踊り損ねた人

文字数 2,397文字

 広場の中央にあるキャンプファイヤーの燃え盛る炎が暗闇の中に1年B組の生徒たちの顔をユラユラと照らし出し、薪はパチパチとはじける音をたてている。

 キャンプファイヤーへの点火から小1時間ほど経ち、生徒全員で燃え盛る炎を囲むメインイベントのであるフォークダンス「オクラホマミキサー」(聖エルモ学園のオリエンテーション合宿の伝統行事)も終了し、踊り終わった生徒たちが頬を紅潮させたり高い声で話し合ったりして、各クラスの割り当ての場所へ戻ってきた。

 「私、フォークダンスって何だか知らなかったんだけど、」

 志織が興奮冷めやらぬ中、まわりの仲間のことを見回しながらに身振り手振りを交えて話しかけていた。

 「とっても楽しかった! 最初は踊り方も分からなくて、響子先生たちの見本のダンスもビミョーだなと思ってたんだよ!」

 「僕も今まで運動会で踊ったダンスは、男子と女子が別々になっていて全員が同じ振り付けのダンスだったんだ! このダンスは踊りと音楽は懐かしいというか古臭い感じがしたんだけど、またそこがいいんだよね!」

 陽二も身を乗り出して志織に同調していた

 「でも、この年で男女が手を取りあうなんて僕はドキドキしたけど、正直楽しかった!」

 「俺も男と女で一緒に手を組んで踊るなんて、何て破廉恥なんだと思ってたんだが…
食わず嫌いは何事においてもいかんな…」

 剛介でさえ鼻の穴を大きくして満足そうな顔をしていた。

 「ワタシはフォークダンスは参加できなかったけど、その前にやったクラス別のクイズ対戦も面白かったよね! 学園の生徒数や先生の人数とか、校長先生が何代目かなんて分からなかったよ!」

 カトリも感情の高ぶりを隠せなかった。

 「ワタシたちのクラスはエマのおかげで優勝できたけど、本当にエマは物知りだよね! 感心しちゃった!」

 この位なんでもないといった顔つきでエマは、手を横に振りながら返事をしていた。

 「あの程度の問題だったら初心者向けね。私ならもう少し突っ込んだ問題でも大丈夫ですけど。例えば、体育の授業中に生徒たちだけで試合をさせてずっとスマホをいじっている先生だとか、夜になってから待ち合わせをして帰るカップルの先生だとか、どっちが既婚者だとか、他にも」

 「もうそれ以上はいいから… それ以上問題を大きくしないでいいから…」

 周囲に聞こえていないかを見回しながら志織がエマの話をさえぎって話題を変えた。

 「そう言えば、キャンプファイヤーの入火式で、白いケープを身に付けたカトリが火のついたトーチを持って入場した時は、あまりに神々しくてトリハダが立っちゃった!」
   
 志織に誉めてもらったカトリは瞬時に真っ赤になった顔を両手で隠した。

 「広場に向かう途中で急にキョーコ先生に呼び止められて連れていかれたのよ! 理由も教えてくれないからナニゴトかと思ったわ… そしたらあんなことに… ワタシ、とっても恥ずかしかった…」

 喜び浮かれている女子たちは持ってきたスマホでお互いや男子との記念の写真を楽しそうにポーズや場所を変えながら撮りあっていた。


 「みなさんは、たいそう楽しそうでよかったですね…」

 少し離れた場所で仲間たちの尽きることのない歓喜や熱気とは無縁の世界にいる男がいた。

 「…オレはフォークダンスの時、女子の人数が少なかったから女子役に回されちまったんだ… ダンスのあいだ中、一緒に踊ったのは全員男子だったんだぜ… 笑いを噛み殺して力いっぱい手を握ってくんじゃねーぞ、竜崎っ!」

 隼人の心からの叫びは、尽きることなく話を続ける他の仲間たちの耳に届くことはなかった。

 「だれも聞いてもいねえし」

 夢中になって話をして盛り上がっている仲間たちを見ながら隼人は舌打ちをした。

   
 はたから見ても分かるくらいヤサぐれた隼人の様子に気が付いたカトリが隼人の方へ向かおうとした。

 「なあカトリ、オレと一緒に写真を撮ってもらえないか?」

 真正面に立ってはいるものの剛介が照れて顔を横を向けながら、カトリに記念写真の撮影を申し込んできた。

 「ええ、わかったわゴースケ」  

 剛介の懸命な態度をカトリは無下にはできなかったが、胸中は隼人のことが気になってしょうがなかった。

 そんなカトリの隼人へ繰り返し送られる視線に志織が気が付いて、スマホをエマに預けて小走りでシグレた隼人の方に駆けて行った。

 “東条が? コッチへ? やって来る?!”

 志織が近づいて来る姿を思いがけず見つけて、直前まで不機嫌だった隼人は大きく目を見開いていた。

 「ゴキゲン斜めのようだけど、どうしたの? 今、赤城なんか不満そうだったでしょ? わたし、見てたわよ!」

 「別に何でもないし…」

 「口ではそんなこと言っても、変な顔してるよ… ねえ、少し歩きながら話をしようよ」

 本心を語ろうとしない隼人の袖を志織は引っぱって歩き始めた。

 「どうせ、オレは変な顔ですから…」

 「全然そんなこと言ってないよ」

 真面目な顔をした志織が両手を後ろで組んでから隼人の顔をのぞき込んで来た。 

 「いったい何があったのかな?」

 さすがにフォークダンスで女子と踊れなくて不満だったと言い出せなかった隼人は、志織から目を反らしてうつむいた。

 「赤城、フォークダンスのとき女子の方に入っていたよね… さては… 女子と踊れなくてつまんなかったのかな?」 

 「そんなんじゃねーよ」

 志織に図星をさされた隼人は、赤くした顔をバツが悪そうに横に向けた。

 「そうか… でも赤城はそうじゃなくても、わたしは赤城と踊りたかったな…」

 志織は隼人の方を真っ直ぐ見据えていた。

 
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登場人物紹介

赤城 隼人(あかぎ はやと)

前の年にある手術を外国でしたため、みんなより1才年上の高校1年生

困っている人を助けずにはいられない優しいところも

窮地におちいると性格が急変することが?!


カトリーナ クライン

カトリック教徒で神様が大好き

ドイツ系スイス人の留学生で日本の文化慣習に疑問を持つことも

日本に来たのは勉強のためだけではなさそうな…

神鳴 響子(かみなり きょうこ)

隼人やカトリーナたちのクラスの担任の先生

柔和な中にも厳しい一面がある、この学校が好きな卒業生

「生徒たちには成長を期待しています」

東条 志織(とうじょう しおり)

誰とでも仲良くなれる社交的な女の子

ときには、周囲の人間関係をひっかき回すことが

実は何を思っているかは誰にもわからない

竜崎 剛介(りゅうざき ごうすけ)

地域で力を持つ竜崎グループの御曹司

家庭環境のせいか典型的オレ様タイプ

根は腐っていないので真の愛に目覚めるか

江間 絵馬(えま えま)

聖エルモ学園の24時間録画カメラ

ジャーナリスト魂の持ち主

相手によっては日和見することも

サトー ヨーコ

学園で一番人気の大人な美人

表向きは保健室のクールな先生

裏の稼業は読んでのお楽しみ

福本 陽二(ふくもと ようじ)

何にも考えず、思ったことをすぐ口にするタイプ

かなりのビビリで動揺が隠せないチキンな面も

加えて志織のことが気になる様子も隠せない

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