1-B女子たちの憤まん
文字数 2,528文字
入学してから一週間たち、紙吹雪のように舞い落ちていた桜の花びらも今やほんの少しだけがすまなさそうに漂っていた。桃色の花びらがまだらとなったサクラの枝では多数派となった緑の葉が元気よく背伸びをしているように見えている。
カトリは少し日本の高校生活に慣れてきていた一方で、そのカトリの周辺がザワつき始めていた。カトリはスイスでの普通の学生生活を送っているだけのつもりなのだが、日本の高校生には見慣れないことが少なからずあったからだ。
スイスでカトリの通った学校では、服装やアクセサリーに制限はなかった。だからカトリは制服は着ているものの(本人は聖エルモの制服はカワイイので気に入っているらしい)ピアスをしたり爪にマニキュアを塗ったりと学校でも自由な格好で過ごしている。
スイスでは休み時間に間食を取ることも自由だったので、休み時間に外へ出て果物をベンチに座って食べたりする。また、授業中に手を上げて席を外したり、昼休みには自転車に乗って校外へ出ていってしまう、等々。
初めのうちはカトリのことを温かく見守っていたクラスの生徒たちであった。男子はといえば、カトリに好かれたいのでカトリの行動のことをいちいち気にかけていなかった。女子も当初は色々なことを細やかにフォローしてあげていた。
また、教師たちは生徒の自主性・自立性に任せるという名目で黙認の構えでいた。実のところ、地域の有力者や名家の子弟が集うということで、聖エルモが学園では表立った生徒の問題がまず起きることは無く、違反行為への対応や注意といった厳しい生活指導自体をしたことが無かった。そもそも校則も詳細でなく、一つ一つを事細かには規定していなかった。
そのうち1-B女子の間では、カトリへの不満が静かにではあるが、確実に高まっていった。まず、ピアスやマニキュアのことが発端だった。
校則では化粧や華美な装飾品は禁止されていたが、女子生徒たちにはピアスやマニキュアもそれらに含まれると解釈されていた。そのため、女子生徒全体の間では暗黙の了解としてピアスやマニキュアは聖エルモにふさわしくないものとされていた。万一それらをする女子生徒がいた場合、女子生徒間の諭しや忠告で、場合によっては集団での無視や実力行使で、事態の収束が図られるので、“空気を読む”ことが必要とされていた。
カトリはピアスやマニキュアについて、周りの女子生徒たちから「ちょっと派手過ぎないかしら?」「背伸びしない方が高校生らしいよ」と遠回しに言われても、「私はピアスやマニキュアが気に入っているの。あなたたちもしてみれば?」と返していた。女子たちが冷たい態度をとっても、カトリは個人的な考え方の相違に過ぎないと気にも留めていなかった。
また、女子たちは休み時間に一人で果物を食べたり、その時に一人だけで教室を出て行ったりすることや、自分の食べる分しか持って来なかったりすること(もちろん女子たちはすすめられても、それを受け取るつもりは無いが)が気に入らない。
さらに授業中に席を外したり、昼休み中には自転車に乗って校外へ出ていってしまうのも聖エルモ学園生徒の行動としては信じられないことだった。それらについても、遠回しにカトリに伝えられたが全く通じなかった。
カトリの「無理解」への不満が高まり、徐々に女子生徒たちは冷淡にしたり無視したりするようになっていた。
いずれのこともスイスでは学校の第一の目的は教育の向上で、勉強に支障のないこと(式典やホームルームが無いこと・おしゃれ・間食・離席など)は生徒や家庭に任せられるとの考え方(そうすれば学校に必要以上の負担や公金をかけなくて済むので、学校にも住民にもメリットがある)の中で育ったカトリには当然のことであった。
そんなある日の放課後、部活に向かう生徒や帰宅を急ぐ生徒でざわつく教室の中、東条志織が江間絵馬に声をかけた。
「ねえ、エマ、あなたはこれからカトリどうなると思う?」
スマホを見ていたエマは画面を指で動かしながら気のない返事をした。
「どうなるって、みんなにあんな態度とるんじゃ、じきに周りからシカトされちゃうね」
志織は冷めた目のままエマの方を見て、話しかけるのを止めない。
「でも、授業中に席を離れたり、昼休みに学校を出て行っちゃうって、何をしてんだろう? ピアスやバナナのことは置いといて、みんなに黙って出ていくのも可愛くないんだよね… みんなカトリが一人でオイシイ思いをしてると思っているのよ… 授業を抜け出しているのも1階の自販機にジュースを買いに行ったり、購買で早めにお弁当を確保しているかもしれない。お昼にいなくなるのは学校の外で食事をしたりお茶をしてるかもしれない。それなのに先生たちは注意もしないでしょ? 」
スマホに集中したいエマはしつこく絡んでくる志織に少しキレかかった。
「カトリが何しようとそんなの個人の自由じゃないの? 今忙しいからやめてくれない?」
志織はエマの態度を気にもかけず、エマの耳に小声で話しかけた。
「アナタ、始業式の日のホームルームの後のこと、知ってるわよね…」
志織の言葉はエマの頭の中を貫いた。
“あの日の盗み見はあの場の誰にも気づかれなかったはずなのに”
内心焦ったエマのスマホを動かす手が止まって、返事をするだけで一杯一杯に。
「確かにあの日、あの近くに私はいたけれども、何かあったのかしら? 全然気がつかなかったわ…」
「カトリが何をしているか、しっかり調べてみんなに話をするのがいいと思うのよね… そうすれば、みんなもカトリをどうしたらいいかハッキリできるでしょ…」
志織は落ち着いた表情のまま抑揚もなくエマに語り続けた。
「たしかエマはジャーナリストを目指していると言っていたわよね… アナタならカトリが何しに外へ出掛けているかを調べられると思うんだ…」
先ほどの自分のストーキングを見抜いた志織に恐ろしさを感じる一方で、自分の情報収集力を志織に認めてもらったようでエマは悪い気はしなかった。
“確かにカトリがいなくなる理由を調べられるのは私しかいないよね”
エマの内心に闇のような黒いヤル気が湧いてきた。
カトリは少し日本の高校生活に慣れてきていた一方で、そのカトリの周辺がザワつき始めていた。カトリはスイスでの普通の学生生活を送っているだけのつもりなのだが、日本の高校生には見慣れないことが少なからずあったからだ。
スイスでカトリの通った学校では、服装やアクセサリーに制限はなかった。だからカトリは制服は着ているものの(本人は聖エルモの制服はカワイイので気に入っているらしい)ピアスをしたり爪にマニキュアを塗ったりと学校でも自由な格好で過ごしている。
スイスでは休み時間に間食を取ることも自由だったので、休み時間に外へ出て果物をベンチに座って食べたりする。また、授業中に手を上げて席を外したり、昼休みには自転車に乗って校外へ出ていってしまう、等々。
初めのうちはカトリのことを温かく見守っていたクラスの生徒たちであった。男子はといえば、カトリに好かれたいのでカトリの行動のことをいちいち気にかけていなかった。女子も当初は色々なことを細やかにフォローしてあげていた。
また、教師たちは生徒の自主性・自立性に任せるという名目で黙認の構えでいた。実のところ、地域の有力者や名家の子弟が集うということで、聖エルモが学園では表立った生徒の問題がまず起きることは無く、違反行為への対応や注意といった厳しい生活指導自体をしたことが無かった。そもそも校則も詳細でなく、一つ一つを事細かには規定していなかった。
そのうち1-B女子の間では、カトリへの不満が静かにではあるが、確実に高まっていった。まず、ピアスやマニキュアのことが発端だった。
校則では化粧や華美な装飾品は禁止されていたが、女子生徒たちにはピアスやマニキュアもそれらに含まれると解釈されていた。そのため、女子生徒全体の間では暗黙の了解としてピアスやマニキュアは聖エルモにふさわしくないものとされていた。万一それらをする女子生徒がいた場合、女子生徒間の諭しや忠告で、場合によっては集団での無視や実力行使で、事態の収束が図られるので、“空気を読む”ことが必要とされていた。
カトリはピアスやマニキュアについて、周りの女子生徒たちから「ちょっと派手過ぎないかしら?」「背伸びしない方が高校生らしいよ」と遠回しに言われても、「私はピアスやマニキュアが気に入っているの。あなたたちもしてみれば?」と返していた。女子たちが冷たい態度をとっても、カトリは個人的な考え方の相違に過ぎないと気にも留めていなかった。
また、女子たちは休み時間に一人で果物を食べたり、その時に一人だけで教室を出て行ったりすることや、自分の食べる分しか持って来なかったりすること(もちろん女子たちはすすめられても、それを受け取るつもりは無いが)が気に入らない。
さらに授業中に席を外したり、昼休み中には自転車に乗って校外へ出ていってしまうのも聖エルモ学園生徒の行動としては信じられないことだった。それらについても、遠回しにカトリに伝えられたが全く通じなかった。
カトリの「無理解」への不満が高まり、徐々に女子生徒たちは冷淡にしたり無視したりするようになっていた。
いずれのこともスイスでは学校の第一の目的は教育の向上で、勉強に支障のないこと(式典やホームルームが無いこと・おしゃれ・間食・離席など)は生徒や家庭に任せられるとの考え方(そうすれば学校に必要以上の負担や公金をかけなくて済むので、学校にも住民にもメリットがある)の中で育ったカトリには当然のことであった。
そんなある日の放課後、部活に向かう生徒や帰宅を急ぐ生徒でざわつく教室の中、東条志織が江間絵馬に声をかけた。
「ねえ、エマ、あなたはこれからカトリどうなると思う?」
スマホを見ていたエマは画面を指で動かしながら気のない返事をした。
「どうなるって、みんなにあんな態度とるんじゃ、じきに周りからシカトされちゃうね」
志織は冷めた目のままエマの方を見て、話しかけるのを止めない。
「でも、授業中に席を離れたり、昼休みに学校を出て行っちゃうって、何をしてんだろう? ピアスやバナナのことは置いといて、みんなに黙って出ていくのも可愛くないんだよね… みんなカトリが一人でオイシイ思いをしてると思っているのよ… 授業を抜け出しているのも1階の自販機にジュースを買いに行ったり、購買で早めにお弁当を確保しているかもしれない。お昼にいなくなるのは学校の外で食事をしたりお茶をしてるかもしれない。それなのに先生たちは注意もしないでしょ? 」
スマホに集中したいエマはしつこく絡んでくる志織に少しキレかかった。
「カトリが何しようとそんなの個人の自由じゃないの? 今忙しいからやめてくれない?」
志織はエマの態度を気にもかけず、エマの耳に小声で話しかけた。
「アナタ、始業式の日のホームルームの後のこと、知ってるわよね…」
志織の言葉はエマの頭の中を貫いた。
“あの日の盗み見はあの場の誰にも気づかれなかったはずなのに”
内心焦ったエマのスマホを動かす手が止まって、返事をするだけで一杯一杯に。
「確かにあの日、あの近くに私はいたけれども、何かあったのかしら? 全然気がつかなかったわ…」
「カトリが何をしているか、しっかり調べてみんなに話をするのがいいと思うのよね… そうすれば、みんなもカトリをどうしたらいいかハッキリできるでしょ…」
志織は落ち着いた表情のまま抑揚もなくエマに語り続けた。
「たしかエマはジャーナリストを目指していると言っていたわよね… アナタならカトリが何しに外へ出掛けているかを調べられると思うんだ…」
先ほどの自分のストーキングを見抜いた志織に恐ろしさを感じる一方で、自分の情報収集力を志織に認めてもらったようでエマは悪い気はしなかった。
“確かにカトリがいなくなる理由を調べられるのは私しかいないよね”
エマの内心に闇のような黒いヤル気が湧いてきた。