが強度歯科。刷新の代わりに、終わらない日常を生きさせてくれる。でも、その強度歯科の『虫歯で開いた穴をふさぐ』のも、〈穴埋め問題を解く〉文豪ミニのお仕事のひとつ。わたしは虫杭の悪魔とも、強度歯科とも、どちらとも『仲間』といえなくもない。だから、この戦いは個人的な挑戦」
「ぐえっ。で、どっちの味方にもならない、と」
「わたしは決めたの。歯槽膿漏化をどうするか。答えは〈星を堕とす者〉になること。反革命に思える、治療者たちが隠れ住む〈星〉……彼ら強度歯科の居住区をこの次元の、この街に堕とす。歯槽膿漏でふにゃふにゃになったこの土地を再石灰化させる。強度が郷土を覆い尽くせば、〈説話の時代〉と彼らが蔑視するこの世界の、説話の時代が終わる。時代が刷新されて終わる。わたしと、シザーハンズたちとの戦いが」
 ダックちゃんは深く息を吐くと、
「個人的な戦いって奴に幕を下ろそうぜ。僕は協力する」
 と言い、ネコミちゃんはフードを目深に被ったまま、
「水くさいにゃー。協力もなにも、もうそろそろブツが届くよ」
 と、微笑んだ。
「わたし、ネコミちゃんからのプレゼント。虫杭ドリルが届く」
 そう、解析を頼んでいたドリルが届く。これで街に撃ち込まれた杭を破壊する。
 イヌルちゃんは手を挙げてわたしに尋ねる。
「お姉様。生徒会はどうするのですの」
「あのひとたち、もうアンデッドだよ。一回殺したひともいるし、他のひとも、死んでる。人形だよ、あの人らは。操ってるのも反抗してるのも、時代を刷新させれば次のフェーズに移る。戦うとしたらそれから。もしくは、他の誰かが戦うのかも。わたしは個人的な戦いに終止符を打つ。それだけだよ」
 ダックちゃんは言う。
「上手くいかなかったら、どうする?」
「どっちも同じ。上手くいったとしたって、上手くいかなかった場合と同じなんだ。歴史は続いていく。起こしたことによる、流れのままに、なるだろうね」
「格好つけたこと言いやがって」
「ごめんね」
 話をしていると、ネコミちゃんの目の前にハチミツ漬けの箱が現れた。荷札には『変革者たちへ』と書かれている。
「ドリル、おまちどおさま。これで市内の杭を壊せば」
「そうだね。悪魔という〈概念〉が崩れる。術式のプラグインとしてドリルを使えば……堕ちてくるよ、別次元の星が」
 時代の刷新。
 戻れないところまできているから、わたしはわたしの戦いを終わらせる。
 わたしのエゴかもしれないけど、それが役目だと思っているから。



〈つづく〉
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