第70話 格差恋愛

文字数 906文字

 後ろ姿でもわかる、校内の有名人。彼女は「歩く金庫」と呼ばれている。お嬢様なのだ。
 登校中、前方を歩く彼女のさらさら流れる髪を見やりながら、このお嬢様、……晴美という名前のクラスメイトのことを考える。
 昨日、おれは放課後、晴美に告白されたのだ。
「明日までなら、返事待っててあげてもいいけど?」
 下手な捨て台詞を吐いて、とてててて、と音を立てて走り去っていった晴美。
 そいつが今、おれの目の前をひとりで歩いている。
 おれは確かに告白されたのだ、
「あなたのことが好きです。付き合ってください」
 と。
 だが、貧乏なおれが金持ちのお嬢様と付き合ったら周囲からどんな目に遭うか、わかったもんじゃない。
 おれは首を左右に勢いよく振った。誠実に答えを出そう。
 おれは前を歩いている晴美に声をかけた。
「おはよう」
「おはようって。ふつーに挨拶してくるわけ? 昨日、告白したりされたりした仲なのに」
「ダメだったかな」
「……だめじゃない」
 挨拶しても大丈夫だったらしい。
「ところでわたし、あなたに“好き”って言ったじゃない」
「うん」
「あれ、嘘」
「まじで」
「嘘です。好きです」
「お、おう。付き合うことに決めたよ」
「良かった。じゃあ、あなたは今日からうちの使用人ね」
「はい?」
「はいはい、ラノベのテンプレートですよー」
 言うや否や、黒服の男たちに拉致され、黒塗りの外国車に乗せられてしまうおれ。
「一体これは?」
「テンプレですので」
「おまえら質問に答える気がねーな」
 黒服になにを言っても無駄だった。
 車は晴美のお屋敷まで辿り着く。
 そして執事服を着せられ、晴美の前に突き出される。
 晴美が言う。
「仕事が終わったら一緒に寝よ? ラノベのテンプレだけど」
「テンプレにはないことしてやるよ」
「その言葉も違う意味でテンプレっぽいわね」
 格差恋愛は、運の善し悪しという格差もあるのだろう。
「でもいいじゃん。テンプレートってことは平凡ってことだろ。恋愛は対等でいこうぜ」
「あなた、使用人なんだけどね」
 にっこりと笑う晴美に、ちょっとおれはひやりとした。



〈了〉
 
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