捜索の道すがら
文字数 2,525文字
「剛介ったら、待ちなさい! 一人で先にいかないでよ!」
山中の夜道で息を切らしながら、志織が無言でスタスタ歩いて行く剛介に呼びかけたが、剛介の方は振り向くこともなく進み続ける。
「剛介、チョット話を聞きなさい! ねえ、ホントは聞こえてるんでしょ!」
耳を貸さない剛介に怒った志織が置いて行かれないように無理をしてペースを上げた、その時のことだった。
「キャッ!」
ドサッ!
志織の叫び声と人の転んで倒れ込む音が、足元の悪い山道の草むらの鳴いている虫の声を止めた。
「ア、イタタ…」
地面に横向きに倒れている志織に向かって、暗闇の中を大きな人影が懐中電灯をつけながら近づいてきた。
「しょうがねー いや、しょうがないな… 誰もついて来い いや、 ついて来て欲しいとは頼んでいないぞ」
「勢いよく私たちの部屋を飛び出して行ったわりに、外には直行しないで自分たちの部屋へ出かける準備をするために戻ったシッカリ者だから、アナタは一人でも大丈夫でしょうけど」
体育座りになってヒザをさすりながら、志織はしっかり嫌味を込めて剛介に応えた。
「でもさ、頭に血の昇った粗雑な男が一人で山の中の夜道へ出かけて行くのを放っておけないよね… エマだって、急いで懐中電灯を取りに戻ってくれて少し後からついて来てくれているし… とにかく剛介は進むペースが速すぎるのよ」
「そんなに元気があるなら、志織はエマと一緒に後からついて来ればいいだろ。俺は先を急いでいるんだ」
「私はこんな暗くて歩きにくい山道をケガした足で歩いて行かなければならないの? 確かに私も自分勝手に剛介について来たけど、ケガ人を置いて行ったり自分で歩かせたりする人ってどうなのよ?!」
本当のところ剛介はカトリの身を案じて今すぐにでも先へ進みたかったが、ケガ人を放置することの方がカトリの尊敬に値しないことは明白だった。それに志織とエマが自分のことを心配してくれている気持ちもこそばゆかった。
「チョット、剛介ったら何するつもり?! 危ないじゃないの!」
「志織は黙っておとなしくしていろ。行くぞ」
剛介は懐中電灯をポケットにしまって、若干無理な姿勢から志織をオンブして歩き始めた。その時、剛介の鼻腔内に志織のシャンプーの香りが、ほのかに漂ってきていた。
“前の方から志織の悲鳴が聞こえて何ごとかと思ったけど、なんだかんだで結局うまく収まったようね”
後ろから志織と剛介について来ていたエマが、二人のオンブの様子を見て安心して胸をなでおろしていた
“もうしばらく二人っきりになれるように気を利かせてあげなくちゃね”
早足で進む剛介の背中は志織には衝撃が強くてオンブのバランスが崩れがちだった。
「剛介、もう少し優しくオンブしてよ! 揺れがひどくてかなわない!」
「人に運んでもらっているのにゼイタクを言う奴が、いや、不満をいうな」
「カトリをオンブしていた時もこんな調子だったの? こんなに乗り心地が悪いと嫌われたでしょ」
一瞬、剛介の歩みが止まった。そして剛介がうつむいたように志織には見えた。
「志織、言い忘れていたことがあった」
ひと呼吸の間があってから、うつむいたまま剛介は真剣な口調で話し始めた。
「あらたまって、どうしたのよ」
「カトリの方が全然軽かったぞ」
笑いをかみ殺しながら剛介は歩き始めた。
志織は真っ赤になって、剛介の背中を両手でたたいた。
「剛介のイジワル! カトリにもそんなことばっかり言ってたんでしょ!」
「カトリとは何もしゃべらなかったんだ」
一瞬で淡々とした声となった剛介は志織に正直に告げた。
「志織には気を使わないで話ができるのにな…」
「何を深刻ぶっているのよ剛介は! 全然似合わないよ!」
「ウッ?!」
不意にわき腹を志織に指で突かれた剛介は不覚にも声をあげた。続けて、志織はワリと軽いノリで剛介に問いかけた。
「剛介ったら、本当はカトリのことが好きなんでしょ?」
またもや歩みを止めた剛介は、遠い目をして語り始めた。
「入学式の日に教室に入って来たカトリを始めて見た時に、絶対に手に入れてやろうと思ったんだ… そのためには何が何でもカトリに近づくキッカケが必要だったんだ…」
うつむき加減のまま剛介は歩み出した。
「だが、学級委員の役目を赤城のから横取りしようとした時にしくじってキッカケを失ってしまった… あの後も志織もずいぶんと俺を焚きつけて、いや、応援してくれたよな」
“イヤイヤ…”
志織は苦笑いをしていた。
「俺はヤツ いや赤城に嫉妬して虐げないと気が済まなくなった… そんな俺のことをカトリは諭してくれて、俺を“愛する”とまで言ってくれて… それで俺はカトリが内面まで素晴らしい人だと初めて気がついた… そこから俺もカトリに好かれる人間になるよう努力をしようと思い始めたんだ… 志織も、俺と赤城との仲立ちのために、とても力を貸してくれたよな、本当に感謝している」
“剛介が思ってくれているような、立派な人間じゃないんだよ、私は…”
剛介から感謝の気持ちを聞いて、志織は剛介の背中で力を無くして、花がしおれるように、うな垂れていった。
「このところ、剛介が少し前とはずいぶん変わってきたと思う。少なくとも私は本当にそう感じているよ」
剛介の背中に顔をうずめたままの志織は、剛介に絞り出すような声でしか素直な気持ちを伝えることができなかった。
「そう言ってもらえると嬉しいよ、志織。でも、カトリのことになると、なかなか素直に赤城と接することができなくてな…」
天を仰ぎ見て剛介も大きくため息をついていた。
“あの二人がなんかイイ雰囲気になって良かった。二人きりにしといてあげた甲斐があったってものね”
志織と剛介の後方から二人の様子を密かにうかがっていたエマは、自分の気配りが実を結んだことに満足をおぼえていた。
山中の夜道で息を切らしながら、志織が無言でスタスタ歩いて行く剛介に呼びかけたが、剛介の方は振り向くこともなく進み続ける。
「剛介、チョット話を聞きなさい! ねえ、ホントは聞こえてるんでしょ!」
耳を貸さない剛介に怒った志織が置いて行かれないように無理をしてペースを上げた、その時のことだった。
「キャッ!」
ドサッ!
志織の叫び声と人の転んで倒れ込む音が、足元の悪い山道の草むらの鳴いている虫の声を止めた。
「ア、イタタ…」
地面に横向きに倒れている志織に向かって、暗闇の中を大きな人影が懐中電灯をつけながら近づいてきた。
「しょうがねー いや、しょうがないな… 誰もついて来い いや、 ついて来て欲しいとは頼んでいないぞ」
「勢いよく私たちの部屋を飛び出して行ったわりに、外には直行しないで自分たちの部屋へ出かける準備をするために戻ったシッカリ者だから、アナタは一人でも大丈夫でしょうけど」
体育座りになってヒザをさすりながら、志織はしっかり嫌味を込めて剛介に応えた。
「でもさ、頭に血の昇った粗雑な男が一人で山の中の夜道へ出かけて行くのを放っておけないよね… エマだって、急いで懐中電灯を取りに戻ってくれて少し後からついて来てくれているし… とにかく剛介は進むペースが速すぎるのよ」
「そんなに元気があるなら、志織はエマと一緒に後からついて来ればいいだろ。俺は先を急いでいるんだ」
「私はこんな暗くて歩きにくい山道をケガした足で歩いて行かなければならないの? 確かに私も自分勝手に剛介について来たけど、ケガ人を置いて行ったり自分で歩かせたりする人ってどうなのよ?!」
本当のところ剛介はカトリの身を案じて今すぐにでも先へ進みたかったが、ケガ人を放置することの方がカトリの尊敬に値しないことは明白だった。それに志織とエマが自分のことを心配してくれている気持ちもこそばゆかった。
「チョット、剛介ったら何するつもり?! 危ないじゃないの!」
「志織は黙っておとなしくしていろ。行くぞ」
剛介は懐中電灯をポケットにしまって、若干無理な姿勢から志織をオンブして歩き始めた。その時、剛介の鼻腔内に志織のシャンプーの香りが、ほのかに漂ってきていた。
“前の方から志織の悲鳴が聞こえて何ごとかと思ったけど、なんだかんだで結局うまく収まったようね”
後ろから志織と剛介について来ていたエマが、二人のオンブの様子を見て安心して胸をなでおろしていた
“もうしばらく二人っきりになれるように気を利かせてあげなくちゃね”
早足で進む剛介の背中は志織には衝撃が強くてオンブのバランスが崩れがちだった。
「剛介、もう少し優しくオンブしてよ! 揺れがひどくてかなわない!」
「人に運んでもらっているのにゼイタクを言う奴が、いや、不満をいうな」
「カトリをオンブしていた時もこんな調子だったの? こんなに乗り心地が悪いと嫌われたでしょ」
一瞬、剛介の歩みが止まった。そして剛介がうつむいたように志織には見えた。
「志織、言い忘れていたことがあった」
ひと呼吸の間があってから、うつむいたまま剛介は真剣な口調で話し始めた。
「あらたまって、どうしたのよ」
「カトリの方が全然軽かったぞ」
笑いをかみ殺しながら剛介は歩き始めた。
志織は真っ赤になって、剛介の背中を両手でたたいた。
「剛介のイジワル! カトリにもそんなことばっかり言ってたんでしょ!」
「カトリとは何もしゃべらなかったんだ」
一瞬で淡々とした声となった剛介は志織に正直に告げた。
「志織には気を使わないで話ができるのにな…」
「何を深刻ぶっているのよ剛介は! 全然似合わないよ!」
「ウッ?!」
不意にわき腹を志織に指で突かれた剛介は不覚にも声をあげた。続けて、志織はワリと軽いノリで剛介に問いかけた。
「剛介ったら、本当はカトリのことが好きなんでしょ?」
またもや歩みを止めた剛介は、遠い目をして語り始めた。
「入学式の日に教室に入って来たカトリを始めて見た時に、絶対に手に入れてやろうと思ったんだ… そのためには何が何でもカトリに近づくキッカケが必要だったんだ…」
うつむき加減のまま剛介は歩み出した。
「だが、学級委員の役目を赤城のから横取りしようとした時にしくじってキッカケを失ってしまった… あの後も志織もずいぶんと俺を焚きつけて、いや、応援してくれたよな」
“イヤイヤ…”
志織は苦笑いをしていた。
「俺はヤツ いや赤城に嫉妬して虐げないと気が済まなくなった… そんな俺のことをカトリは諭してくれて、俺を“愛する”とまで言ってくれて… それで俺はカトリが内面まで素晴らしい人だと初めて気がついた… そこから俺もカトリに好かれる人間になるよう努力をしようと思い始めたんだ… 志織も、俺と赤城との仲立ちのために、とても力を貸してくれたよな、本当に感謝している」
“剛介が思ってくれているような、立派な人間じゃないんだよ、私は…”
剛介から感謝の気持ちを聞いて、志織は剛介の背中で力を無くして、花がしおれるように、うな垂れていった。
「このところ、剛介が少し前とはずいぶん変わってきたと思う。少なくとも私は本当にそう感じているよ」
剛介の背中に顔をうずめたままの志織は、剛介に絞り出すような声でしか素直な気持ちを伝えることができなかった。
「そう言ってもらえると嬉しいよ、志織。でも、カトリのことになると、なかなか素直に赤城と接することができなくてな…」
天を仰ぎ見て剛介も大きくため息をついていた。
“あの二人がなんかイイ雰囲気になって良かった。二人きりにしといてあげた甲斐があったってものね”
志織と剛介の後方から二人の様子を密かにうかがっていたエマは、自分の気配りが実を結んだことに満足をおぼえていた。