秘密の告白
文字数 3,482文字
あの日からしばらくの間、隼人は学校へ姿を現さなかった。
あのあと、隼人はカトリに抱きかかえられたままバンに乗せられて学校の保健室へ戻って来た。保健室ではヨーコ先生がパニック状態の隼人の診察をすぐに始め、カトリには授業に戻るよう冷静な口調で指示した。カトリはその場に残っていたいと言い張ったが、ヨーコ先生にカトリがいても隼人の状態が良くなることはないと諭され、仕方なく体育館の更衣室へ戻って行った。
放課後になってカトリは保健室へ直行したが、もうそこには隼人はいなかった。机で黙々とパソコン作業をしていたヨーコ先生から、カトリに隼人はかかりつけの病院に入院したことと、しばらく隼人は学校へ出てこれない旨を淡々と伝えられ、カトリ自身もゆっくり休養を取るように言われた。
それから一週間ほどして隼人は学校へ出て来た。登校したカトリは教室に入った瞬間に隼人のことを見つけて、内心飛び上がるほどうれしかった。同時にこれまで隼人の容態も心配していたので、様子を聞くために隼人に声をかけようと思い近づいた。だが、あからさまに隼人がカトリを避けようとしたので、心残りはあったがその時は話しかけるのをあきらめた。
放課後になってクラス中がクラブや帰宅の準備にざわついていた時、カトリは気になって隼人の方へ目をやってみた。すると、今度は隼人の方からカトリに近づいて来るところだった。カトリは朝のこともあって、自分からは隼人に近づかないようにして、緊張しながら隼人が声をかけて来るのを待った。
「ちょっと話をしたいんだ… 数学で分からないとこがあるんで教えてもらえないか?」
カトリに竜崎剛介が照れながら話かけてきた。
「いいけど、ちょっと待ってくれない?」
剛介の方へカトリが向いて返事をするわずかな瞬間に、隼人は向きを変えて戻ってしまい、カバンを持って教室の出入り口の方へ向かったので、カトリの視界から消えて行った。
「そう言えば赤城のヤツ、ここのところ入院していたらしいな。でも、体育の授業中にあいつが校内全館放送で呼び出された時には一体何ごとか思ったぜ」
カトリは隼人の方が気になりつつも剛介にお愛想をしていた。だが、剛介の話は続く。
「エマによると、赤城はもともと体が弱いらしくて病院に通うために、こっちへ引っ越して来たらしいんだ… あの時の緊急の呼び出しも健康上の理由らしいんだけど、そのあと入院までしたから、エマの話は本当だったんだな…」
カトリは気もそぞろだったが、今は諦めて剛介の用事を早く済ませることに決めた。
「ゴースケ、もうその話は止めて勉強にしましょう。今日はどこが分からないのですか? 自分の分からないところは分かっていますか?」
家に戻ってから、カトリは隼人に電話をかけようか迷っていた。学級委員になった時にお互いの連絡先は交換していたので電話番号は知っているが、あの日の隼人の心や体の受けたストレスを考えると簡単には連絡しずらかった。
しかし、カトリは隼人と話をしたい気持ちにあらがうことができず、自分から電話をかけた。ドキドキしながら隼人の番号を押した。相手番号への接続音のあと、コール音が機械的に耳に聞こえてくる。 …5回目、6回目、7回目… 10回目でも出なかったら今日はあきらめよう、と思った時に隼人の声がスピーカーから聞こえた。
「ハイ、赤城です。カ、カトリなの?」
隼人の声は高めで緊張しているようだった。
「ビッテ、ハヤト! 元気になった? ワタシ、ずっと話がしたかったんだ!」
カトリはとてもうれしくてテンションが高めになっていた。
「カトリが電話してくるなんて思っていなかったよ… 学校では竜崎と忙しそうだったし…」
「このところゴースケから勉強を教えてくれってやってくるのよ。自分の勉強くらい自分一人でやればいいのにね! ハヤトの具合は大丈夫だった?」
「あ、そうなんだ… オ、オレは病院でいろんな検査や測定をしていたんだ。ずっと安静にさせられていて、何もしないでいるのも大変だったよ… やっと2日前に退院してきたんだ」
隼人の声には張りがなかった。
「疲れているところに電話しちゃってごめんなさい… でも、あの時のハヤトの様子が気になって…」
カトリは隼人の体調を考えていなかった自分を恥ずかしく思っていた。
「カトリ、いいんだよ。あのことはもう気にしないで、もう全然大丈夫なんだ。こっちこそカトリに迷惑をかけてごめん…」
「私のことなんて気にしないで! ハヤトの方こそ初めてのことばっかりで本当に大変だったでしょ?」
「いや、オレの方こそカトリに謝らなければならないことがあるんだ」
あらたまった口調に隼人は変わった。
「オレ、オレがヘタレのせいでカトリたちの作戦をダメにしてしまって、とても申し訳ないと思っているんだ… 本当に悪かった、ゴメン…」
電話の向こうで隼人が直角お辞儀をしている様子がカトリには見えるようだった。
「オレ、今までずっとヘタレだったんだ。カトリのスマホの竜崎との時も、今回のことも、そしてずっと前からそうだったんだ…」
隼人の思いがスマホから堰を切ったようにあふれ出てきて、カトリはただ聞いていることしかできなかった。
「実はウチは家族全員でキリスト教の信者なんだ。特に両親は厳しく教えを守り、オレら子供にも教えを守るようにしつけて、理想的な家族でいることを誇りに思っていたんだ。そのうちオレの心臓に病気があることが分かって、両親はより熱心に信仰に勤めていったんだ」
隼人は昔のことを思い出しながら話しているようだった。
「オレが中学1年生の時だった。地区の公立中学校に進んだオレは体育時間に剣道をすることになったんだ。オレの両親は、子どもつまりオレには人殺しの武器の剣を使った授業を受けさせることはできない、オレには剣道を見学だけさせるよう学校に求めたんだ。学校側もそれを認めて、オレは剣道の授業は見学で参加するようになったんだ」
ここから隼人の声音が低くなり落ち込んで行った。
「ある日の掃除の時間だった。オレは教室の隅に袋に入れて置いてあった竹刀を見つけたんだ。体育の授業中に皆が振っている竹刀を羨ましいと思っていなかった、と言えばウソになるだろう。その竹刀が手に届く目の前にあったんだ… オレは竹刀を手に取ると2,3回振ってみたんだ。そのときに仲の良い女子がオレのことをはやし立てたんだ。オレが授業では竹刀を持たないことは有名だったから、はやし立てたのさ。最初は無視していたんだが、ドンドン調子に乗って騒ぎ出したんだ。そう、ホンの少し懲らしめるつもりでお腹を突いた、その時に追っかけっこをしていた男子が後ろから彼女にぶつかったんだ…」
しばしの沈黙があった。
「彼女は床に倒れるとお腹を押さえて足をバタバタさせて苦しがったんだ。見たこともないような形相で、あまりに大きく足を動かすものだから芝居がかって見えたくらいさ。あとは言うまでもないけど、親も巻き込んでの、相手の女子への謝罪と学校での指導。幸い相手にケガや後遺症はなかったけど、我が家には大きなダメージとなった。理想の家庭の理想の子供が大騒ぎを起こしたんだ… 両親はオレにはそんなに気をかけなくなった。興味をなくした、と言うよりあってはならない存在になったようだった。その時から、オレは武器を持ってのケンカはもちろん争いごと全てを避けるようになったんだ…」
隼人は自嘲気味だった。
「ああ、オレ情けないだろ、つまらないことを引き起こして、家族には迷惑をかけ、ヘタレになるなんて… カッコ悪すぎだよな…」
「そんなことないよ、ハヤト… 絶対そんなことないよ、ハヤト!」
カトリは力強かった。
「神様はみんなを愛してくださっているんだよ! 完璧だから愛してくださっているんじゃないんだよ! ありのままの姿のみんなを愛してくださっているんだよ! ハヤト!」
電話の向こう側でもカトリが自分の目をまっすぐ見ていることが隼人にも分かるようだった。
「悲しんでいる人、悩んでいる人は、神様が慰めてくださって、認めてくださるのよ!もっとハヤトは自分のことを愛して!」
ここでカトリはあらたまった口調になった。
「私にもハヤトに聞いて欲しいことがあるの」
あのあと、隼人はカトリに抱きかかえられたままバンに乗せられて学校の保健室へ戻って来た。保健室ではヨーコ先生がパニック状態の隼人の診察をすぐに始め、カトリには授業に戻るよう冷静な口調で指示した。カトリはその場に残っていたいと言い張ったが、ヨーコ先生にカトリがいても隼人の状態が良くなることはないと諭され、仕方なく体育館の更衣室へ戻って行った。
放課後になってカトリは保健室へ直行したが、もうそこには隼人はいなかった。机で黙々とパソコン作業をしていたヨーコ先生から、カトリに隼人はかかりつけの病院に入院したことと、しばらく隼人は学校へ出てこれない旨を淡々と伝えられ、カトリ自身もゆっくり休養を取るように言われた。
それから一週間ほどして隼人は学校へ出て来た。登校したカトリは教室に入った瞬間に隼人のことを見つけて、内心飛び上がるほどうれしかった。同時にこれまで隼人の容態も心配していたので、様子を聞くために隼人に声をかけようと思い近づいた。だが、あからさまに隼人がカトリを避けようとしたので、心残りはあったがその時は話しかけるのをあきらめた。
放課後になってクラス中がクラブや帰宅の準備にざわついていた時、カトリは気になって隼人の方へ目をやってみた。すると、今度は隼人の方からカトリに近づいて来るところだった。カトリは朝のこともあって、自分からは隼人に近づかないようにして、緊張しながら隼人が声をかけて来るのを待った。
「ちょっと話をしたいんだ… 数学で分からないとこがあるんで教えてもらえないか?」
カトリに竜崎剛介が照れながら話かけてきた。
「いいけど、ちょっと待ってくれない?」
剛介の方へカトリが向いて返事をするわずかな瞬間に、隼人は向きを変えて戻ってしまい、カバンを持って教室の出入り口の方へ向かったので、カトリの視界から消えて行った。
「そう言えば赤城のヤツ、ここのところ入院していたらしいな。でも、体育の授業中にあいつが校内全館放送で呼び出された時には一体何ごとか思ったぜ」
カトリは隼人の方が気になりつつも剛介にお愛想をしていた。だが、剛介の話は続く。
「エマによると、赤城はもともと体が弱いらしくて病院に通うために、こっちへ引っ越して来たらしいんだ… あの時の緊急の呼び出しも健康上の理由らしいんだけど、そのあと入院までしたから、エマの話は本当だったんだな…」
カトリは気もそぞろだったが、今は諦めて剛介の用事を早く済ませることに決めた。
「ゴースケ、もうその話は止めて勉強にしましょう。今日はどこが分からないのですか? 自分の分からないところは分かっていますか?」
家に戻ってから、カトリは隼人に電話をかけようか迷っていた。学級委員になった時にお互いの連絡先は交換していたので電話番号は知っているが、あの日の隼人の心や体の受けたストレスを考えると簡単には連絡しずらかった。
しかし、カトリは隼人と話をしたい気持ちにあらがうことができず、自分から電話をかけた。ドキドキしながら隼人の番号を押した。相手番号への接続音のあと、コール音が機械的に耳に聞こえてくる。 …5回目、6回目、7回目… 10回目でも出なかったら今日はあきらめよう、と思った時に隼人の声がスピーカーから聞こえた。
「ハイ、赤城です。カ、カトリなの?」
隼人の声は高めで緊張しているようだった。
「ビッテ、ハヤト! 元気になった? ワタシ、ずっと話がしたかったんだ!」
カトリはとてもうれしくてテンションが高めになっていた。
「カトリが電話してくるなんて思っていなかったよ… 学校では竜崎と忙しそうだったし…」
「このところゴースケから勉強を教えてくれってやってくるのよ。自分の勉強くらい自分一人でやればいいのにね! ハヤトの具合は大丈夫だった?」
「あ、そうなんだ… オ、オレは病院でいろんな検査や測定をしていたんだ。ずっと安静にさせられていて、何もしないでいるのも大変だったよ… やっと2日前に退院してきたんだ」
隼人の声には張りがなかった。
「疲れているところに電話しちゃってごめんなさい… でも、あの時のハヤトの様子が気になって…」
カトリは隼人の体調を考えていなかった自分を恥ずかしく思っていた。
「カトリ、いいんだよ。あのことはもう気にしないで、もう全然大丈夫なんだ。こっちこそカトリに迷惑をかけてごめん…」
「私のことなんて気にしないで! ハヤトの方こそ初めてのことばっかりで本当に大変だったでしょ?」
「いや、オレの方こそカトリに謝らなければならないことがあるんだ」
あらたまった口調に隼人は変わった。
「オレ、オレがヘタレのせいでカトリたちの作戦をダメにしてしまって、とても申し訳ないと思っているんだ… 本当に悪かった、ゴメン…」
電話の向こうで隼人が直角お辞儀をしている様子がカトリには見えるようだった。
「オレ、今までずっとヘタレだったんだ。カトリのスマホの竜崎との時も、今回のことも、そしてずっと前からそうだったんだ…」
隼人の思いがスマホから堰を切ったようにあふれ出てきて、カトリはただ聞いていることしかできなかった。
「実はウチは家族全員でキリスト教の信者なんだ。特に両親は厳しく教えを守り、オレら子供にも教えを守るようにしつけて、理想的な家族でいることを誇りに思っていたんだ。そのうちオレの心臓に病気があることが分かって、両親はより熱心に信仰に勤めていったんだ」
隼人は昔のことを思い出しながら話しているようだった。
「オレが中学1年生の時だった。地区の公立中学校に進んだオレは体育時間に剣道をすることになったんだ。オレの両親は、子どもつまりオレには人殺しの武器の剣を使った授業を受けさせることはできない、オレには剣道を見学だけさせるよう学校に求めたんだ。学校側もそれを認めて、オレは剣道の授業は見学で参加するようになったんだ」
ここから隼人の声音が低くなり落ち込んで行った。
「ある日の掃除の時間だった。オレは教室の隅に袋に入れて置いてあった竹刀を見つけたんだ。体育の授業中に皆が振っている竹刀を羨ましいと思っていなかった、と言えばウソになるだろう。その竹刀が手に届く目の前にあったんだ… オレは竹刀を手に取ると2,3回振ってみたんだ。そのときに仲の良い女子がオレのことをはやし立てたんだ。オレが授業では竹刀を持たないことは有名だったから、はやし立てたのさ。最初は無視していたんだが、ドンドン調子に乗って騒ぎ出したんだ。そう、ホンの少し懲らしめるつもりでお腹を突いた、その時に追っかけっこをしていた男子が後ろから彼女にぶつかったんだ…」
しばしの沈黙があった。
「彼女は床に倒れるとお腹を押さえて足をバタバタさせて苦しがったんだ。見たこともないような形相で、あまりに大きく足を動かすものだから芝居がかって見えたくらいさ。あとは言うまでもないけど、親も巻き込んでの、相手の女子への謝罪と学校での指導。幸い相手にケガや後遺症はなかったけど、我が家には大きなダメージとなった。理想の家庭の理想の子供が大騒ぎを起こしたんだ… 両親はオレにはそんなに気をかけなくなった。興味をなくした、と言うよりあってはならない存在になったようだった。その時から、オレは武器を持ってのケンカはもちろん争いごと全てを避けるようになったんだ…」
隼人は自嘲気味だった。
「ああ、オレ情けないだろ、つまらないことを引き起こして、家族には迷惑をかけ、ヘタレになるなんて… カッコ悪すぎだよな…」
「そんなことないよ、ハヤト… 絶対そんなことないよ、ハヤト!」
カトリは力強かった。
「神様はみんなを愛してくださっているんだよ! 完璧だから愛してくださっているんじゃないんだよ! ありのままの姿のみんなを愛してくださっているんだよ! ハヤト!」
電話の向こう側でもカトリが自分の目をまっすぐ見ていることが隼人にも分かるようだった。
「悲しんでいる人、悩んでいる人は、神様が慰めてくださって、認めてくださるのよ!もっとハヤトは自分のことを愛して!」
ここでカトリはあらたまった口調になった。
「私にもハヤトに聞いて欲しいことがあるの」